第二集 転生
『
その作中において、
「……
「やはり知っていたな」
得心がいったとばかりに、
「
「男が恋愛小説を書いてはいけないとでも?」
問いかけの形で叱られたのが分かり、
確かに、作家・
本当に
「でも……
「そう。それで今、ここにいる」
低く答えた声まで冷え冷えとしていた。
彼の言葉は本当かもしれない。そう
では、自分は――と、
同じだと
記憶と共に痛みまで蘇った気がして、
「君は、霜葉紅をどこまで読んでいる?」
考え込んでいたところへ問いが降ってきて、
ほとんど反射的に、
「全部読んでいます! もう台詞も暗唱できるくらい、何度も」
どれだけ読んだか、把握できる回数はとうに越えていた。時が許すならば一晩でも二晩でも語り通せる自信がある。これほどまでにのめり込み、夢中になった物語は、『霜葉紅』の他にない。すぐにでも語り出したい心情を、体の前で両手を握り合わせることでやっと堪える。
勢いに気圧されるように、
切れ長い目元が冷ややかな以外は、印象の薄い顔の公子だと思っていた。ところが情感ある表情をすると、一切の無駄を削いだような顎や鼻梁の造作に爽やかさがあった。固く結ばれていたその口角が、ふと緩む。
「それなら話は早い」
過去に聞いた彼の声でもっとも明るい響きで、
「君が霜葉紅の
続けて言った声音も
しぼんだ興奮は不穏さへと姿を変えて、
「なぞる、というのは、どういうことですか」
彼の言う意味が分からないわけではない。自分たちが本当に『霜葉紅』の登場人物であるならば、物語に身を任せるのが正しく、自然なのだろう。
しかし、である。
『霜葉紅』における
「この先の物語は、もう分かっているだろう。それに従えばいい」
「それはもちろんです。ただその、わたくしは……
「死ぬことになる。そういう物語だ」
言いよどんだ言葉を、
「そんな!」
たまらず叫び、震え出す己の肩を強く抱いた。
妹を
その悲劇が、この身に降りかかる。考えただけで、背筋が凍る。
恐れをなす
「なにを驚くことがある? 霜葉紅は台詞まで記憶しているのだろう。そして君は、
当たり前だという口調で、なんの感情も込めずに
「……わたくしに、死ねと言うの」
震えを
「もう一度言う。そういう物語だ。それを知っている君が、なぜ怒るのか分からない」
相手から言われたことで、
「分かっています。霜葉紅がどんな物語かも、
「これは、わたしの作品だ!」
「君に、作品を書き替える権利はない」
そう言った
彼女の思考を見抜いたように、
「気に入らないなら二次創作でもしたらいい。同人誌を作るくらいなら許可しよう」
「二次創作って……」
誇りを傷つけられたと感じ、
「霜葉紅の作者はわたしだ。君が勝手な行動を起こして、物語を崩壊させることがあれば――」
言葉を句切り、公子は背中を曲げて少女に顔を寄せ、囁く。
「――より
「待ちなさい、
慌てて呼び止めたが、彼はもう聞く耳を持たず、顔を背けて歩み去る。
世子らに続き、
誰もいなくなった
自分は、一体なにを
『霜葉紅』が、そういう物語であるから。
あらがったところで、結局は
だとしても、明らかな死の運命に自ら飛び込む選択など、彼女にはできなかった。
「……生き延びてやる」
目の前に落ちてきた花弁を鷲づかんだ。
この花弁のように命を踏みにじられるなど、許せるはずがない。九歳の少女の胸の内で、さらなる怒りが燃え上がる――この感情の
「
これは、自身への誓いであり、運命への宣戦布告だ。
「絶対に死なない」
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