最終話 「宇宙だ!」

 時計台の下で、彼女を待つ。

 今日は絶好のデート日和だ。

 行き交う人々を眺めながら、僕は彼女の姿を探す。

 ええと、どこにいるのかなと。

 ふと誰かに裾を引かれる。

 誰だこの忙しい時に。

 振り返るとさっきまでいなかったはずの場所に、僕の愛しき彼女が立っていた。

「うわぁ⁈」

「なんて声出してるんですか先輩。恥ずかしいです」

 慌てて周りを見ると何やらヒソヒソこちらを見て話しているのが見える。

「ほら、先輩のせいで目立っちゃったじゃないですか」

 見ると彼女は茶色いベレー帽を被り、更には眼鏡まで掛けていた。

「徹底してるな、忍江」

「だってデートの邪魔をされたくありませんから」

 もじもじしながら彼女はこちらを上目遣いで見上げる。

「それでどうですか、似合ってますか?」

「似合ってる、すっごく似合っているよ。流石忍江だ、可愛いな。茶色いベレー帽に赤いフレームのラウンド型のメガネが小動物系の雰囲気に合っていてすごく良い。ああ、もちろんその敢えてボーイッシュなジーンズのパンツにサスペンダーというスタイルも忍江の素の柔らかい可愛さを引き立てている。それから、それから……」

「な,なんか凄くナンパっぽくなっていませんか? チャラくチャラチャラしていませんか?」

「え、何を言っているんだい、忍江。可愛い彼女と待ち合わせたら、まずは百個は可愛いところを褒めるものなんだろう? ほら、デート指南書にもそう書いてある」

 そう言いながら鞄にしまわれた本日の心強い味方を取り出す。

「うわ、本当に読み込んでますね。なんですか、この付箋の量」

「ああ、安心してくれ。付箋の場所はもう覚えている。バッチリだ」

「ええと、なになに。彼女とデートを楽しみ、最後はしっぽりって先輩、何を読んでいるんですか⁈」

「どうだ、役に立ちそうだろう?」

「そりゃあナニは勃つでしょうけど、私達には早すぎますよ‼︎」

「大丈夫か、忍江。疲れたらいつでも言ってくれ。一緒に御休憩しような」

「えいっ」

 彼女は読んでいたデート指南書をそのままゴミ箱に投げ入れる。

「あーっ、何をするんだ、忍江! 僕のバイブルが‼︎」

「そりゃあナニをするのに使える、まさに性典でしょうけれども。でしょうけれども。あれは私たちにはまだ早すぎます。不健全です」

「なんでさ。今日は忍江をリードしようと張り切っていたのに!」

「そりゃあハッスルのリードは出来るでしょうが、私達はまだ高校生です。節度を持ったお付き合いをしなければなりません。とにかくほら、全部忘れてください、忘れちゃってください‼︎」

「おいおい、僕の頭をシェイクするのはやめてくれ。せっかく覚えた中身が溢れちゃうだろ」

「やっておいてなんですが、先輩よくそのザマで今まで生きてこれましたね。もはや奇跡ですよ」

「ところでなんか今日の忍江、ヤケにお堅くないか? 部室ではもっとはっちゃけていなかったか?」

「話を逸らしましたね、先輩。はあ。あれは『忍江ちゃんモード』だったからです。先輩を誘惑するための専用モードですから両想いになった今、あれはもう必要ありません」

「そうなのか? 残念だなぁ」

「なんです、先輩。私ではご不満ですか?」

「ああ、いや、そんな事はないんだ。うん、本当に本当。忍江はとっても素敵で魅力的だと思う。だけどほら、最近はずっとあっちの忍江と話していたからさ。なんだかちょっと違和感があるというか」

