午前零時前のハッピーバースデー

むらた(獅堂平)

午前零時前のハッピーバースデー

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 結衣の誕生日が終わってしまう。その前に、この作業を終わらせて、誕生日を一緒に祝いたいのだ。

 すまない気持ちでいっぱいだ。仕事が残業になり、こんなギリギリになるなんて。


 *


 今朝も結衣と喧嘩をしてしまった。

「ねえ。仕事ばかりで、もっと私のこと構ってよ!」

 彼女は縋りつき、僕を責めた。

「ごめん」

 僕はまず謝った。

「有休をとればいいでしょ」

「でも、僕は一応プロジェクトの責任者だし……。そんなことでは休めない」

 僕の言葉に結衣は激高した。

「そんなこと!? 私の誕生日はその程度なの?」

 彼女は鬼のような形相で僕を睨みつけた。

「……」

「困ったら、だんまりなのね」

 結衣は腕を組み、冷笑した。

「じゃあ、別れましょう」

「えっ」

 僕はうろたえた。別れるのは困る。もっと結衣と同じ時を過ごしたい。

「当たり前よ。会う回数も減ったし、会っても家の中で、すぐ寝ているだけじゃない」

 彼女の怒りは治まりそうにはなかった。

「いやだ。僕は別れない」

「いいえ。別れます」

 埒が明かない。僕は必死に考えた。

「こういうのはどうかな?」

 僕は提案する。

「日付が変わる前に必ず一緒に誕生日を祝うようにするから、別れないでくれないか?」

 結衣は訝しげな顔で僕を見つめた。

「今まで、何度もそういう約束をして、破られたことがあるから信頼できないんですけど」

「頼む。絶対、一緒に祝うから!」

 僕は両手を合わせ、哀願した。

「本当に?」

 彼女は猜疑心のある目で僕を見ていた。

「やっぱり信用できないな」


 *


 結衣と喧嘩をして、その処理があったため、今朝は出勤が少し遅れてしまった。

「やばい。あと二分だ」

 僕はタイピングのスピードを上げる。報告書を仕上げないことには業務を終えることができない。

「できた」

 僕は社内システムに報告書を送信し、退勤ボタンを押す。本日の仕事の任務は完了だ。

「よしっ」

 次はプライベートの任務に取りかかる。結衣の誕生日祝いだ。

 僕は会社の冷蔵庫を開け、ケーキを取り出した。パソコンデスクに運び、箱から出しておき、ろうそくを立てる。

「おっと、時刻を確認しないと」

 僕はスマートフォンを操作し、117番をプッシュした。時報だ。


『時刻は午後11時59分をお知らせします』


 

 ケーキのろうそくに火をつけると、その光のゆらめきで彼女は美しく映えた。

「誕生日おめでとう。愛しているよ」

 僕は結衣と一緒に火を吹き消した。

 


『午後零時をお知らせします』


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午前零時前のハッピーバースデー むらた(獅堂平) @murata55

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