短編小説「いつか必ず仕返しはする! 俺は根に持つタイプなんだ!」
白鷹いず
短編小説「いつか必ず仕返しはする! 俺は根に持つタイプなんだ!」
金曜日の夜11時。
東京駅のホームは帰宅するサラリーマンとOLとでごったがえしていた。いや、当然それ以外の人もいるはずだけど、何故か俺には、ホームで電車を待つ人達が全員、2連休を前にゲッソリ疲れ果てて、ストレス発散のため一杯ひっかけてきたサラリーマン達ばかりに見えた。
自分がそうだからか?
今週もピリピリと気を使うような仕事ばかり、面倒なクライアント(広告主)の我がままに振り回されて神経をすり減らすことの連続、それも今日ようやく一段落してホッとしたところだ。
週末は忙しくて多分行けないと思っていた今日の飲み会にも、奇跡的に仕事が夕方に全て片付いたので出席する事が出来た。
年に1~2回、中学生時代の悪友達数人とつるんで酒を酌み交わす。合コンみたいな華やかさもお色気も一切ないんだけど、男ばかりの『男子会』(←ゾッとする語彙の響きを感じる単語だけど)も、気心の知れた連中と昔話で盛り上がるのがなかなか面白い。飲んで騒いで……その時間だけは元気に盛り上がるのだけど、一段落すると、やはり週末の疲れが溜まっているのかドッと睡魔が襲ってくる。元気な連中はその後二次会でカラオケに行ったが、所帯持ちの何人かが引き上げるというので、俺もそれに便乗して帰宅する事にした。
ホームに電車が入って来た。入口からなだれ込む人の波をかきわけて運良く座ることができた。
電車の座席に座ったとたん猛烈な眠気に抗えず、電車の発射を待たずに俺はすぐに深い眠りに落ちた。
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ピピピピピピピピピピピピピピピピ……
……スマホのアラームの音で目が覚めた。
うう、節々が痛い。なんだかすごく体がネジ曲がった状態で寝ていたようだ。
「あ?」
俺は我に返った。
昨日は友達の聡(さとし)の家に泊めてもらったんだ。聡の部屋には聡の他に3人がザコ寝していた。8畳ほどの部屋に、机とベッドとタンスに本棚、部屋の中央にはテーブルがある。それらの隙間を埋めるように男ばかり5人でザコ寝していたわけだ。いや、聡だけはしっかりベッドで高いびき。まぁ部屋の主の特権だな。
昨日は大学の学園祭前夜祭だった。
俺のクラスは有志によるメイドカフェを開くことになっている。俺は材料調達係だったからカフェがオープンしている間は暇だったけど、そのかわりに今日の分の材料を倉庫から教室まで運び、10時のオープンまでに段ボールから出してスタンバっておかなくちゃいけない。それでスマホのアラームを6時半にセットしておいたのだ。
昨日は前夜祭終了後にクラスの連中と軽く前祝いの飲み会をした。ちょうどその日に地元の友人達とも飲み会をする事になっていたので、俺はクラスの二次会へは行かずに地元に帰って地元の友人達と合流したのだ。まぁ、今日の本番を控えていたからクラスの連中もほとんど一次会で帰ったようだけど。
地元の連中と飲んでいるうちに明け方2時をまわってしまった。タクシーで帰れなくもなかったけど聡の家は駅から歩いて5分のところにある。どうせ朝早く駅から電車に乗って学校まで行かなくちゃいけないし、聡の家に泊めてもらえば自宅を往復する時間分寝れるだろうと思って泊めてもらったわけだ。
ところが、俺が聡の家に泊まると言ったとたん、全員一致で聡の部屋で飲み直そうという事になって、結局アラームをセットしたのは明け方4時ごろだったかな。他の連中は、今日は土曜日で休みだし、俺は8時までに学校へ行かなくちゃいけなかったから俺だけ先に寝たんだ。
みんなは俺が寝たあともきっと朝まで飲んでいたんだろう、起こすのも悪いしそっと出かけるかな。そう思って立ち上がると昭夫(あきお)が目を覚ました。
「おい、洋!」
言い忘れていたけど、俺の名前は杉本洋(すぎもとひろし)。