「じゃあ先輩は私じゃなく、金髪カツラとデートすれば良いじゃないですか。良かったですね先輩、先輩の言うことに逆らわない綺麗な金髪の女の子ですよ」

「いやカツラとデートしだしたら明らかにヤバい奴だろう、おまわりさんに職質されてしまうよ」

「先輩なんて、職質されちゃえばいいんです。ふーんだ」

「いやいや、僕は本当に今日のデートは楽しみにしていたんだ。忍江、君とのデートをだよ。だから機嫌を直してくれよ、な?」

 ツーンと膨らませた彼女の頬をぷにぷにと突きながら歩く。

 今日は駅前集合で、近場のショッピングモールに向かうのだ。

「まあ先輩がどうしてもと仰るなら、アイスで手を打ちましょう」

「うぐ、まあ仕方ないか」

「わーい、いやあトリプル一度食べてみたかったんですよね」

「トリプル⁈ 何を言っているんだ忍江⁈」

「アイスで忍江ちゃんの機嫌が取れるんですから、安いものでしょう?」

「ま、まあそうか……」

 ダラダラと汗を流しながら財布の中身を確認する。

 良かった、デート本の他に本買わなくて。

「大丈夫ですか、ススムくん?」

「ああ大丈夫って忍江、名前呼びか?」

「はい、やっぱりそっちの方がカップルぽいでしょう。ススムくんは、嫌でしたか?」

「そんなことない、そんなことないよ忍江。名前呼びサイコー、カップルサイコー」

「やめて下さいススムくん、往来でバンザイするなんて。また変な目で見られちゃうじゃありませんか」

「みんな僕たちに妬いてるのさ」

「私は少し離れて歩きますね」

「待ってくれ、忍江! ごめん、冗談だって」

 スタスタと歩いてしまう彼女を慌てて追いかける。

「まったく。ススムくんは手が空いていると変な事をはじめるんですから。ほら、手を出してください」

「手を出すって、こうか?」

 彼女の方に手を差し出すと、その細い指が僕の指と優しく絡まる。

「あのー忍江さん、もしかしてこれって恋人繋ぎってやつじゃ」

「ほ、ほら。ちゃんと歩いて下さい、ススムくん。今日はまだ始まったばかりなんですから」

 見ると彼女も若干強張って見える。

 彼女も緊張するんだな。

 そう思うとなんだかとても気が楽になった。

 彼女と繋いだ手を握り返す。

 僕もうかうかしていられない、今日という日を楽しまなくちゃ。

 

「そういえばさ、忍江?」

「なんですか、ススムくん?」

「いや、その眼鏡って、度が入っているのか?」

「入っていますよ。なんなら普段使っています」

「なら部活の時はどうしていたんだよ? 掛けていなかっただろう? 眼鏡」

「あれはコンタクトレンズをしていたんです。ほら、眼鏡だと激しい運動をする時に危ないじゃないですか」

「激しい、運動……」

「何を考えているんですか、先輩?」

「いや、激しい運動とはなんだろうなと」

 チラリと彼女の胸を見やる。

 彼女は普通の紺色のTシャツを着ているため別に露出度が高いわけではないが、その大きさは隠し切れるものではない。

「どこを見て言っているんですか」

「やっぱり揺れるのか、それ?」

「だから何を見て行っているんですか、何を!」

「ああ、いや、ごめん。激しい運動のあたりから思考が飛んでた」

「馬鹿な男子高校生ですか。いや、そういえばススムくんは男子高校生でしたね。そして馬鹿でしたね、ススムくんは」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。僕はただ思ったことが思わず口から出ちゃうだけだ」

「なお悪いじゃないですか。少なくともデート中に言って良いことじゃありませんよ。我慢して下さいよ」

「ところで激しい運動ってなんなんだ」

「体育ですよ! 普通の体育の授業ですよ‼︎」

「えっ、保健体育?」

「だから先輩の頭の中はどうなっているんですか! ただの体育だって言っているでしょう‼︎」

「いや悪い、忍江。激しい運動のあたりから思考が飛んでた」

「デジャヴ!」

「え? でじゃ、なんで?」

「デジャヴだと言ったんです。既視感があると言ったんです。繰り返していると言ったんです。あと先輩SFも読んでいるんですから、デジャヴは知っているでしょうに」

「いやあ、SFはタヌキ型ロボットしか知らないからな」

「あれの略称は違うでしょうに。私が言っているのは、サイエンスフィクションの方ですよ、ススムくん」

「ああ、僕ダメなんだよ。ああいうの読んでいると一文字目に寝てしまうんだ」

「よくそんな調子で今まで生きて来られましたね」

「なんなら本を開こうとした瞬間寝落ちする」

「本当によく今まで生きて来られましたね、ススムくん」

「鉛筆一本あれば意外といけるもんだよ」

「それは自分の頭で考えて解いているってことですよね? まさか転がしたりしていませんよね?」

「鉛筆を転がすわけないじゃないか、忍江」

「そうですよね、流石に先輩もそこまで馬鹿じゃないですよね」

「鉛筆は倒して倒れ方を占うものだろう?」

「予想の斜め上が来た⁈」

「斜め上か? ええと、斜め上の時の答えは確かπだな」

「どんな占い方をしているんですか⁈」

「え? いや、普通見ればわかるだろう?」

「分かりませんよ! 道ゆく人に聞いたら十人中十人が分からないって答えますよ!」

「あ、もちろん問題用紙によって、読み取れる答えは違うぞ。紙質によっても変わるから、注意が必要だ」

「なにがもちろんですか。知りませんよ、そして絶対役に立ちませんよ、そんな知識。大丈夫ですかススムくん、本当に入試受かったんですよね? 裏口入学とかじゃありませんよね?」

「失礼な。学年代表として挨拶もしたんだぞ」

「成績トップ⁈ いやいや、どんな確率ですか⁈ どんな上振れですか⁈」

「確率? 僕の占いは必中だから、上振れなんてないよ、忍江」

「必中⁈ それはもう預言者を名乗れるレベルですよ、ススムくん」

「それはもう、僕は鉛筆一本で今までやってきたからね」

「でもそれって、そんなふざけた手法で入試を勝ち取ったせいで私たち離れ離れになったってことですか? ねえどうなんですか?」

「まあ冗談は半分置いておいて」

「ねえ、どこまでが冗談なんですか? ねえったら」

「あまり細かい事を考えていると幸せになれないよ、入江」

「これは細かい事じゃありません。ねぇったら!」

 馬鹿な事を喋りながら、僕らは二人で歩いている。

 ああ、やっぱり楽しいな。

 ガクガクと揺さぶられながらそう思った。

 

