二錠目 女学生たちは異世界のひとたちを服用する。

 「助けて欲しい」

「樹里さんかい。まあ座って座って」

対処法を聞いてすぐにでも害悪を払うつもりでいたから、机に突き立てた両腕をそのままに、挨拶もすっ飛ばして典の顔に自分の顔を押し付けるように近付けた。

 膝を折って尻を下ろすという考えはまったくなかった。

 おれたちは追い詰められていたのだ。

「もうそんな余裕は」

「よほど切羽詰まっているようだけど、そんなときほど落ち着けというのがあるでしょう。それから」

「なに」

「あたしのはプラセボと言って、効果があるかどうかはあたしにも誰にもわかんないんだ」

我知らず奥歯のあたり顎の付け根辺りに軋みがある。思い詰めるあまり噛み締めていたのだが、今の典の言葉を聞いて更に力が入ってしまったようだ。

「それじゃ困る」

おれはほとんど叫ぶように言った。

「あたしも困るなあ。これはみんなに言ってるんだけど。あてにはならないよって。いままでそんな相談しか受けてないから、信用できないと思ったらやめといたほうが」

「おれが聞いた限りじゃお前のおかげでみんな助かったと言っている。なんでおれだけ駄目になるんだ」

だからこそ典はあてにしないでくれといっているのだ。おれの相談だけ受けられないわけではない。わかっていてもこんな言い方になってしまう。

 典はふわふわとした笑顔をこちらに向けている。いや、笑顔でもないのか。無表情にも見える。置かれている状況の違いは明らかだ。

 こんなやつに相談するだけ無駄なのだ。そういう声が内から聞こえてくる。悪いやつじゃなさそうだが、ひとのために全力を尽くすという肚も力も無さそうだ。

 が、他に打つ手がない。

「困っていることが解消されるかどうか」おれの視線を受け止めつつ、典が言い出す。「確約はできないのが残念だけど、それだけ切実に思っていることがあるならそれは力になるかも知れないし。効くと思って飲めば効く、なんて薬のくせに学問を放棄したような言い回しもありまして」

差し当たって他に打つ手がない。いや、打てる手は全部打ってのこのやりとりなのだ。

 どうせどうにもならないのだ。

 おれは典が言うのとは真逆に、すべてを諦めた上で、硬い椅子に腰を下ろした。誰でも助けてしまう人物が助けられなかった事例として残るのも悪くはないだろう。

 安易に他人など頼ってはならないのだ。助かったのは自分の力や運であって、それが出来た程度の困難だからであって、相談したからどうにかなるなんてありえないのだ。

 典は顎を両手で支えて薄い目になる。聞く態勢なのだろうか。立ち上がるか。

 出来なかった。おれは話しを始める。

 事の起こりは去年の暮。ちょうど半年前か。おれの村に見慣れない顔がふらりとやってきた。いや、やってきたというか、そこに出現した、というような状態だったらしい。

 そいつははじめのうちは右も左もわからぬといった様子で頼りなく、村人たちも困っているようだから助けてやろうか程度の関わり方だった。

 実はむしろそこからおかしかったのだ。

 見ず知らずの旅人など、軽はずみに助けたりはしない。このあたりは監視が厳しい都市部からは隔たっているから、犯罪を犯した者共が流れてきたりする。

 そんな者を匿えばおれたちだって犯罪者の仲間扱いされ、投獄されてもおかしくない。

 実際そいつも地方憲兵の厄介になったらしいが、ほどなく釈放された。領主の足元で起こった厄介ごとの解決に尽力したとかなんとかあったらしい。

 そんなことはどうでもよかった。

 おかしいのは村の連中の対応だ。それなりの功績があったからと言って基本的にはおれたちは無関係だ。知ったことじゃあないのだ。領主のために働いたのなら報酬を得ていてもおかしくはないが、それだけのことだ。

 なのに連中ときたら、よく知りもしないそいつを、まるで伝説の中から現れた英雄であるかのように扱う。おれ同様いかがわしいと思いながら観察するひともいたが、大半がそいつに親しみを感じている。

