第5話 巫女の寵愛と指揮棒

「それではソウマ様、右手をお出しください」

「手?」


 蒼真はティアナの言葉に首を傾げながらも、素直に右手を差し出した。


 その手をティアナの小さな両手がそっと包むと、突然のことに蒼真の心臓が跳ねる。自分とは大きさも肌の質感も全然違うことに、何となく緊張した。


 しかし、蒼真のそんな心中を知るよしもないティアナは真剣な表情を浮かべ、人差し指で手のひらに何かを描いている。


 魔法陣のようにも思えるそれを描かれた部分が、じわりと温かく感じる。


 少しして、指を止めたティアナが蒼真の顔を見上げて優しく微笑んだ。


「ソウマ様はこれで終わりました」

「……ああ、うん」


 解放された右手を持ち上げて、手のひらから甲にかけてしっかり丁寧に見回す。だが、特に変わっている様子はない。もちろん、手のひらにも何も描かれていなかった。


 蒼真が一体何をされたのかわからずにいると、次にティアナは弘祈に声を掛ける。


「ヒロキ様も右手をお出しください」

「わかった」


 蒼真の様子を見ていた弘祈も一言だけ答えて頷き、ティアナに向けて右手を出した。

 またもティアナの指が流れるように、弘祈の手のひらに魔法陣のようなものを描いていく。


「これは巫女みこ寵愛ちょうあいと呼ばれる魔法陣です」


 描き終わったティアナは顔を上げると、二人の顔を交互に見やった。

 懸命に描いていたのは、やはり魔法陣だったらしい。


「巫女って、もしかしてティアナのことか?」


 蒼真の問いに、ティアナが大きく頷く。


「はい。オリジンの巫女である私は、こうしてお二人に加護を与えることができます」

「へー、そうなんだ。でも加護って?」


 特に何も変わった感じはしないけど、蒼真がそう言って自身の全身をぐるりと見回すと、ティアナは小さく笑みを零した。


「ソウマ様はこちらに来る時、棒のようなものをお持ちだったと思います」

「棒? ああ、指揮棒のことか。練習室に放り込まれた時は持ってたはずだけど」

「はい、ではそれが右手に現れるように念じてみてください」

「指揮棒が現れるように……?」


 蒼真はよくわからないまま、ティアナに言われた通り、ただ黙って真面目に念じることにする。


 すると次の瞬間には、天に向けて開いていた右手の上に一本の指揮棒が現れた。


「え、何これ、何これ! 超すごいんだけど!」


 まるでマジックや魔法のようだと興奮する蒼真に、ティアナがさらに告げる。


「でも、さすがにその棒では戦えませんから、今度はそれが剣になるイメージを浮かべてみてください」

「戦うってことは魔物が出る前提なのかよ……。はいはい、剣ね」


 途端にがっくりと肩を落とした蒼真は、またも言われるがまま念じてみることにした。浮かべるイメージは、ゲームなどでよく出てくるような中世ヨーロッパの『かっこいい剣』だ。


 懸命にイメージする蒼真の手の中で、指揮棒が形を変えていく。


 そうして最終的に出来上がったのは、確かに剣だった。イメージとは違い、少し細身のような気もするが、これはこれでなかなかいい。


「おおー! 何かわかんないけどかっこいいな!」


 剣を手にした蒼真が思わず歓声を上げていると、ティアナは弘祈にも声を掛ける。


「ヒロキ様は楽器をお持ちでしたね」

「うん、ヴァイオリンのことかな」

「では、それが現れるように念じてください」

「わかった」


 弘祈はそう言って素直に頷くと、これまで持っていた取扱説明書を床に置いた。


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