「それで、今日の予定は決めてきたんですか、ススムくん」

「ああ、今日はショッピングモール内のいろんな店を回ろうと思っているんだ。やっぱり忍江に一番似合うのを選びたいからね」

「えへへ。嬉しいです」

「予算は、まあ気にしないでくれ。これでもバイトをしているから、まあなんとかなるはずだ」

「さっき汗をダラダラ流していましたけど、大丈夫ですかススムくん?」

「あ、あれは予想外の出費に少し焦ってしまっただけだ。気にしなくていい」

「本当ですか? ススムくん、無理をしているんじゃありませんか?」

「大丈夫、今月のバイト代にはまだほとんど手を付けていない。さっき見せたバイブルだけだ」

「むしろあれは買っちゃったんですね」

「まあともかく、大丈夫だからその辺は気にしないでくれ」

「ふふ、まあ分かりました。私はススムくんのことをなんでもお見通しな忍江ちゃんなので、そういうことにしておきましょう」

「そうしてくれると助かるよ」

「それではまずどこに行くんですか?」

「ああ、やっぱり最初はあのペンダントを買った店に」

「あら? あのお店もう無いみたいですよ」

「なんだって⁈」

「ああいう店の移り変わりは激しいですからね……」

「しまったな。リサーチが足りていなかったか」

「それはあのデート本に書いていなかったんですか?」

「いや、最初は思い出の場所にしようと思って、すっかり決めちゃっていたからな」

「そういう思い込んだら視野が狭くなる所、直した方が良いですよススムくん」

「本当にその通りだよな、はあ」

「なにため息ついちゃっているんですか。私とのデート中ですよ、ススムくん」

「ごめん、忍江」

「ほら謝らないでください。それに、ススムくんのそういう思い込んだら一直線なところ、私は好きですよ」

「忍江……」

「ほら、なにウルウルしちゃってるんですか。先輩は少し前までカビちゃってたんですから、そう湿っぽいと今度はキノコが生えてきちゃいますよ」

「そうだよな、ジメジメしていると良くないよな、忍江」

「そうです、私の隣を歩いているんですから、しゃんとしてくださいよ、ススムくん」

「もう大丈夫だ。ありがとう忍江。やっぱり忍江は頼りになるなあ」

「当然です。一人じゃ情けないススムくんには、しっかり者の忍江ちゃんが必要なんですからね」

「一家に一台欲しいくらいだ」

「もう、私はススムくんのところ以外に行くつもりはありませんからね」

「当たり前だ。そんなの僕が耐えられない」

「浮気者のくせに」

「ぐはっ」

「まあまあ、でもでも、ススムくんも最後はこうして私のところまで帰って来てくれたんですから、忍江ちゃんは全部許してあげましょう。忍江ちゃんは理解のある後輩ちゃんなので」

