妻が今日も可愛い

みどり

規格外の妻が、今日も可愛い

第三騎士隊長ガンツには三分以内にやらなければならないことがあった。


それは、目の前で結界の中に消えたドラゴンを倒すこと……ではなく、ドラゴンを倒そうとする妻を止めて、ドラゴンを保護すること。


王家の直轄領に現れたドラゴンと交渉する為、ガンツが隊長を務める第三騎士団が派遣された。ドラゴンは賢く強く、意思疎通が可能だ。ドラゴンが国同士の争いに介入することはないが、巣を作って貰うだけで他国にとって大きな脅威となり、国の守りが強固になる。


しかも、ドラゴンが現れたのは王家の直轄領だ。


貴族のしがらみもない。国王はすぐにドラゴンと交渉する為に騎士団を派遣した。


ドラゴンを味方にするのは簡単ではない。ドラゴン達は賢いが故に人間の思惑を敏感に感じ取る。誇り高きドラゴンは人間に利用されるのを嫌う。


しかし、交渉の余地はある。ドラゴンは宝石が好きで正直な人間を好む。誠心誠意話をすれば、分かってもらえる。過去にも上手く交渉してドラゴンに住んで貰ったと記録が残っている。


ドラゴンの好みを熟知した学者達の推薦で、脳筋部隊と呼ばれている第三騎士団が派遣された。ガンツを含め、全員ドラゴンの強さに憧れており腹黒い交渉が苦手なメンバーばかりだ。


ガンツは馬鹿正直に国の思惑をドラゴンに話した。するとドラゴンは、笑いながらガンツと話をしてくれた。


そこまでは良かった。


ドラゴンの一言に、ガンツの妻シルビアが反応するまでは。


「人間とは愚かなものよ。しかし、お主の馬鹿正直なところは気に入った」


その瞬間、王都の屋敷にいるはずのシルビアが転移魔法で現れてドラゴンと共に結界の中に消えた。


「隊長、こうなるから奥方を置いてきたのではなかったのですか?」


「そのつもりだったんだがな……おそらく魔法で監視しておったのだろう」


「簡単に言いますけど、何百キロ離れていると思ってるんですか? 普通、魔力が足りませんよ」


「シルビアは普通ではないからな」


「にやけている場合ではありません。このままではドラゴンステーキが完成しますよ」


「分かっている。まだあと二分ある。なんとかしてみせる」


「……我々は、目と耳を塞いでおきます。どうぞご存分に」


「すまん。助かる」


シルビアは元王女だ。


幼い頃から叩き込まれた教育のおかげで、いきなり怒りを露わにしたりしない。どんなに失礼な相手でも、三分間は話を聞く。


三分後、話を聞く価値がないと分かれば……話術、腕力、魔力、権力……ありとあらゆるものを使い、相手を破滅させる。


最高の教育を受けて、頭も良く身体もしなやかで素早く、魔力が高いシルビアに敵う人間は誰一人いなかった。シルビアも強さを追い求め、自身より強い男でないと結婚しないと言い切った。見兼ねた国王が、王女に勝てば平民でも結婚させるとお触れを出した。


血気盛んだった若い頃のガンツは、噂を聞き王女に挑み……初めて会ったシルビアに一目惚れした。


シルビアにこてんぱんにされて修行を重ねた一年後。ガンツはシルビアに勝利した。勝った瞬間ガンツはひざまづき、用意していた指輪を捧げてシルビアにプロポーズした。


その日から、シルビアはガンツに夢中だ。いささか過剰と思う事もあるが、愛情深いシルビアにガンツも夢中だ。


しかし……少しばかり手加減を覚えて欲しいとガンツは考えていた。


シルビアはガンツを馬鹿にした者を許さない。一言でも悪口を聞けば、笑顔で現れて結界を張る。


中で何が行われているのか、誰も知らない。共に結界に入った者は、震えてなにも語らない。結界を張ったらカウントダウンが開始される。三分以内に反省し謝罪すれば無事。結界が解けるまでに三分以上かかれば終わりだ。


三十分後に結界から出てきた貴族達は、怪我もなく健康なのに全員ガタガタと震えており、二度とガンツに近寄らない。


今ではシルビアが結界を張った瞬間に全員土下座する。


結界を使ってまで相手を痛めつけるのは、ガンツに害がある場合のみ。そういう意味では可愛いと呑気に思うガンツだが……今回ばかりは妻がドラゴンを倒してしまっては困る。


馬鹿正直という言葉は、否定とも肯定ともとれるのでうまくいけばシルビアとドラゴンが仲良くなる可能性もあるが、そんな危険な賭けはできない。


ガンツができるのは、今すぐ結界を解除させる事だけ。大声で愛を叫び、シルビアの怒りをそらすことだけだ。


「シルビア! 好きだ! 愛している! 今すぐ君を抱きしめたい!!!」


恥ずかしいと思っていた甘い台詞が言えるようになったのはいつからだろうとガンツは考えた。


結界に閉じこもったシルビアを止める唯一の手段は、ガンツの甘い告白。甘い言葉でシルビアを呼べば、彼女は怒りを忘れて結界を解除する。


今回ばかりは照れたり躊躇したりする暇はない。相手はシルビアの恐怖を知らない、ドラゴンなのだから。


「ガンツ様! わたくしもガンツ様を愛しておりますわ!」


満面の笑みで微笑む妻は今日も可愛いとガンツは思った。


その後、シルビアに怯えて国を出ようとするドラゴンをなんとか説得……シルビアが笑顔で微笑んだだけだが……して、ドラゴンが王家の直轄領に巣を作ってくれることになった。


予定より多くの褒美を賜ったのは、シルビアの暴走を止めた報酬も含まれているのだろう。


部下に褒美を分け与え、シルビアにプレゼントを買いガンツは家に戻る。


彼は平民だ。隊長の稼ぎは平民の暮らしをするには充分だが、王女が使う宝飾品を買うには足りない。


ガンツが贈ったブローチを嬉しそうに付けたシルビアは、失くさないようにと謎の魔法をたくさん付与した。あっという間に国宝クラスの魔道具に変貌させるシルビアの魔法の腕は見事だ。


「シルビア、愛してる」


規格外の妻が、今日も可愛い。そう思うガンツも規格外な男であった。

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