 愛されているのだ。

 ある時そいつは数百年単位でこの地方に襲来して我々の生命を脅かすドラゴンを退治したとか言って、その邪竜が所持していた宝玉を村の有力者に見せていた。すぐさま領主が、指定鑑定人を伴って村を訪れ、本物と周知させると、おおこれぞまさに邪竜の宝玉我らの領地に降り立った救世主に惜しみない喝采を、などと述べた。

 更に気に入らないのは、そいつは、いやたまたまっすよ、偶然倒しちゃっただけで、なんて言い草をして、それがまた村人たちに好評だったりしている。

 偶然倒せるようなドラゴンが数百年に渡って人間を苦しめたりできるものか。

 おれは疑ったが、疑いに根拠はなかった。なのにそいつは確実な成果を上げていた。

 沈黙するしかなかった。

 黙っているしかなかったのだが、この村での生活はおれのほうが長い。知り合いは多いのだ。そいつに親しいひととも顔見知りであった。不思議なひとだねえ、この世のものとは思えない運の持ち主だねえ、とおれは水を向けた。

 そいつに親しい人物は憤然として、あのひとの強さは本物だよ、運なんかじゃないんだよ。とてもいいひとだし。

 崇めている対象の悪口を言われれば誰でも腹を立てるものだろうが、ずいぶん感情的な反応のようにも思える。

 ごめんごめん、運とでも思わないと理解できないくらいに大きな力の持ち主と言いたかったのさ。素直に詫びると気を直したようで、こんな事を言う。

 あのひとは異世界から来たの。だからこの世のものとは思えないってのは、当たってるわ。

 異世界。異世界とはなんだ。他にも数人に当たって集めた断片を繋ぎ合わせてみると、どうもこの世ならざる世界からやってきた、と本人は言っているらしい。

 そっちの世界で不慮の死を迎え、気付いたときにはこっちの世界で、そっちの世界での知識や経験を活かしたが故の活躍ぶりだと言う。

 到底信じられるものではなかったが、反面そういう現象でもなければそいつの力は説明がつかない。真偽はおれの手には収まりきれるものではない。

 ま、悪人でもないようだし、領主に信頼され、しかも強いのであれば村にとっては益になるものではあろう。この『勇者』をひと目と村を訪れる者も増えた。なら、経済的にも潤うかも知れない。

 どこか気に入らないのだが、受け入れられないものでもなかった。

 それからしばらくして、すごく美味しい料理を出す店が出来たから行ってみないかと誘われた。うまいものを喰うために高い金を払う趣味はなかったから躊躇ったが、とても安価なんだと言う。場合によっては無料になるらしい。

 そんなおかしな話があるか。

 勇者の出現で都市部と村を行き来するひとが増えていたところだったから、この料理屋の評判はあっという間に広まった。おれが誘われたときは店が混んでいる程度だったが、僅かの期間に行列が街道に及んで地方憲兵が規制をしなければならないほどになった。

 おれが喰ったものは、知人に進められた、猪肉らしい肉に衣とかいうものを巻くのだか包むのだかとにかく何かを纏い付かせて、油でどうにかしたものらしい。猪肉の調理方法としては、ここらでは食べるどころか見たこともない。

 知人は解説を始める。

 これはとんかつと言ってね、そのままでも美味いが、ソースを掛けると更に美味い。コメのメシとよく合うだろう。ところどころ言葉の意味するところがわからなかったが、異国の料理なら仕方がない、程度に認識していた。

 不思議な料理だねえ。知人は夢を見るように語る。私はあちこち旅しているから外国の料理は色々と知っているのだけど、どれにも該当しない。だから聞いてみたんだ。どこの料理なのかってね。で、どうやらここの主人はねえ、異世界からやってきたらしいんだよ。