「忍江……」

「次はないですからね、ススムくん」

 結んだ手のひらに爪が食い込む。

 にっこりと笑うその笑顔もなんだかとても怖く感じる。

 気が付くとダラダラと滝のような汗が僕の背中に流れていた。

「ね、ススムくん?」

「も、もちろんだよ忍江。僕はこれでも、誠実のススムくんで通っているんだ。だからそんな不誠実な事はしないよ」

「なんですか、その呼び名は。それにススムくんは、誠実じゃなくて性欲のススムくんなんじゃないですか? 一直線なんじゃないですか?」

「そんなことないぞ、忍江」

「でもさっきまで読んでいたデート本とか」

「あ、あれはそもそも本屋で一番売れていたから買ってきたんだ。他意は無い」

「どうですかね? それとススムくん、その理屈だと世界で最も売れている本は、とか言い出しそうですよね」

「いやいや、あれもなんだかんだで面白いんだ。流石というべきか、なかなかどうして興味深い。そうだ、そうして今度読んでみるといい」

「布教活動じゃないですか。まさに正しく布教活動じゃないですか。といいますか、先輩レベルの読書狂いとなると、ああいうのにも手を出し始めるんですね」

「なんなら最近は科学系の新書なんかも読んでいるぞ」

「それなのになんでSFを読めないんですか」

「確かになんでだろう。体質、かな?」

「なんですかそのニッチで限定的な体質は」

「不思議なことに、脳が理解を拒むんだ。こう意識が途切れる直前、ギョロリと暗い中大きな瞳が浮かんでいるのが見えて」

「もはやコズミックホラーの世界に入っているじゃないですか。先輩、本当に今までよく生きて来られましたね」

「まあ僕には神様が付いているからな」

「神様?」

「ほら言っただろう? 鉛筆を倒して占っているって。あれは原理的には紙と鉛筆を使って神様の言葉を表現しているんだ」

「いや怖い怖い怖いです!」

「なんでだ? 結構便利なんだぞ?」

「今まで一度も出てこなかった鉛筆を倒して占うとかいう設定に、どうして神様が絡んで来るんですか? しかもどちらかというとコズミックホラーよりの神様みたいですし」

「おかげで僕、おみくじで凶しか出したことないんだよな」

「それはそうでしょうね。もう他の神様が憑いているんですもんね」

「というか、大吉? とかいう都市伝説本当にあるのか? なんかフィクションの中だとやたらみるけど、僕のまわりで見たことない」

「伝染してる⁈」

「伝染? 何が?」

「いや、それ絶対先輩に憑いている神様パワーが周囲に影響を及ぼしてますよ。悪影響を及ぼしてますよ。その神様本当に大丈夫なんですか?」

「時折くすくすと笑いかけてくるくらいで特に何もしてこないよ」

「鈍感!」

「え? どこがだ?」

「いやいや、いくらなんでも鈍いでしょう、ススムくん。にぶちんでしょう、ススムくん。それは絶対何かをされているやつです」

「ははは、心配性だなあ忍江は。大丈夫、この前だって本棚が倒れてきた時たまたま挟まり方が良くて腕の骨が折れるだけで済んだんだ。助けてくれているんだよ、神様は僕のことを」

「いやいやいや、普通の人間は本棚に倒れ込まれて腕の骨を折ったりしないんですよ」

「そうなのか? ウチでは週に一回くらいは本棚が倒れてくるよ」

「それはなんかもうポルターガイストとかを疑った方が良いんじゃないでしょうか? 除霊とかお願いした方が良いんじゃないでしょうか?」

「除霊といえば、家の隅の部屋にお札がびっしり貼られて開かない扉があるんだ。あれは一体なんなんだろうな?」

「絶対それじゃないですか。というかススムくんの家にはそこそこお邪魔したはずなのに、私はそれ知りませんよ」

「ああ、それもそうだろ。だってあれは、壁紙が劣化してたまたま見つかった部屋だからな」

「役満じゃないですか。九蓮宝燈レベルですよそれは」

「なんだ、えらく縁起が良いな」

「縁起が悪いって言っているんですよ。縁起が悪いから早く祓ってもらえって言っているんですよ」

「いやでもこの前呼んだお坊さん泡吹いて倒れちゃったからなあ」

「もう手遅れじゃないですか」

「まあ特に生活に支障がないから気にしないことにしているんだ」

「鈍感!」

「何がだ?」

「いやいや、先輩絶対生活に支障をきたしていますよ。そしてそれに気付いていないだけですよ。ねえ、今からでも予定を変えて開運グッズを探しに行きませんか? 除霊グッズを買いに行きませんか?」

「いや、でも今日は忍江のペンダントを買いに来たんだ。僕のことは気にしないでくれ」

「嬉しいです、嬉しいですけれども。やっぱり気になりますよ! 先輩の明日が心配で仕方がありませんよ‼︎」

「そんなに心配してくれるなんて、僕は幸せ者だなあ」

「いやいや、縁起が悪いからどうにかしましょうって話をしているんですよ。はあ、まったく、ススムくんは呑気なんですから。今日はともかく、今度一緒に悪霊に効くグッズを買いに行きますよ」

「また忍江とデート出来るのか。楽しみだ」

「もう、わかっていないんですから」

「なんでも教える忍江ちゃんと違って、僕はなんにも知らないからな」

「私だって、知っているのはススムくんのことだけです」

 はははと二人で笑いながら手を繋いで歩いている。

 それはとても幸せなことだった。

 

「あ、そうだ先輩。眼鏡を見ていきませんか?」

「眼鏡? どうしてさ。今掛けているのも十分似合っているよ」

「もうススムくんは、そういうところが鈍いんです。ススムくんに選んで欲しいと、忍江ちゃんはそう言っているのです」

「そうか、それなら頑張って選ばないとな。こう見えて、僕は眼鏡に一家言あるんだ」

「へえ、ススムくん眼鏡が好きなんですか?」

「好きなんてものじゃない。愛している。もし恋人がいない状態で眼鏡が可愛い女子に告白されていたら、僕は迷わずオーケーしていたかもしれない」

「ススムくんの浮気者。というかそれって、最初から私が普段の姿で告白していたら受け入れたって言っています?」

「いや、あの時はいずれにせよ僕はどんな告白も受け入れるつもりは無かった。それにあの状態の僕にさえ、忍江はとても魅力的に見えていた。可愛かった。素敵だった。だから結果は変わらなかったよ、忍江」

「ふ、ふーん。そうですか、そうなんですか」

 少し視線を逸らした彼女の頬が少し赤い。

「だから今の僕があるのは、忍江が諦めずに来てくれたおかげだよ。本当にありがとう、忍江」

 彼女の頭にそっと手を乗せる。

「まったくもう、まったくもう。ススムくんはそういうところがずるいです」

「ずるくなんてないさ。僕は真っ直ぐ、真向勝負しか出来ないからね」

「ススムくんはにぶちんですから、普通の人が恥ずかしがるようなことを平気で言えるんです。他の人が恥ずかしくてできないようなことを平気でしちゃうんです。そういうところが、とってもとってもずるいんです」

