3

 殺された被害者を差し引いた残りメンバーのアリバイは、全員みごとに証明された。


 私達より遥かに強固なアリバイに、春太も頭を抱え始める。

 何か見落としているのか、とぶつぶつ言う春太は、どうにも薄気味悪い。


「外部犯って可能性はないのか?」


 一番理想的な説を陽一が持ち出す。しかしそれが非現実的なことは私達も承知の上だ。

 この辺りはセキュリティがしっかりしており、誰かが侵入していれば警報の一つでも鳴るだろう。


「自殺とか……」

「そんなことしないわ!」


 陽一の言葉を金切り声で否定したのは七子だ。あの子が自殺するはずないと、頭を振り乱して叫んでいる。


「もう一度整理してみましょう。紀人さんが姿を消したのが二時頃。最後に直接会ったのは七子さん、あなたですね」

「そうよ。ちょっとその辺りをぶらぶらしてくるって。私は頭も痛かったし、部屋で休んでたの」

「そしてその後、二時十五分頃に、小屋に向かう紀人さんを、良子さんが見かけています」


 私は無言で頷いた。この男の探偵ショーに付き合うのが、どうにも不愉快だったのだ。


「そして二時五十分に、七子さんの元に紀人さんから連絡が来た。今すぐ小屋に来てほしい、と。そのメッセージに気付いたのは、五十四分だったわけですね?」

「ええ。何だか嫌な予感がして、すぐに出たわ」


 部屋を飛び出した七子と鉢合わせた私、それから、暇を持て余していた陽一の三人で屋敷を出ようとしたところを、春太に出会したのだ。


 七子の話を聞き、意味深な顔をした春太が「私も行きます」と言い出したことから、この四人で小屋に向かったわけである。


「恐らく犯人は、紀人さんを殺害したあと、彼のスマホを拝借して七子さんへ連絡を入れたのでしょう」


 紀人のスマホは指紋ロックだった。全員とは言わないものの、そのことに気付いていた者は多いだろう。私もその内の一人なのだから。


「ねぇ、思ったんだけど」


 私は恐る恐る手を上げた。春太が片眉を上げて先を促す。妙にイラッとしたが、突っかかる余裕もない。


「連絡に気付いたのが五十四分で、屋敷を出たのが五十七分だったでしょ?」


 ちょうど屋敷を出たタイミングで、春太が時計を確認していたのだ。五十七分というのは正確な時刻である。


「ていうことは、少なくとも五十四分から五十七分までは、誰も小屋を見てないのよね? その間に犯人が侵入したんじゃないの?」

「たった三分でかい?」


 子どもでも嗜めるように春太が言う。私はムッとして、そうだけど、と強気に言った。


「あり得なくはないでしょ」

「よしんば小屋の陰に隠れていて、すぐに侵入できたとしよう。だが、三分の間に小屋に入って、人を殺して逃げおおせる。これは可能だと思うかい?」


 一々聞いてくるな、腹が立つ。

 しかし実際言葉にされると、頷き難いのも事実だ。


「そういえば」


 陽一が、思い出したように呟く。


沙枝さえちゃんがいなくなったのも、同じ頃だったよな」

「そのようですね。ほとんど同時刻に、紀人さんと沙枝さんはいなくなっています」


 そう言うと、春太はわざとらしく考え込む素振りを見せたあと、私に聞いてきた。


「良子さん、あなたは紀人さんの後ろ姿だけを見たんですか?」

「そうよ。背中だけ見えてた」

「となると、前に何か抱えていてもわかりませんね」


 また当たり前のことを、神妙な顔で言い始める。


「じゃあ、じゃあ、もしかして……」


 七子が何を言おうとしているのかはわかった。言い淀む理由も、察しがつく。


「つまり、紀人さんが沙枝さんを抱えていた可能性もあったわけです」


 後を引き継ぐように、春太が言った。七子が躊躇っていた理由に察しがつかないのだろう。その声音は自慢げに聞こえた。


「となると、不思議ですね。なぜ沙枝さんと共にいたのか。それになぜそのことを、姉であるあなたに言わなかったのか。いえ、そもそもなぜ、沙枝さんを抱えていたのか」


 七子はそのどれもに答えず、俯いていた。無神経な春太に腹が立つ。けれど、七子を差し置いて私が理由を言うわけにもいかない。


 どうしたものかと口ごもっていると、陽一が「あのさ」と口を開いた。


「あいつ、紀人ってさ。昔、小さい子に悪戯したって聞いたんだけど」

「何と!」


 そうか、陽一も知っていたのか。私は七子を窺った。長い前髪で顔は見えないが、きっと苦悶の表情を浮かべているはずだ。


「となると、紀人さんは沙枝さんを小屋に連れ込み、人には言えないことをしようとしていたのかもしれませんね」

「やめてよ! 紀人は、紀人はもうそんなことしないわ。約束したもの。二度とそんなことしないって。心から反省してたのよ」

「性加害の再発率は非常に高いのですよ。抗えなかったのかもしれません」


 あんまりな言い草に、段々と腹が立ってきた。確かに紀人がしたことは許せない。

 だが、罪も犯していない、身内である七子の気持ちはどうなるのだ。


「となると、案外、沙枝さんが犯人かもしれませんね」


 平然と、悪気なく映画のネタバレをするように、春太はそう言った。


「子供であろうと、大人を殺せないことはありません。これが真実なら、事件は解決ですね。いつ小屋に向かったのかわからなかった犯人と、もう一人の被害者。二つが共に明かされたのですから」

「ふざけないでよ! 大体それなら、どうして沙枝ちゃんまで死んでるの? おかしいでしょ?」


 とうとう耐えきれず口を挟んだ。


 確かに小屋にはの死体があった。互いに殺し合ったと言うのなら説明はつく。


 だが紀人はともかく、沙枝ちゃんまで憶測で貶められるなんてあんまりだ。


「紀人さんを刺し、しかし即死には至らなかったため、逆上した紀人さんに殺されたのかもしれません」

「だったらあの濡れた地面は何なの? 大怪我を負ってるのに、助けも呼ばずに水浸しにした理由は?」

「証拠隠滅でしょう。自分が沙枝さんに何をしたのか、証拠になるようなものが飛び散っていたのです。それなら理屈が通ります。自分の命と天秤にかけても、隠蔽しようとした理由が」


 七子は両手で顔を覆った。違う、違うと首を振り、悲鳴のような泣き声をあげる。


「もしくは、勢い余って沙枝さんを殺害したあと、罪の意識に苛まれて自殺をしたのか」


 どうしてそんな酷いことが言えるのだろうか。あんまりだ。私は無性に腹が立っていた。


「まぁ何にせよ、警察の捜査でわかることです」


 遠くからサイレンの音が聞こえた。そうだ、ここは陸の孤島ではない。逃げ場のないミステリーの舞台ではない。

 警察が明らかにしてくれるだろう。この探偵面した男の推理が、正しいか正しくないのか。


 私は一人願っていた。どうか、ハズレていてほしいと。

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