 また異世界。喰ったとんかつの美味さが、違和感の塊として胃の中に残るようだった。

「ええとつまり」典は変わらない姿勢のままおれをまっすぐに見ている。「異世界のひとがあなたの村にいる、と」

「ああ。村の連中は転生とか言ってるな。死んだ者が生まれ変わるなどあってたまるか」

「ははん。でもまあ、村の人達は楽しみが増えていいように見えますがねえ。何か不満が」

「おれは慎重、悪く言えば臆病なところがあるのを自覚している。異変には警戒するのさ。異世界からふたりも来るなんて、おれにとっては異常事態だ」

「いや、わかりますよ」

「だが典の言う通り、悪いことが起きてるわけじゃない。見方によっては冴えない村に魅力が増えたとも言えるだろう。だが、続きがあるんだ」

「ほ。ここからが本題かな」

やがてひとり、またひとりと異世界から過剰な力を持った人物がやってきた。不思議な機械を生み出す者、こちらの世界では大賢者ですら到達し得ない知識を得ている者、王族ですら魅了する容姿の者、モンスターですら説き伏せる話術をもった者。

 彼らはその過剰な力を、場合によっては俺たちの世界のひとのため、場合によっては自分のために使った。自制しなければならない場面ではそれなりに抑えてはいたようではあったが、そもそもが行き過ぎた力だ。関わっただけで大変な事態に陥る。が、大変な事態というのも、結果は村のひとや国の益になるものだったから、文句のつけようがなかった。

 おれたちは、なにか困り事があっては異世界から来た連中に話を持ちかけ、解決してもらった。おれは直接頼み事をしたわけではないのだが、止められなかったのだし、恩恵を受けてしまっているのは明白だからおんなじことだ。

 だが、確実に異世界のやつらは、おれたちから大事なものを奪っていた。おそらくやつらも意識しないうちに。意識したとしても、目の前で困っているひとを見捨てられないという優しさのために、歯止めが効かなかった。

 そうなるだろう。おれだって同じことになっただろう。

 おれたちは、勇者様お助けください、大賢者様御知恵を拝借したく、この飯は美味い、姫様なんと麗しい、としか言えなくなっていた。彼らに助けを請い、彼らに賛辞を送る。おれたちが生きている意味は、もはやそこにしかなかった。

 全員がそうなのかどうか知らないが、転生したらしい彼らには死ぬ気配が感じられなかった。重症を負っても翌日にはけろりとしているような雰囲気だ。

「おれたちの世界がどうなったと思う」

「いや、なるほど。わかりますが、どうか樹里の言葉で」

「やつら以外はいてもいなくても良い世界になったのさ。やつらはそうは言わないがね。村のために人々のためにと。それはそのとおりなんだけどさ」

「ふむ」

「おれは思うんだ。困難は誰にでも訪れる。おれたちが被る困難がおれたちの世界で降り掛かってくるなら、おれたちはおれたちのやり方で突破する。出来なくてもいいんだ。いつか出来るようになればいいと思いさえすれば。おれが負けたとしても、おれを糧にして次に乗り越えるひとがくればいい。乗り越えられなくたって、何かが残るはずだ」

「はい」

「克服できようが敗れ去ろうが、困難を意識できれば、おれたちはその困難の主役になることが出来る。困難をすべてやつらに放り投げることが可能な今、おれたちは自分の人生の主役にはなれなくなってしまった。自分の人生なのに、おれの人生の主役はやつらなんだ」

「仰るとおりです」

「やつらに言いたいことがある」

「あたしが伺いましょう」

「他の世界で得た力は、他の世界で使ってくれと」

「素晴らしい。こんなに切実な怒りと祈りを聞くと、あたしの曖昧な力が残念でならない。もっと確実な力になりたい。でも、それは無理です」

柔らかく向けられた典の目の中に、自分が抱えている矛盾を見た。困難の克服は自分でできなければいけないと言いながら、やつらの排除を典に願おうとしているのだ。

 結局おれはやつらに敵わないのだ。

 席を立とうと机に突き立てた腕に力を込める。うまく力が入らないが。

「ああまだまだ。これから処方です。やつらというのはどうも、あたしの世界からそっちに行ってしまったひとたちのようですねえ」

「そうかい」

ひとまず腰を落ち着かせたが、喋ってしまうと自分の無力に苛まれるようで、おれを動かしていた怒りもどこか沈静化してしまったように感じられる。

 そうか。典に相談する効果はこんな感じなのだろうと納得する。悩みが消えれば解決なのだ。悩んでいるのはおれであって、悩んでいるおれが見ている世界が憂鬱なだけだ。おれの世界の人々が無気力に生きたからって、絶望する必要はないのだ。