「そうかな?」

「そして、そういうススムくんが、私はとっても好きなんです」

「……」

 なんだろう。

 顔がとても熱い。

「どうしました、ススムくん?」

 答えが返って来ないのを心配したのか、上目遣いで彼女はこちらを見上げる。

 ますます顔が熱くなる。

「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか、ススムくん? どうしました、ススムくん?」

 名前を呼び心配する彼女の顔が近付き、心臓がバクバクと早鐘を打つ。

「本当に大丈夫ですか、ススムくん、ススムくん!」

「大丈夫、大丈夫だから少し離れてくれ」

「でもススムくん、凄く具合が悪そうですよ」

「大丈夫、少し忍江に見惚れてただけだから」

 今度は彼女の顔から湯気が出る。

 アワアワと手を振り慌てる彼女を見て、ホッコリとした気分になる。

「す、ススムくんはやっぱりずるいです」

「忍江はとっても可愛いよ」

「だから、そういう、ところです!」

 はははと言いながらポカポカ叩きつけられる彼女の拳を受け止める。

 戯れているだけなのでちっとも痛くない。

「まったくもう、まったくもう!」

「ほらほら、周りの人が見てるよ」

 気付けば僕らは微笑ましいものを見るような視線に囲まれていた。

 慌てて胸に飛び込んできた彼女をギュッと抱きしめる。

 プルプルと羞恥に震える彼女の背中をそっと優しく撫でてやる。

「まったく、まったく、まったく……」

「移動しよう、忍江。ここにいたら、僕ら邪魔になってしまう」

「そ、それもそうですねススムくん」

「ほらアイス、アイスを食べに行こう。食べるんだろう? トリプル」

「食べます、ススムくんの奢りアイス」

「ああそうだ、奢るとも」

「アイス、アイス!」

 

 上機嫌で彼女は歩き出す。

 確かにこんなにも嬉しそうな彼女を見られるならば、アイスなんて安いもんだ。

 僕はそう思った。

「忍江は昔からアイスが好きだったよな」

「え? そうでしたっけ?」

「そうでしたっけも何も、僕の家に来たらいつも食べていただろう? ポッキンアイス」

「あ、あれはそういうことじゃなくて、ススムくんと二人で一緒に食べられるのが嬉しかったから……」

「……」

 顔を手で押さえて上を見る。

 なんだよもう、なんなんだよもう!

「それを言ったら、前も言いましたけどススムくんだって一人でポッキンアイス食べていたじゃないですか」

「あれはなんていうか、なんでかわからないけど時折無性にポッキンアイスが食べたくなるんだよ。実際食べてみたら、なんか違うなって思うんだけどな」

「ねえ、それって」

「あれってもしかしたら、忍江と一緒にアイスを食べていた時のことを思い出していたのかもな」

「……」

「どうした、忍江? 顔が赤いぞ」

「ススムくんは、ススムくんのそういうところが……」

「なんだよ」

「いえ、やっぱり教えません。忍江ちゃんは、教えてあげません」

「気になるじゃないか」

「悶々と考えていれば良いんです。それがススムくんにはお似合いです」

「本当になんなんだ……」

「にぶちんですね、先輩は。そんなんだから、私以外にポッキンアイスを一緒に食べる友達もできないんです」

「一緒に食べてくれるのか?」

「当然です、忍江ちゃんは優しいので」

「そうか、そうか……」

 不意に目頭が熱くなる。

「ちょ、ちょっとススムくん、どうしたんですか?」

「いや、なんかとても嬉しくてな」

「いやいや、ススムくんそんなことで泣かないでくださいよ。たかだかアイスですよ、たかだかポッキンアイスですよ」

「そうだな、そうだよな……」

「本当に先輩は情けないですね、涙もろいですね。そんなのでどうやって授業中に本を読んでいるんですか」

「授業中は科学系の新書を読んでる」

「そこまでするならもう素直に授業を受けたら良いじゃないですか……」

「でもって科学者達の苦労を偲んで泣く」

「結局泣いているじゃないですか。先生はさぞかし困惑しているでしょうね、なんせ授業をしていたら急に泣き出すんですから」

「授業中すっかり指されなくなった」

「もう諦めているじゃないですか、諦められているじゃないですか!」

「おかげでじっくり本が読める」

「本当にそういうところですよ、ススムくん。忍江ちゃん、本当にススムくんの将来が心配です」

「まあなんとかなるだろう。僕には神様もついているし」

「それが目下、一番の懸案事項なんですけどね」

 

