第五集 情節
「茶坊から手を引けということですか」
厨房へ繋がる外廊に出たところで、
見当通り、すぐに
「そういうことではない。茶坊が君のものであることは変わらない。知っての通り、わたしは間もなく官職を
「わたしの母は商人です。なに一つ強いられてもいません。世子まで、商人は
「違う。そんなことは思っていない。そうでなく、わたしは――」
二人の口論に耳をそばだてながら、
今の
商人の戸籍では、受験者の貧富を問わないはずの
庶出といえども官僚の娘である
そのような価値観の中心で育った
しかし、
とはいえ二人の恋路に待っている試練を思えば、この口論は本当の恋が始まる前の些細なできごとだ。
口論の末、ついに
「もう戻ってください。いつまでもここにいたら、二兄上たちに変に思われますよ」
「
「放してください、人を呼びますよ!」
「分かった。今日はひとまず、これだけ受けとってくれたらいい」
「世子、これは――」
「また話そう」
突き返そうとする
世子が風のように歩み去った外廊を、
すべて『
次にとるべき行動に思い巡らせつつ、いくらか時を置いてから
「
呼びかけると、調理台の前に佇んでいた
「三姉上、なにかあった?」
「わたくしはそろそろお
「いいえ、大丈夫。帰るのなら、
末妹に用意した菓子をとりに、
「あっ」
驚く声と共に伸ばされた
「素敵な簪じゃない。どうしたの、これ」
簪を軽く振って見せながら問えば、
四妹の狼狽えを意に介さずに
「貰ったの……お客さんに」
「ふうん、お客さんねぇ」
金軸の先に飾られた紅珊瑚は自然の形のまま、ごく小さな枝を伸ばしていた。輝くまで磨き上げられた真紅の枝には、小粒の真珠が実っている。
金に珊瑚に真珠。精巧に施された細工。意匠に
「三姉上、気に入ったのならあげるわ」
「この簪に合うほど着飾ることが、わたしにはないから。三姉上の方が使い道があると思うの。だから、よかったら貰って」
こともなげに言った
さて、と。
『霜葉紅』の筋書きに従うならば、簪が
善良な顔をして妹思いな姉を演じながら、内心で
この陰険さがやがて身を滅ぼすことは分かっている。ならば、狡猾に生き延びる方向へ頭を使えばいい。
まばたき二回で思考を終え、
「使うかどうかなんて考えなくてもいいのよ。こういうものは自分を飾るだけでなくて、いざというときの蓄えだと思って持っていたらいいわ」
柔らかい声音で言いながら一歩距離を詰め、
「ほら、よく似合う。大事になさいな」
四妹が深く頷くのを、
「それで、
「すぐに詰めるから、少しだけ待って」
竹編みの
相変わらず繁盛している茶坊を出て、小舟を待たせている桟橋を歩きながら、再び
はたして、
いきなり殺されはしないだろう。あの葬礼の日から八年、彼が
待ち受ける死を回避するには、必ずどこかで筋書きを歪めねばならない。ならば大きな変化を生む前に、彼が動く境界を見極めておきたかった。
彼がどのような形で警告をしてくるか。あらゆる予想を頭の中で立てながら、
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