 悩みは個人のものだ。世界は個人のものにはならない。異世界から無敵の勇者が来たからといって、一存で排除など考えてはいけない。

「気が早いなあ。もうちっと待ちなさいというのに」

「でもなあ典。あれだけの力を見せつけられては」

「それは、もうそういうお話、ということで。今遊んでいるゲームに違うゲームのルールを、同意もなしに持ち込まれたら楽しめないでしょう。しかもこれ遊びじゃないし」

「なんだか、立場が入れ替わっちまったなあ」

「ではそろそろ処方しましょうかねえ。繰り返しになりますが、あてにし過ぎては困ります」

「了解だよ、典」

「素晴らしい。では、そちらの世界に帰ったら、ええと、枠を決めてください」

「ワク、枠って、額縁みたいなもんか」

「窓枠なんて言ったりしますね。まあ、一般常識的なものはどうでもいいので、樹里さんが考えるところの、枠を決める、でいいですよ」

「なんだかわからんな」

「ワクワクしませんか」

「しないな」

「いい方向に行くことを願ってますよ」

「ありがとう」

無表情に立ち上がってから村に戻り、それからげらげらと笑い始めてしまった。枠でワクワクはあまりにもばかばかしい。

 ともあれ枠か。差し当たっておれは、指先、親指と人差指を用いてもっとも簡易と思われる枠を使って村を見てみた。

 村人のの視線の先には異世界の連中がいた。

 彼らを枠の中に収める。

 ほお、不思議なものだ。

 枠の中には別の世界が出現する。枠の中は彼らの世界であって、そこに異世界が出現する。やつらがそこで何をしようが、気にならないような感じだ。

 典はやはり、気休めを施してくれたのだろう。これはこれでありがたい。

 気になったのは枠の外、本来的な意味でのおれたちの村での出来事、過ごし方だ。

 やつらは村での定期的なイベントだろうが個人的なアクシデントだろうが首を突っ込んでくるから、もちろんこれは悪意を持った見方ではあるのだが、ともあれ何かせざるを得ない状況になるらしいから、それに対して村人も一喜一憂する羽目になってしまう。

 出来事そのものではなく、やつらの行動に影響されてしまっているのだ。

 でも、それも枠の中での出来事でしかなかった。

 枠の中では、どんなに些細なことであっても楽しそうにしているが、枠の外ではくたびれたような顔をしている。

 そればかりではなかった。枠の外で楽しいことが起こって、たまたまやつらが居合わせなかったときなどは、本当に楽しそうに笑うのだ。

 そこには、やつらが来る前の村の姿があった。

 おれが作った枠の中では、やつらに対応した演技をすることが求められているようだった。いや、枠の中では別の世界が重ねられているように見え始めていた。

 指先でなくても、何かに囲われてさえいれば、上書きされた世界とそうでない世界が分離できた。

 おれは分離した世界で村人たちに話しかけた。別に取り立てて変わった話をするわけじゃあない。やつらについて議論などしない。やつらからの恩恵を得ている人達だっているのだから。

 だからおれは普通に話をした。虫が出てきたねえ。あったかくなってきたからね。虫、にがてでさ。あら意外、すぐさま踏み潰しそうなのに。なんだよそれ。

 ひさしぶりに他のひとと喋った気持ちになった。

 おれは不慣れな大工作業で不格好な枠と支柱を作って持ち歩くようにした。ぱっと見キャンバスとイーゼルだから絵でも始めたのと言われたが、枠しかないものを掲げるとみんなおかしそうに笑った。

 笑いながらみんなで枠の中を見た。

 笑いが止まる。

 枠の中ではどこの誰が拵えたのか知らないが、茶番が繰り広げられている。やつらとそれに合わせて演技しなければならないひとたちを見たり見なかったりしながら、おれたちは世間話、普通の会話を楽しんだ。枠の中を見て笑うような真似をするひとはいなかった。面白くなかったし、自分の姿でもあるからだ。