 そんな調子でダラダラと歩き、目的のアイスチェーン店に着く。

「それで、何にするんだ、忍江?」

「ええと、そうですね、バニラにストロベリー、加えてチョコレートでしょうか。先輩は何にするんですか?」

「僕か? 僕はいいよ。見ているだけで十分だ」

「何寝ぼけたこと言っているんですか。それじゃアイスを交換できないじゃないですか。食べられるアイスの種類が減ってしまうじゃないですか」

「交換? 交換するのか?」

「そうです。デートの定番でしょう? 二人で違う種類のものを買って、お互いにシェアし合うんです。ススムくんは不勉強ですね」

「くっ、確かに読んだような気がするが抜け落ちている……」

「時々本当にススムくんのことが心配になりますよ、忍江ちゃんは」

「まあせっかくだ、僕も頼むことにするよ。何が良い?」

「何がって、ススムくんの分ですよね?」

「せっかくなら、忍江も好きなのを食べたいだろう?」

「良いんですよ、そんなに気を遣わなくて」

「いやいや、忍江の好きなものを頼んでくれよ。その方が僕も嬉しい」

「私はススムくんの好きなものが食べたいです……」

「よし、頼もう。すみません、注文お願いします!」

 

 そうして僕らは注文したアイスを受け取り、近くのベンチに腰掛けた。

「いやしかし、なかなか不思議な注文の仕方をしますねえ」

「そうか?」

 クッキー入りアイスとチョコミント、加えてソーダ味のアイスを崩す。

「ススムくんらしいといえばらしい気がしますが」

「美味いぞ?」

「そうかもしれませんけどね」

 彼女はアイスをプラスチックスプーンで掬い取り、パクリと口に運ぶ。

 目を細め味わっているのがとても可愛らしい。

「ほらほらススムくん、なにぼーっとしているんですか? 早く食べないと溶けちゃいますよ」

「ああ、それもそうだな」

 アイスの山をスプーンで削り取り、ふと思いつく。

「忍江」

「なんですか、ススムくん」

「ほら、あーんだ」

 アイスを掬ったスプーンを忍江の方に向ける。

 すると彼女はなんの躊躇もなくバクリとそれを口に咥えた。

「ふむふむ、確かに悪くないですね。なんですか、そんな目でこちらを見て」

 パクパクと口を開けるこちらへ彼女は呆れた目線を向ける。

「なんですか、ススムくん。さては期待しちゃってたんですか? 恥ずかしがる忍江ちゃんを期待しちゃってたんですか? おあいにく様です。忍江ちゃんはとっくにそういう段階は卒業してしまったのです」

「……」

 なおも放心している僕の様子に彼女は溜息をついた後、アイスを掬い取り僕の開いた口に放り込む。

「えいっ」

「むぐっ」

 口に広がる甘酸っぱい感覚に、僕はアイスを食べているのに熱くなる。

「まったく、こんなので照れるなんて、ススムくんもまだまだお子様ですね」

 言いながら彼女は僕の口から抜きとったスプーンを見た後、僕の顔をじっと眺める。

「どうした? 何かついているか?」

「そうですね。目と鼻と口がついています」

 彼女はスプーンをアイスに差し込むと、意を決したように自らの口に突っ込んだ。

「どうした、忍江? 顔が赤いぞ」

「す、少しアイスが冷たいだけです」

「アイスは冷たいものだろう」

「そういうことじゃありません!」

 こちらを睨む彼女の鼻には、ちょこんと白いアイスが付いてしまっている。

「忍江、ちょっとじっとしていろ」

「え、ちょっとススムくん、こんなところでですか? 私まだ心の準備が」

 はわわとますます赤くする彼女の顔に近付き、そっと指で鼻の頭を拭ってやる。

「ほら、もういいぞ、忍江」

「はえ、い、今のは一体……」

 困惑する彼女を尻目に、バニラアイスを拭い取った指を舐めとる。

「ななな、何をしているんですかススムくん⁈」

「何って、忍江の鼻にアイスが付いていたから」

「違います違います違います! どうしてそれを指で拭って、舐め取ったのか聞いているんです‼︎」

「そんなに変だったか?」

「べ、べ、べ、別に変ではありませんが……」

「それなら良いじゃないか」

「良くありません! 私にも心の準備ってものがあるんです‼︎」

「そういうものなのか」

「そういうものなんです!」

 力強く断言するので、きっと正しいのだろう。

 彼女はいつも正しいのだ。

 うんと頷き微笑みかける。

「覚えておくよ、忍江。ありがとうな」

「べ、別にススムくんにだったらいつでも……。いや、やっぱりなんでもありません! 気を付けてください‼︎」

 それから彼女はブツブツと何かを呟きながらアイスにかかり切りになってしまった。

 少し寂しく思いながら、僕も目の前のアイスにとりかかる。

 濃厚なクッキー入りアイスを食べた後、爽やかなミントで味をリセットする。

 不思議としっくりくる味だ。

 そしてソーダ味のアイスを食べていると、どこか懐かしさを覚える。

 二人で割って食べたポッキンアイスが、確かソーダ味だった。

 チラリと横に目をやると、スプーンを手に持ち何やらうんうん悩みながら彼女はアイスを口に運んでいる。

 それを見ているだけで、なんだかとても幸せな気持ちになる。

 パクリと口に運んだアイスは、長く求めていた思い出の味がした。

 

