第4話 オリジンの卵と取扱説明書

 ティアナの両手には、まだオリジンの卵が乗っていた。

 それを覗き込むようにして眺めていた蒼真が、どうにか気を取り直して口を開く。


「でも、このオリジンの卵って何なのさ?」

「これは、この大陸に結界を張るために必要な精霊の卵です」

「結界?」


 蒼真と弘祈が一緒になって首を傾げると、ティアナはさらに続けた。


「はい。オリジンの結界と呼ばれていて、この大陸を魔物から守るためのとても大事なものです」

「魔物なんて出るの?」


 ティアナが口にした物騒な言葉に、弘祈はあからさまに眉をひそめる。

 それもそうだろう。蒼真だってやはり嫌な気持ちになったのだ。


「これまではいなかったのですが、数年前からオリジンの結界がほころび始めたせいで現れるようになってしまったのです」

「ああ、その結界を張り直すとかそういうのか。漫画やゲームなんかでよくあるやつ」


 すぐに理解した蒼真がぽんと手を打つと、ティアナは嬉しそうに目を細めた。


「マンガやゲームというものはよくわかりませんが、さすがソウマ様です。本当はすぐに張り直せればよかったのですが、鍵となるオリジンの卵がこの神殿に発現しないと何もできないものですから」

「つまり、綻び始めてから数年経った今、やっと卵が発現したってこと?」


 次に弘祈が切り出すと、ティアナはさらに可愛らしい笑みを浮かべて、大きく頷く。


「はい、先日発現したのがこの卵です」


 嬉しそうにそう答え、オリジンの卵に視線を落とした。


「じゃあ卵を運ぶのってものすごく重要な役目じゃねーの? そんな大事なもんを俺たちに預けていいわけ?」


 蒼真が卵を指差しながら、困った表情でティアナに訊く。


 これはひょっとしなくても、大陸の命運をかけた大変な役目なのではないか、と少々不安になったのだ。


 しかし、ティアナはそんな不安を吹き飛ばすかのように、きっぱりと言い切った。


「お二人はオリジンの卵にそれぞれ、親と騎士として選ばれましたから。私は大丈夫だと信じています」

「でも、何で僕たちが選ばれたの?」


 次に弘祈が首を捻って問うと、ティアナはわずかに考える素振りをみせる。


「それは私にもわかりません。オリジンの卵が発現する際の預言よげんに従って、お二人を転移させただけですので……」


 どうやら、これも『そういう仕組み』としか言いようがないのだろう。

 ならば、こちらもそれに従うしかない。


「この大陸の安全がかかってるんだろうから、今さらやめるわけにもいかねーしなぁ。ずっとここにいても帰れないし」

「一度行くって決めた以上は、ちゃんと責任を果たさないと」


 決意を新たに、蒼真と弘祈はしっかりと顔を見合わせる。


 その様子を見て、ティアナが満面の笑みで両手を差し出してきた。その上にはやはりオリジンの卵が乗っている。


「ありがとうございます。では、オリジンの卵はヒロキ様を親と認めましたので、ヒロキ様がしっかりと運んでくださいね」

「うん、わかった」


 弘祈がオリジンの卵を素直に受け取ると、ようやく両手が空いたティアナは二人に背中を向けた。

 そのまま後ろにあった大きな祭壇のようなところまで小走りで向かうと、そこから何かを持って戻ってくる。


「あと、これをお渡ししておきます」


 二人に渡されたのは一冊の本だった。


 ややくたびれたようにも見えるそれは、ほぼ文庫本の大きさで、厚さは薄めのノートくらいといったところである。


「これは?」


 卵を持っていない方の手で本を受け取った弘祈が首を傾げ、ティアナに視線を向けた。


「オリジンの卵についての説明が書いてあります。道中、何か困ったことがありましたらそれを確認してください」


 ティアナに告げられ、二人は一緒になって本の表紙に目を落とす。


『オリジンの卵、取り扱いについて。地図つき』


 そこにはこんなことが書いてあった。


「取扱説明書かよ! しかも地図つき!」


 反射的にツッコミを入れる蒼真だが、弘祈はその表紙をじっと見つめ、それからゆっくりと口を開く。


「取扱説明書だけじゃなくて、地図もついてるのはありがたいんじゃない? 何もないよりはいいと思うけど」

「そりゃ親切だとは思うけどさぁ」

「ならいいじゃない」


 弘祈がそう言ってまとめたところで、取扱説明書についての話はあっさりと終わった。


 文字が読めることや、言葉が通じていることにもツッコミを入れたい蒼真だったが、そこは『ここは異世界だから何でもあり。そういう仕組み』と自分に言い聞かせることにする。


 きっと弘祈も口にしないだけで、同じようなことを思っているだろう。

 いや、すでにこの世界に馴染んできている様子の弘祈はもう何も考えていないような気もするが、蒼真はただただそう信じたかった。


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