物語改変は許しません ― 転生悪女は花より紅なり ―
入鹿 なつ
第一集 葬礼
【訃報】『
マンションの外階段をくだる途中で、
『霜葉紅』とは、中華風ロマンス小説『霜葉紅―さやけき恋は花より
その『霜葉紅』の作者、
血の気が失せて震える指先で、ニュース見出しを恐る恐るタップする。
『霜葉紅』はまだ完結していない。だから、
訃報記事の内容は、さっぱり頭に入ってこなかった。思考も感情も動きを止めている。無意味にスマホに見入ったまま、階段から靴を引き剥がすように足を前へ出した。
ゆっくりと次の段差を踏む――踏み損ない、段差の角が靴底を削った。
「あっ」
驚いて声を出したときには、コンクリートに後頭部を打った。視界が白く弾けて消える。
なすすべもなく、
❖❖❖
突然、体を投げ出される感覚に見舞われ、
九歳の彼女の体は、板床に敷いた円座にしっかり膝を揃えて座っていた。それでも、高所から落っこちたときの冷えた感触が、背筋にはっきりと残っているようだった。
改めて、
梁から垂らした白幕で囲われた堂内に、同じ白の喪衣を纏った
不謹慎にも、葬礼の最中にうたた寝をしてしまったらしい。やや決まり悪く、
棺の傍では妹の
母親同士の確執により
これから先、妹を待ち受ける困難がどんなものであるか。ぞっとするほど鮮明に想像ができて、同じ庶子として
「
生まれ順を示す呼称で呼ばれ、
「
途端に、
「
最大限に上品にみえるよう、
浩国公爵の
「
自分の親が死んだわけではないので、
そんな彼女の肩を、先ほど押しのけられた
「
二兄に言われてようやく、
正直、まるで愛想のない
しかし目の前にいるからには、無視をするのは名家の子女として礼儀にもとる。
「
公子とは、他家の子弟に対する尊称である。
二人のやりとりを見届けた
「
「こちらだ。ひどくとり乱しているから、少し声をかけてやって欲しい」
なにより、どんな場面でも他人に
ところが、それは駄目だ、という考えが急に
思考に従うように、世子の袖をつかもうとしていた手がすんでのところで止まった。それに気づかないまま早足で離れていった
世子と二兄の背中が見えなくなった瞬間、
なぜ、引き止める手を途中で引いてしまったのか。なぜ、妹のもとへ彼を行かせてしまったのか。
降って湧いた思考と、それに伴った行動が、まるで自分のものと思えない。混乱をきたして、
ふと、
「君は、本当に
「……は?」
答えが一つしかない問いを唐突に投げられ、
「質問の意味が分かりません。もう何度もお会いしているのに、なにを言い出すの」
唇を尖らせて、
「よく素直に、
先ほどとは別種の驚きで、
「だって、
「やはり
咄嗟の言いわけを、
年齢では
「まったく意味不明です。あなた、わたくしのなにを分かって……」
「
脈絡なく発せられた単語に、
続く言葉を確かめたくて、
「――さやけき恋は花より
思った通りの言葉が紡がれて、
知っている言葉だと、断言できた。
だが、なぜ知っているかの記憶は
凍ったように立ち尽くす
「顔色が変わったな。どうやら君は、わたしと同じみたいだ」
「同じって……あなた、誰?」
顔見知りの相手にする質問でないことは、
「
刹那、海棠の枝がざわめいた。
『霜葉紅―さやけき恋は花より紅なり―』
一字一句覚えるほど読み返した本の題名を、忘れるはずがない。その作者の名前も。
高鳴る鼓動が眠る記憶を叩き起こし、思い出させる。
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