第十集 皇城司
京城・
「
姓に
広大な皇城を区分けする白壁を穿って設けられた官署の門の先は、まず石畳の前庭があり、それを囲うように官舎が建てられている。南以外の三方を官舎に囲われた前庭を進む
「やっと戻ったな、
指先をかすめるだけの動作で、ごく小さな筒状に丸められた紙片が手渡される。
「それから、
皇城司の
肩が当たるほど距離を詰めてくる
「分かっている。伝達に感謝する。
植物ひとつない殺風景な前庭を早足に通り過ぎ、
官舎の中は、人の歩く場所だけを残して書架が整然と並んでいた。各地で任にあたっている司卒から日々届けられる報告書と奏状が、神経質なほど細かに分類して棚に収められている。
薄暗く陰気さのある書架の間を抜けていくと、突然に視界が開けて物々しいほど広さのある書卓が現れる。そこに、山積みにした書簡に埋もれるように書きつけをしている
「ああ、
年若い宦官の声は、変声期より前に男性の特徴を喪失したと分かる甲高さだった。
「ただいま戻りました。
天子直属の機関である皇城司の長官は皇帝だが、実際に指揮を執っているのは勾當官と呼ばれる宦官たちだ。勾當官は権威が皇帝を凌駕することがないよう必ず複数名が置かれ、気鋭の若年者が任じられる。
人数は時勢によりまちまちだが現在は四名の勾當官で、数千人の司卒を監督、指揮している。
「先日に君が言っていた雲州の茶の件で、他の司卒からも報告が入ってきましたよ」
優雅な話し方も相まって女性じみている
「まだ明らかな証拠があるわけではないですが、君が見込んだ通り十中八九、黒といったところですね。網を張ればそう遠くない内に証拠もあげられるでしょう。それで、関連して一つ確認しておきたいのですが――」
ここからが本題だとばかりに
「君は確か、
おもむろな問いに、
その表情にぞっとしたものを感じつつ、
「懇意というか、
「近頃、
「ええ、まあ」
「
「あの家の兄妹の内、彼女だけが
「ふむ、なるほど。それで、彼女はなにか知っていそうですか」
すべて知っている、と胸の内だけで呟きつつ、
「それはまだ、なんとも」
「
「現時点では、そういった動きは見られません」
「
少しも口調を変えずに問われて、つい
「庇うつもりがあれば、
静かに言い切り、
「よいでしょう。君を信じます」
宣言すると同時に、
「感謝いたします」
「
「はい」
「下がっていいですよ」
綺麗過ぎる笑顔を保ったまま、
皇城司の官署の前庭を半ばまで進んで、
『
紙上での創作だからこそ受容できる人物というものは必ずいる。
固い筒状に丸められた紙片を慎重に開く。細長い紙に最低限の文字だけで書かれた内容は、
素早く紙片を仕舞い直して、
実を言えば、本当に『霜葉紅』の筋書きに忠実に事態を進めるならば、今はまだ皇城司の目を
命を削る心地で紡いできた物語を他人に破壊されることを思えば、起こるべき出来事が少々入れ替わるくらい些細なことだ。
『霜葉紅』は未完の物語だ。
だから、
どうせ一度は尽きた命だ。ここが冥界だろうと、奇怪な現象に説明がつかなかろうと、もはやどうでもよい。
『霜葉紅―さやけき恋は花より
作家になるという夢に手を届かせてくれたこの作品を、今度こそ最後まで――
それには、
今、この物語を守れるのは、
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