 それからも僕らはショッピングモールを回った。

 一緒に眼鏡を選んでみたり、書店でおすすめの本の話をしたり。

 寄り道しながら色々な店を見て行った。

 けれども彼女のお気に召すペンダントは遂に見つからなかった。

「すみません、ススムくん。せっかく付き合ってくれたのに」

 ガックリと肩を落とし、彼女はトボトボ歩く。

「仕方ないさ。あれから三年も経っているんだ、中々見つからないだろう。ほら、また来週一緒に来よう」

「いえ、流石に申し訳ないです。だからもう良いです、諦めます」

 彼女は握った手に力を込める。

 きっと我慢しているのだろう。

 彼女の気持ちが痛いほど伝わる。

 泣き出しそうな顔のまま、彼女を送り出したくない。

 だから僕は、口を開いた。

 

「なあ、忍江」

「なんですか、ススムくん?」

「実はな、僕は今日忍江に一つプレゼントを用意しているんだ」

 カバンからラッピングした小さな紙袋を取り出す。

「ただ、ちょっと、うーん、そうだな」

「どうしたんですか?」

「忍江にこれを喜んでもらえるかわからなくて、渡すかどうか迷っていてな」

「なんですか、先輩。どんなものを買ったんですか」

「いや、なんて言ったものか」

 僕はそれを取り出したものの、なかなか渡す決心がつかない。

「焦ったいですね、先輩。何が入っているんですか?」

「あっ、ちょっと待って」

 マゴマゴしているうちに彼女に紙袋を奪い取られる。

 スルリとリボンを取り、ガサゴソと中身も見ずに彼女は袋に手を入れた。

「まったく、忍江ちゃんはススムくんのことをよく分かっていますから、どうせエッチなものでも買ったんでしょう。それくらいのことじゃ、私はススムくんの事を嫌いになりませ……」

 ジャラリ、というチェーンの音がする。

 彼女の袋の中を探る手がピタリと止まり、思わずと言った様子でコチラを見る。

「ススムくん、これって?」

「期待に添えるかはわからないけどね」

 この期に及んで躊躇っても仕方がないので、彼女に中を見るよう促す。

 彼女はガバリと袋の口を開き、中に入ったそれを掴み出した。

「これ、は……」

 彼女が取り出し広げて見せたそれは、一つのペンダントだった。

 銀色のチェーンの先に、小さなマスコットが付いている。

 よくよく見ると、それは不恰好な星に乗る歪んだ黒猫だった。

「本当はさ、もっと出来の良い奴を用意するつもりだったんだ。忍江が前持っていたやつよりも、可愛いやつをさ。けど、僕ってほら不器用だろう? 思うようにいかないのなんのって。結局何度も何度も挑戦してみたんだけど上手くできなくて、何とか形の一番マシなそれを持って来たんだ。ちゃんとしたのを買った後で、こんなのしか作れなかったって笑ってもらうためにさ。やっぱり、嫌だよな。いらないよな。返してくれ忍江、それは僕が持ち帰って」

「いえ、嬉しいです、ススムくん! ありがとうございます‼︎」

「本当か、忍江? 無理して言っていないか? 要らないなら要らないって、言ってくれて良いんだぞ。僕だってこれを、傑作だとは思っていない」

「いいえ、返しません。絶対に、返しません‼︎」

 彼女はそれを庇うようにギュッと握って隠す。

「本当か? 本当の本当にか? 別に僕に気を遣わなくていいんだぞ。僕が一番わかっているんだから」

「しつこいです、ススムくん。返しません、と言ったんです。何にもわかっていませんね、ススムくん。ススムくんから貰ったものは、もう何があっても手放しません‼︎」

 キッパリと言い切られてしまい、僕の右手も行先を無くす。

「ススムくんは本当に何もわかっていません。なんにもなんにもわかっていません。ダメダメです。そんなんだからダメなんです」

「ごめんな、忍江」

「私は謝って欲しいんじゃありません!」

 ポロポロと彼女は涙を流す。

 けれども何をして良いかわからず、僕はオロオロしてしまった。

「私は嬉しいんです、ススムくん」

 ポツリポツリと語り出す。

「嬉しかったんですよ、ススムくん」

「……ああ」

「ですから、ここで掛けるべき言葉は謝罪の言葉じゃありません」

「それじゃあ、なんて言えば良いんだ?」

 思わず問いかけてしまった。

 彼女はやれやれと首を振り、チェーンの金具を外してコチラに手渡す。

「私の首に掛けてください、ススムくん」

 彼女は髪をあげ白い首が顕になる。

 言われるがまま、僕は正面から抱き合うように手を回し彼女の首にチェーンを掛ける。

「もう、普通は後ろに回り込むんですよ」

 彼女の吐息がくすぐったい。

 心臓が早鐘を打っている。

 焦って金具をつけようとして、全然上手くいかない。

「ゆっくりで良いんですよ、ススムくん」

 腰に手を回され彼女と体が密着する。

 落ち着け落ち着け落ち着け。

 不器用な指先に集中する。

 カチャリ、という音と共に金具の嵌った音がした。

 やった。

 ふっと息を吐いた次の瞬間、僕の口は塞がれる。

 声にならない声が漏れる。

 長いまつ毛が、整った鼻が、柔らかい唇が。

 僕を真っ白に染めていく。

 そうしてどれだけ時間が経っただろうか。

 暖かく優しい感覚が離れていく。

 ぼうっと僕は彼女を見つめる。

 息が上がっているのか、ほのかに頬が上気している。

 

