二十一錠目 女学生たちは地下迷宮を服用する(三巻の二)。

「ではいよいよ、というか、ようやく、僕の相談に直接繋がる話に入ろうかねえ」

「お願いいたします」

僕たちの立場は一応、公国軍の下部組織という扱いにはなっているんだけど、実質的には軍とは全く接点がない。迷宮を表向き管理しているのは軍だから常駐している部隊はあるし、助けてもらう部分もあるにはあるんだけど、別に普通の領民と差があるわけじゃない。装備が支給されるわけでもないしね。欲しいと言えば提供してもらえるけど、あんまり役に立たない。軍隊と僕たちの探索の違いは言ったとおりだから、それが反映していると思ってもらえばいいかな。 

 曲がりなりにも軍の関係者なんだなと感じられるのは、探索にエントリーするための書類を書くときぐらいだろうか。東部方面第五〇七施設大隊長様御中とかなんとかを自筆で書かなくちゃならないんだ。

 エントリーなんて言うとますます軍隊から遠ざかりそうだけど、迷宮攻略の命は常時発令されている、という体になっている。軍隊は命令されて動くんじゃない。命令を復唱して初めて行動を起こせるんだ。エントリーってのはこの復唱に当たる。迷宮の探索は僕たちの準備が整わないと出来るものではないから、行けるひとが行く、という感じになっちゃう。けど、それじゃ命令至上の軍隊としては困るから、拝命致しましたという体裁にしたいわけ。

「わかる、このあたりの感覚」

「わかるようなわからんような」

ま、進めよう。

 エントリー用紙には、

 第一一七治安維持に関する命令

 とあって、


 イ、首謀者の確保、または排除

 ロ、違法構造物の解析

 ハ、敵性生物の排除

 二、不認可物品の押収

 ホ、偵察


 と、書かれている。

 偵察ったって、迷宮に降りて、浅いところをうろついて、こんな風になっていましたと書式に則って報告すれば命令を遂行しましたご苦労であったという形にはなる。実際には労われたりはしないんだけどね。

 これらには各段階に応じて査定が行われて報酬が支払われる。不認可物の押収、と言う項目に該当するのであれば、その品物を鑑定して、珍品だとか有益だとかって話になれば、相応の報酬が得られるわけだ。

「冬はたくさんもらったことあるの」

「怪物が落としていった魔法の素材を持っていったら、一ヶ月働かなくていいくらいもらった」

「微妙だなあ」

命のやり取りの結果と考えれば、微妙かもね。でも、僕たちには経験の蓄積があるから、戦闘行為での勝率は極めて高いんだ。

「むむむ」

「不満かしら」

「冬は迷宮の探索に関してずっと言ってるけど、経験の蓄積というのは、そんなに大きいものかなと。誰でもできそうな気がしてくるじゃない、経験を積めばよい、なんて」

「ん、どうだろう」

経験の蓄積というのは、必ずしも僕だけのものではなくて、迷宮の探索が続けられてきた上で伝えられてきたものもある。例えば、一応、経路図があるんだよ。そこかしこに仕掛けがあって、必ずしも同じ経路で同じところに辿り着けるとは限らないんだけど、あてにならないものでもない。

 そうか、思えば女学生というのは、経験の積み重ねによって社会に出るための準備をするところだけど、それを意識する場面はあんまりないよね。授業の内容なんてころころ変わるし、不得手なものがあっても必ずしも克服しなければならないものでもないし。

 部活なんかやってるひとは、感じられるんじゃないだろうか。一年生で始めて三年続けたら、上手になっているはずだよね。

「むむ、そか。あたしは何かを続けるのが苦手だからなあ。飽きっぽくてねえ」

「そか。ま、部活だってみんながみんな続けられるわけじゃないから」

あと、僕はこれを生活の糧にしちゃっているから、嫌でも続けなくちゃなんないってところもある。嫌なら他の仕事を探すってことも出来るけど、続けてしまったから抜け出せないってところがある。

 楽しいから。好きだから。ああ、そういうのもあるのかなあ。危険はあるけど、苦痛じゃないとは言える。僕にしてみれば出来ることをしているだけで、好きかどうかは、わからないね。続けてるんだから嫌いじゃないって感じか。

 探索に戻そうか。

 探索はひとりから六人までの、小隊と呼ばれる規模で行う。軍隊の用語だね。でもこれもエントリー用紙以外で使うことは少ない。何人詰め、って言い方をする。今回は五人詰めで行ったよ、とかね。あ、最近はパックとかって言う奴もいる。三人パックだってさ。卵みたいじゃんね。

 普段は僕たちは、予備役という、軍隊の補欠みたいなところで身分を保証されている。いくらか支度金みたいなものが支給されるんだけど、それだけじゃ食べていけないから、じゃあそろそろ詰めましょう降りましょうと誰かが言い出す。んじゃ乗っかりますかと応じるひとが現れて、人数の都合がついたらエントリー、命令の復唱を行って降りる。人数は言い出したひとが決めるね。

「やっぱり個人の意志と社会制度との繋ぎ目のとこがもどかしいと言うか面白いと言うか」

「僕たちにとってはめんどくせえ手続きなんだけど。面白いかねえ」

「あ、ひとがやってる分には」

「ははあ」

前後するけど、命令の復唱は、正式には施設大隊の大隊長に向かって行うんだけど、

「あ、典、そもそも、軍隊の施設大隊ってなにする部隊かわかる」

「いやまあ、細かい点はともかく大きな隊なんでしょうな」

「ごめんごめん。陣地を構築したり、進路退路を整備したり、橋を架けたりする部隊なんだ」

「ほおお、軍隊ってそういうこともするんだね」

昔はそのあたりのこと兵隊さんみんなでやってたらしいんだけど、そうそう、これも蓄積なんだよ。何も知らんひとにやってもらうより、大工さんの知識と経験があるひとが建てる家に住みたいでしょ。世の中が進んで、こういう道具を使ってこうすれば頑丈な建物をより早く建築することが出来る、という技法が確立してくると、どうしても専門家、とまではいかなくても、その分野に関する教育を施した人材が欲しくなる。施設大隊というのはそのための部隊なんだ。