「お? わりぃ、起こしちゃった?」
「いや、いんだけど、お前もう行くのか?」
昭夫は寝たまま頭だけ起こして眠そうに目をこすっている。
「うん、今日が学園祭本番で俺は朝から仕事があるからさ、そろそろ行くわ」
「そうか……おい、洋!」
「なんだよ?」
昭夫は寝ぼけ眼で俺を見ながらうるさく話しかけてくる。
「あのさ、そのまま直接行くのか?」
「ああ、もう家に戻る時間ないしさぁ、聡ん家に泊めてもらったのはそのためだからな」
「そうか……おい、洋!」
明らかに昭夫はまだ酔っぱらっているようだ。
「うるせえなぁ~もう行くよ、じゃあな!」
「あのさ、シャワーも浴びずに? そのまま行くのか? 服も着替えないのか? おい、洋!」
何言ってるんだこいつ? もう酔っぱらいの相手しててもしょうがないな。
「じゃあな、みんなによろしく」
俺は強引に会話を切り上げて聡の家を出た。
住宅街を2分も歩くと大通りに出る。それを渡ると道路の向こう側は駅前の商店街になっていていきなりにぎやかになる。でも土曜日の朝7時では人通りもほとんどなく、当然、商店街の店のシャッターも全部閉まっていた。そのまま通りを歩いて行くと一件だけポツンと開いているコンビニエンスストアがある。
この時コンビニエンスストアで買物でもしていれば、あるいは俺はこの後の地獄の体験をしないで済んだかもしれなかった。この時はまだ起きたばかりで、何かを口に入れる気分ではなかったし、酒を飲んだ翌朝で猛烈な喉の乾きを潤すため、すでに自販機で買った緑茶を1本飲み干していたんだ。
人気の無い駅前通りを駅へ向かって歩いて行くと、前から見るからにヤクザ風な柄の悪い男がやって来た。白いスーツを来たパンチパーマで両手をポケットにつっこみ軽く背中をまるめがちにしてガニ股で歩いてくる。とりあえずそっちを見ないようにして素知らぬ顔をして通り抜けよう。
え? なんだ? 食い入るような視線を感じる? なんで?
俺がチラッとその男を見ると、げげ、なんでだよ? ものすごい形相で俺を睨みつけている! ガンを飛ばしてるっていうのはこういうことか? 俺は慌てて目をそらしたが、その後もわざわざ顔を俺の方に向けて痛いくらいの視線を向けているのがわかる。おいおい勘弁してくれよ、なんで俺がヤクザもんにからまれなくちゃいけないんだ? とりあえず黙って素知らぬ顔で前を向いて歩こう……。
何事もなくすれ違った。
ふーあせったなぁ、なんだったんだろ。俺は後を振返ってみた。ええ?? あいつもこっちを振返って俺の方を睨みながら歩いていくぞ! 俺はまたすぐに前を向いて足早に駅へ向かった。ヤクザ風の男が追って来る気配はない。助かったぁ。理由は全く不明だが、何かしらナンクセつけられたりしなくてよかった。
駅に着いた。
改札を抜けてホームへ出る階段を登ろうとしたら、上から小柄なお婆さんが降りて来た。俺と目があった途端、お婆さんはピタッと立ち止まり、目を丸くしたかと思うとフッと顔をそらし、そのまま階段を横へ5mも移動して、まるで露骨に俺を避けるかのようにさっさと降りて行ってしまった。なんだろ? 感じ悪いお婆さんだな。
ホームへ出ると人はほとんどいなかった。電車が来て乗り込んだが中にも客は5~6人しかいない。俺はガラガラの席にゆったりと座った。斜め前に制服姿の女子高校生が一人座っていた。セミロングでなかなか可愛い感じの細身の少女。スマホをいじっている。メールでも出し終えたのか? 彼女はスマホから目を離し「ふー」とため息をついた。顔を上げるとアイドルのような美少女だった。朝からこんな可愛い子に出会うとは、さっきのヤクザといい感じの悪いお婆さんといい変な事ばかりだったけど、そうついてないわけでもないようだ。
彼女と目があった。ヤバイ! 俺が見惚れていたのを察知されるのは恥ずかしいじゃないか。俺は慌てて目をそらそうとしたら、逆に向こうが先に素早く目をそらした。
(あれ? この素早い反応は何?)
