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 小屋に訪れた私達は、目の前に広がった光景に立ち尽くした。


 やがて七子ななこが悲鳴をあげて、現実に引き戻される。小屋の中に転がる死体に最初に駆け寄ったのは、春太はるたという男だ。


 探偵などと自称して胡散臭いこと極まりないが、今の落ち着き払った様子を見るに、あながち嘘ではないのかもしれない。

 春太は脈を測り、その死体がよくできた人形でないことを証明すると、呆然とする私達を振り返りこう言った。


「これは殺人事件です」


 見ればわかることを、なぜわざわざ口にするのだろう。

 七子がその場にしゃがみ込み、えんえんと泣き始める。弟が殺されたのだ。無理もない。


「な、何でだよ。誰がこんな惨いこと」


 陽一よういちが訝しむようにこちらをを見た。泣きじゃくる七子は犯人候補から除外したのか、私を疑っているらしい。


「屋敷から小屋に来るまで三分。その間、小屋から出てきた者がいなかったのは、皆さんも承知のはずです」


 現在私達が寝泊まりしている屋敷から、物置と化した小屋までの間に遮蔽物はない。誰かが出入りすれば、必ず目撃できるはずだ。


 春太が腕時計を確認した。私もつられてスマホを見る。時刻は午後三時ジャストだ。


「犯行時刻は二時から二時五十七分。紀人のりとさんがいなくなってから、私達が小屋に向かうまでの間でしょう」


 本当にそうだろうか。

 確かに私達が屋敷を出たのは二時五十七分だ。けれど退屈だった私は、二時から三十分ほど、この辺りを散歩していた。


 そして十五分頃、小屋に向かう紀人の後ろ姿を見かけたのだ。それ以外に、小屋に行った者はいなかった。


「わ、私は、二時からずっと部屋で休んでて、二時半くらいに目を覚ましたの。それから三十分くらい、窓の外をぼんやり眺めていたわ。だけど誰も、小屋には行ってなかった」


 涙をこぼしながら、震え声で七子が証言する。

 しかし、それならおかしなことになる。紀人も含めて、ニ時前には全員揃っていたのだ。一体いつ、小屋に行ったと言うのか?

 答えを求めるように、私は投げ出された白い足を見下ろした。


「ふむ、とは言っても、七子さん。あなただってずっと注視していたわけではないでしょう。良子よしこさん、あなたもです。小屋から一時も目を離さなかったと断言できますか?」


 そう言われてしまうと首を縦には触れない。私達が目を離した隙に小屋に入った可能性は、十分存在するのだ。


「不可解なのは、この濡れた地面ですね」


 小屋の床は水浸しだった。床の上には物が散乱していて、棚まで倒れている。争った形跡があるのは確かだ。


「考えられるのは、何らかの痕跡を消すため」

「痕跡って、足跡とか?」

「かもしれませんね」


 春太は当たり障りのない返事を返すと、立てた人差し指をくるくると回し始めた。気取った仕草が、妙に癪に障る。


「一先ず屋敷に戻りましょう。皆さんのアリバイを確認しなければ」

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