第十二集 孤独
「
よく通る声で呼び、長身に見合う歩幅であっという間に歩み寄ってくる。軽く背を屈めて
「やはり
後ろに控えている侍女にも、
「お帰りなさいませ、
「驚いた。すっかり令嬢の侍女が板についているじゃないか。来たばかりのときは、こんなに小さかったのに」
さすがにそこまで小さくはなかったろうと
はしゃぐ子供のようにきょろきょろと瞳を動かしていた
「妹は、お帰りとは言ってくれないのか?」
歓迎を期待する眼差しを向けられ、
「……お帰りなさい、大兄上。どうして、なんの報せもなく帰ってきたのよ」
「おれが帰ってきたのが嬉しくないような言い
家を離れた十年の間に、態度も話し方もずいぶんと粗野になったようだ。兄との再会の喜びよりも、嫌悪感や不快感が
どう言い返してやろうか、などと
「
生母がひどく甘い声で大兄を呼ぶのを聞き、
名に
そうして
小箱は片手でつかめるほどの高さで、上面も両手の平を並べたほどの大きさだが、銀色の
パチリと音をたてて、
「
「母さん、なにをしているの」
大兄が返事をする前に
「ああ、
その隙を突くように、今度は
「ちょうど今、兄妹で感動の再会をしていたところだよ、母さん」
「あら、そうだったの」
そのなに気ない一言で、
「それでね、
「待って、母さん!」
「それをどうするつもり」
「ちょっと
「答えて、母さん。蓄えを持ち出してきて、どうするつもり」
問い質す姿勢を崩さずに、
「なにって、
「駄目よ!」
「
「雪柳閣の蓄えを大兄上に渡すなんて駄目よ、母さん! 絶対に駄目!」
怒鳴り返しながら足を引いた拍子に数歩よろめいた。即座に駆け寄ってきた
すぐさま体勢と息を整え、
「大兄上。帰ってくるなり母さんに
「
「信じられるわけないでしょう、そんな話。大兄上がやろうとしている商いが、
「
また批難を込めた響きで
「母さん。母さんにとって大兄上が可愛くて仕方ないのは理解しているけれど、冷静になって。ちゃんと話を聞いて。大兄上がなんの商いを始めるつもりか分かっているの?」
「分かっているわよ。茶葉を売るのでしょう?」
「ああ、そうさ。実はちょっとした方と知り合いになってね。相場よりも安く茶葉を仕入れられるんだ。それを売ればいい稼ぎになる。元手もすぐにとり返せる」
「茶葉は国の専売よ。それを相場より安くなんて、そんな怪しい話を本気にしているの?
「そんな脅すような言い方するなよ。母さんが怖がるじゃないか。茶葉を融通してくれる知り合いは官僚なんだ。密売にはならない」
それがなるのだ、と
この大兄と生母さえ愚かでなければ、きっと『
膝をついたまま打ちひしがれる
「それを渡せ、
小箱を抱き込む力を強めて、
大兄は背を曲げて腕を伸ばし、
「駄目! 嫌だっ」
「離せ。このっ」
必死に抵抗する
悲鳴をあげて床を転がった
「
「
「いや。今日は
「そう……そうね。でも、まだ明るいから、もう少しいられるでしょう?」
「もちろん」
会話も仕草もとても親子と思えぬやりとりをする二人の意識に、もう
「……行きましょう、
「ですが
「平気。なんともないわ」
蹴られた肩の痛みを無視して、
さりとて
他よりこぢんまりとした北西の離れは、
鶯栖閣に忍び込んだ
「三娘子。やはり、どこか痛みますか?」
気づかう
拠りどころを求めるように、
子供は正妻が育てるべきだという思想が、世間には存在している。各家の
そして
同じ
生母から人並みには愛されて育ってきたと、
これからどうすればいいだろうと考えながら、
使用人の居所かと思うほど、家具も調度も質素な
こんな
『霜葉紅』を読んでいたときには、
同じ家に、同じ庶子として、たった三ヶ月の差で生まれた四妹。姉妹で立場は同じはずなのに、
身を焼くほどの嫉妬から目を背けるように、
「
「……はい」
控えめな返事を聞き、
どんなに追い詰められても、死にあらがう試みを最後までやめるつもりはない。
しかし今の
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