俺が不思議に思っていると、また彼女が俺の方を見て約2秒ほど見つめ合った。今度は一瞬俺の方が先に目をそむけ、またすぐに彼女を見ると、彼女は正面を向き、うつむいてスマホで顔を隠していた。不思議に思って見ていると、あれ? だんだん彼女の顔が紅潮してきた? すぐに真っ赤になった。まさか?? まさか俺に一目惚れ?
俺は顔を引き締めて、ちょっと手グシで髪をなで、またチラッと彼女を見ると、おお? 上目遣いでこっそり俺を見ている彼女の視線と目があった。それもかすかにだけど嬉しそうに? それとも照れくさそうに微笑んでいる! すると彼女はすぐに正面を向き直りうつむいた。なんだろう? ちょっと声をかけてみようか? いやしかし朝からナンパか? でも、なんて言って切り出せばいいんだろう……。
そんな事を思って舞い上がっているうちに電車が止まりドアが開いた。すると彼女は一目散に席を立ちホームに出てそのまま駆け足で階段を降りて行ってしまった。
あららら、残念、っていうかこの反応はなんなんだ? いくら恥ずかしいからって……いや、あれは明らかに俺から逃げているとしか思えない。さっきのお婆さんとほとんど同じ感じじゃないか?
この時点で、俺は俺の身に起こっている異変に気付くべきだった。そうすれば駅のトイレにでも行ってなんとか出来たかもしれなかったのに。
大学のある駅について電車を降りた。時間は7時45分。学校までは歩いて10分、余裕で間に合う時間だ。
駅を出て駅前通りを歩いて行くと、学校へ向かう学生がちらほら俺と同じ方向に歩いていた。この時間になると駅へ向かう人もまばらにこちらへ向かって歩いてくる。その中で3人に1人ぐらいの割合で、俺を見た途端に俺を凝視する人がいた。不思議に思って俺が見つめ返すと相手は慌てて顔をそむけてすれ違っていった。俺はジーパンのジッパーを確認。大丈夫閉まっている。ジャンパーを脱いで調べてみる。何も異常はない。本当にわけがわからなかった。
学校へ行く前にパン屋へ寄った。そろそろ腹も減ってきたしカフェの準備をする前にちょっと腹ごしらえでもしておこうと思った。
店に入り調理パン3個と缶コーヒーを持ってレジへ行くと、レジのおばさんが目を丸くして俺を見た。
「ちょっと! あんたどうしたの?」
え? 何がだ? 驚いた様な不思議そうな顔をして? いきなり何を言うんだろ?
「ちょっと~その顔? わざとなの?」
え? 顔? 俺はこの時初めてなんとなくだけど? 自分の状況を理解した。それも最悪の状況を予感したんだ。
「え? あ? あの、俺の顔? 何かついてます?」
「何かって、ちょっと~悪戯でもされたのね?」
そういうとおばさんは店の奥へ行って、手鏡をもって戻って来た。考えてみたら急いでいたし聡の家を出る前に鏡すら見ていなかったことを思い出した。
「ちょっとちょっと~見てご覧なさいよ~」
俺は渡された鏡で自分の顔を見た。
ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
こんな顔で俺は駅から電車に乗ってここまで来てしまったのか?!
くっそ~昭夫のやつ、知ってて何も言わなかったんだな!!!