 枠の外で交流するようになると、枠の中には誰も入りたがらなくなった。やつらと距離を置くひとたちが増えたのだ。

 かといって既に、生活に必須な利害に大きく関係してしまっているひともいる。無理はいけない、と忠告だけはした。村のひとたちは委細を求めず、現状を了解してくれているようだった。

 まあ、説明を求められても困るだけなのだが。

 やつらは変化にすぐに気がついた。基本的にはいいひとたちなのかも知れない。迷惑を被るよりも助けられたという声のほうが多いのだ。

 だがそれは近視的であって、遠くを見ればおれたちは衰弱するだけなのだ。助けてもらうことの全てが助けになるとは限らない。

「何をしているんだい」

枠の向こうから、異世界からの勇者が声をかけてくる。おれは正直に、あるべき世界とそうでない世界を区別している、と答えた。

「私はね、元の世界では会社のために、社会のために心身を捧げて挙げ句、過労で死んだのさ。不幸だろう。多少チートであっても許してはくれないかね」

いきなり本題だ。流石に察しがよい。もしかしたら全部理解した上で声をかけてきたのだろう。

 おれは、別にどうこうするつもりはないですよと呟きながら村人たちに適当に声をかけ、散るものは散り、勇者に寄る者は寄った。

 で、枠を片付けようと無造作に掴んだ時、枠が壊れてただの木片として散らばってしまった。やれやれ、慣れないことはするべきでないな。

 ぐわ、と叫び声をあげて、異世界の勇者はばたりと倒れた。

 おれは反射的に、医者と憲兵を呼ぶよう叫んだ。逃げるわけにもいかないが、近づくのも不味い。疑われては困るから、みんな一緒にいて欲しい、と村人たちに頼んだ。

 みんな納得してくれた。

 数人が任意で憲兵隊の詰め所に呼ばれたが、いくつかの質問に答えて書類に署名して、すぐに帰された。彼らの話では、異世界からの賢者に聞けば、犯罪かどうかはすぐに分かるし、逃亡は不可能だから、だそうである。

 これは幸と言えるのだろうか。不幸中の幸いとはこれか。

 異世界の勇者は心筋梗塞で亡くなったそうだ。過労死にありがちの死因だそうだ。もしかしたら異世界での時間軸に戻ったのかも知れない。

 もちろん、彼を慕うひとたちは村にも多かったから、悲しみも大きかった。近隣の国々からも大勢のひとがやってきて、別れを悲しんだ。

 が、どれだけのひとが本当に悲しんでいるのか、枠の中と外を知ってしまったおれたちは疑いを持ってしまう。あれも演技なんじゃないか。そうするように仕向けられているのではないか。

 だが事態が事態だ。枠を作るような不謹慎は流石にしなかった。おれは先行きを憂いたが、やつらが憎かったわけじゃない。

 しかし、結果としては殺すしかないのか。

 やつらの全員が同じなのかはわからないが、あの勇者は一度死んで転生した、と言っていた。からくりはどうでも、一度死んだというのであれば死体が動いているのと同義である。それを動かないようにするだけだ。死体にかけられた呪いを解くようなものだ。

 生きているものに死は一度あれば十分だ。

 と、むりやり自分を納得させ、また枠を作り、村とその背後にある世界を一望できる丘の上に立ち、見える全てを枠の中に納めた。

 さよなら、異世界の方々。

 木で出来た、脆弱な枠の上辺に手刀を振り落とした。さして音を立てることもなく、木片となって地面に転がる。

 それからのおれの世界は、結構な騒ぎになった。やつらは軍事力としてはかなりのものがあったから、他国の軍事行動に対して抑止力になっていたのだが、抑止力がなくなってしまったのだから他国の士気は当然上がる。

 一触即発の状態だが、これは異世界のやつらが来る前の状態に戻っただけなのだろう。

 他にもいろいろと、国家規模の革新的な計画が頓挫したとか、美味い飯が食えなくなったとか聞かされたが、それがどうしても必要なら自分たちでなんとかすればいいのだ。

 だが、おそらくは悪意のないやつら、異世界のひとたちを、俺の気持ちだけで排除したのだから、罪悪感がものすごい。

 辛いときもある。

 だから典に、ちゅ、ってしてもらって慰めてもらわなければらなるまい。

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