「ちなみにこのひとたちは、大きな災害のときにも派兵される。もちろん、手が足りなければ普通の兵隊さんたちだって駆り出されるる。こういうと立派な仕事をしている素晴らしいひとたちなんて思いがちだけど、ま、世間と折り合いが悪くて軍人になるしかなかった奴らもいるから、ろくでなしの割合は世間一般よりも高いような気がする」

もちろん、私見だ。立派なひととかろくでなしかなんてのは、一方的な見方に過ぎない。そして、どこから見ても立派なひと、というのも、なかなか難しいものだろう。

「典、ごめんね。なかなか降りられなくて」

「それなりに準備をしないと怪我をしますよってね」

「ごめんごめん」

では、装備や持ち物について喋ってみようかな。

 典は登山に興味があるかい。ない。まあそうだろうなあ。いや、軽んじているわけじゃなくて、僕も登山自体をするわけじゃないから。ただ、あんな感じの装備をして降りていくんだよって、掴みやすいんじゃないかと。

 登山てのは、始めっから終わりまで、計画の立て方が全て、らしい。著名な登山家の本を読むことがあってさ。

「ふうむ」

「なにかな」

「やっぱ冬は冒険とかそういう方向に行く素養があるんじゃないのかねえ。でなけりゃ登山家の本なんか読むかい」

そうかねえ。いや、典だって、僕の、あんまり面白いとは思えない話を聞いてるじゃん。それと、興味があるというか、現実的に共通点が多いんだ。

 さっきも言ったとおり、登山というのは計画の立て方が大事だ。大雑把に言えば、どの程度の山をどの程度の期間で登るのか。このあたりが肝になる。経験豊富なら自分なりのスケジュールが組めるんだろうけど、険しい山ほど人手がかかる。現地での優秀なガイドやアシスタントを確保するには余裕を持って望むに越したことはない。

 計画をきちんと立てるってのは、余裕を持つことと同義なんだ。

「夏休みの」

「どうした典、明らかにテンションを下げて」

「夏休みの宿題は計画的に片付けなさいと言われたのを思い出して鬱になった」

「計画を立ててやっておけば鬱にならずに済んだだろうに」

「冬までそんな教師みたいなこと言うの。迷宮どころか奈落の底まで落っこちるわ」

「ごめんごめん」

僕たちの話に戻ろうか。迷宮の探索のほうが登山よりいくらかましと思えるのは、天候に、致命的に左右される事態が少ないってところだろうか。本で読んだ限りだけど、天気予報の精度が上がったとは言え、短期的な予測までは不可能だ。荒天はすぐに落ち着くのか、それとも続くのか、進むか、待つか、撤退か、その判断は極めて難しい。

「あたしはそこがよくわかんない。やべえと思ったら退けばいいんじゃないのと言うか、退くしかないんじゃないの」

「そこは、彼らが登山家だというところを抜いてしまっているから言えるんじゃないかなあ」

「いやいや冬さん。いくら登山家っつったって、命を無駄にすることはないでしょう。また次の機会を待ちましょうよ」

「あのね、大掛かりな登山てのはものすごくお金がかかるんだよ」

「それは、なんとなくわかるけど」

彼らにはたいてい後援者が付いていて、理解はしてくれるんだけど、そう何度もお金を出してもらうわけにもいかない。それと、お金の問題だけじゃなくて、登山家の名を上げるような、後援者が喜んでくれるような著名な山ってのは、それなりに優秀なスタッフに随行してもらわなければ、山の麓にすら辿り着けないらしい。

 第一、彼らだって人間だ。

「典は、やり遺した宿題を、やり遺した罰として始めっから全部やり直しなさいと言われたら、どうだい」

「死ぬ」

「即答か。まあ、死ぬほど面倒だろうねえ。彼らだって同じなんだよ。数箇月、数年かけて計画を立てて、頭を下げて、モチベーションは上げて、それをまた一からやり直しって言われたら」

「死ぬ」

「即答か。ま、そういうことなんだよ、典」

「わかった。で、何の話だっけ」

「登山の、違った、迷宮を降りるんだった」

「真逆だな」

地下迷宮は自然現象に左右されにくい。地下だから、というばかりではなくて、作りが堅牢なんだ。そういう風に作ってある。地下で発生する問題って、例えば空気が悪くなるとか、地下水が湧き出して水没してしまうとかあるんだけど、こういうのが一切ない。

 地震。地震って、揺れるやつか。あれは怖いねえ。何年か前に大きいのが来て、街で古い建物がいくつかやられたんだけど、たまたま降りていた僕たちはまったく気づかずじまいだった。研究者によると、迷宮自体が別の空間に固定されているとかなんとか。

「なんなのその都合の良い別の空間。あたしもそこにつれてけ」

「落ち着け典。僕が言ってるんじゃない腕を離しなさい腕を」

考え始めるとまた降りれなくなるから、とても頑丈に出来ていると解釈しておいてくれ。

 だから、自然現象なんて言う膨大なエネルギーの影響を受けずに済む。

「セキュリティが万全で、なおかつ殺人者が潜んでいる建物に侵入するようなもんか」

「健康のために命をかける、みたいな」

さて、降りなくては。

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