まゆげは2倍に太くなっていて真っ黒に濃くなっていた。おそらくタバコの吸い殻を押し付けたのだろう。右目はパンダのように丸くマジックでベタ塗りにされていた。左目には星のマークが描かれていた。その下の左の頬には縦に長い線が1本、それに交差するように短い線が10本ぐらい、傷跡に見立てた落書きが描かれていた。反対の右の頬にはでっかいオマ○コのマークが描かれていて、鼻の下にはチョビ髭が描かれ、あご全体に無数の黒い点々がそり残した髭のように……。
「やられたぁ~……」
込み上げる怒りと情けない自分と、
朝起きていたのに何も言わなかった昭夫への怒りと、
今まで出会った人の反応を思い出して恥ずかし過ぎる思いと、
あの可愛い女子高生に対して思ったとんでもない勘違いと、
……いろんな感情が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、もはや気絶寸前、目の前が真っ白になって意識が飛びそうになる。
「あははは、やだもう~ちょっと、お隣の新聞屋さんの横に水道あるからさぁ、石けん貸したげるから洗ってきなさいよ! あははははは!」
そういうとおばさんはまた店の奥へひっこんで戻って来ると、使い古した小さな石けんを渡してくれた。
石けんを借りて店の外へ出て隣の新聞配達店を見ると、確かに店の横に水道の蛇口がひとつ付いた洗い場のような場所がある。店の前で自転車をいじっていた中学生ぐらいの少年に、
「あのー、すみません、水道をちょっと借りてもいいですか?」
……と聞くと、あ、この顔。俺を凝視して怪訝そうに見つめるこの表情、今まで俺を見て来た人と同じ反応だ。ちくしょう、全てこういう事だったんだ。
「悪戯されちゃって、ちょっと顔を洗いたいんだよね。水道借りてもいいかな?」
「あ、ええ、どうぞ」
少年は変質者か危険人物でも見るかのように顔をこわばらせたまま、そう言って貸してくれた。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!!!」
俺は声に出して文句を言いながら石けんで顔を洗った。油性マジックで描かれた落書きを石けんで落とすのは一苦労だった。
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『次は~吉祥寺~! 吉祥寺です』
車内アナウンスの声で目を覚ました。電車で爆睡していても降りる駅が近づくと目が覚めるのが俺の自慢にもならない特技だった。車内は相変わらず満員で、酒臭さや汗や油の混じった金曜の夜の満員電車特有の臭いが鼻をついた。
俺は慌てて顔をこすった。そして、顔に落書きをされたのが夢だった事に気付いた。
なんだ? 昔の、学生時代の夢を見ていたらしい。今日久しぶりに昔の友人達と飲んだからかな? それにしても嫌な想い出を鮮明に覚えているモンだと感心する。当然のように、今日の飲み会でもこの話が出てみんなで大笑いした。昭夫はその度に俺にどつかれて平謝りするのが毎度のパターンと化している。
そんな懐かしい古き良き想い出?
とんでもない!
あんな強烈な恥をかかされた悔しさは絶対に忘れる事はできない! 俺は、いつか同じ事をしてあいつら全員に仕返しをしてやろうと、未だにチャンスを伺っているのだ!
だけど……、
これだけ強烈な想い出を共有している連中など、他には絶対いない事も確かだ。
今ではそれぞれ全く違う業界で、まるで交わる事の無い仕事をしていてみんなバラバラだけど、会えば、この手の強烈な想い出話に花が咲いて盛り上がる事ができる。
あの頃の俺は今のこの自分を想像していただろうか? いや、まるで違う将来を夢見てなかったか? 今の仕事が嫌いというわけではない。だけど他にもっとやりたい事がたくさんあったはずだ。
時が経つにつれていつの間にか『自分がやりたい事』をあきらめて、気付くと『自分に出来る事』だけを毎日繰り替えしている? そんな気がする。
それが大人になるという事だと無理矢理言い聞かせている気分にもなってくる。
こんな夢を見たのは、今日、当時の仲間と酒を飲んで、つかの間だけど当時の気分に戻って、あの頃の無茶ぶりを全く無茶だと思っていなかった自分を思い出していたせいなのかもしれないな。
電車を降りて駅を出て、繁華街を過ぎて人通りの無い真夜中の道を一人で歩いていく。涼しい夜風にあたっていると酔いが醒めるようだ。
ただの空元気かもしれないけれど、なんとなく? また明日から頑張ろう! なんて殊勝な気分になったりもした。
「いつか必ず仕返しはする! 俺は根に持つタイプなんだ!」END
短編小説「いつか必ず仕返しはする! 俺は根に持つタイプなんだ!」 白鷹いず @whitefalcon
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