「ほら、ススムくん。大ヒントです。どうです、似合っていますか?」

 良く見えるよう彼女は手を広げてみせる。

 彼女の胸元に広がる紺色の夜空で、確かに星が輝いていた。

「似合ってる、とっても、とっても似合っているよ、忍江」

「大正解です、ススムくん。花丸をあげちゃいます」

 そう言って彼女はこちらに再び駆け寄ると、背伸びして僕の頬に唇を当てた。

「忍江ちゃんはとっても執念深いんです。執着しちゃうんです。よく知っているでしょう、ススムくん」

 呆然としている僕に向かって、彼女は悪戯っぽく笑いかける。

「ねえススムくん?」

 もじもじと目を伏せ、彼女はこちらを伺う。

「なんだ、忍江?」

 やっと正気を取り戻し優しく笑いかけると、意を決したように彼女はこちらに視線を定める。

「ススムくんは、私のことどれくらい好きですか?」

 その大きな瞳を揺らし、彼女はこちらを見つめる。

 この問に対し、僕は既に答えを用意していた。

 

「宇宙だ!」

 

 星空を指差し、そう叫ぶ。

「宇宙?」

「宇宙全体、遍く銀河の星々を全部使っても表し切れないくらい、僕は忍江のことが大好きだ‼︎」

 胸いっぱいに広がる溢れる思いに対して、この宇宙は狭すぎる。

 これが僕の、今の気持ちだ。

「ふふふ、なんですかそれ?」

 お腹を抱えて笑う彼女に、僕は思わず不安になる。

「ダメ、だったか?」

 涙を拭いながらも、彼女はまだ笑っていた。

「ダメじゃありませんよ。嬉しいです。けれども宇宙だなんて、まるで私が重い女みたいじゃないですか」

「ああ、重いよ忍江は」

「そういうデリカシーのないこと言います? この雰囲気で」

 プリプリと可愛く怒る彼女に、僕は笑いかける。

「そういう意味じゃない。大事に抱えていたいんだよ、忍江を」

「どうせ私は重い女ですよ」

「そう言わないでくれよ」

「じゃあおんぶ」

「おんぶ?」

「私をおんぶして、私が重くないことを証明してください。ちゃんと私を離さないって証明してください」

 そう言って彼女は手を広げてみせる。

「いいよ、ほら」

 僕は彼女に背を向け、しゃがみ込む。

 背中にそっと覆い被さる感覚。

 その柔らかく暖かな重みを背負い、僕は立ち上がった。

「それにしても、どうして抱っこじゃなくておんぶなんだ?」

「抱っこはススムくんの顔が近くて、私が耐えられません」

「……」

 確かに、抱っこじゃなくてよかったかも知れない。

 だって今、顔がとても熱い。

「そ、それに。私はススムくんのことを考えてあげたんです。もしススムくんが失敗しちゃったら、格好が付かないでしょう? 私は気遣いのできる後輩なので。理解のある忍江ちゃんなので」

「そっか。ありがとう、忍江」

「いえいえ、それには及びません。こうして一緒にいられるのが、私はとっても嬉しいんです」

「僕もだよ、忍江。この重さが、僕にはとっても心地良い」

「あ、ススムくん今私のこと重いって言いましたね。やっぱり重いって、そう思ってたんですね!」

「いや、今のはそういう意味じゃない、痛っ、叩かないでくれよ忍江!」

「うるさいうるさいうるさい! 忍江ちゃんは傷付きました、とってもとっても傷付きました! この埋め合わせは絶対、絶対にしてもらうんですからね‼︎」

「痛い痛い痛い、わかった、わかったから」

「わかってません、ススムくんは全然わかっていないんです!」

 

 ガクガク彼女に揺さぶられ、足元に伸びる二人分の影が揺れる。

 ああ、なんでこう絞まらないんだろうな。

 ギャアギャア二人で騒ぎながら、僕らは道を進んで行く。

 きっと僕らはまたぶつかって、それでまた一緒になる。

 だから彼女とはこんな関係で良い。

 こんな関係がずっと続けば良い。

 また会って、一緒に笑って、喧嘩をして、それでまた一緒に歩くのだ。

 ずっとずっと続けば良い。

 それはきっと、最高の明日だから。

 僕ら二人の『物語』は続く。

 いつまでも一緒に続けていたい。

 空で瞬く星々に、彼女の胸元で輝く歪な星に、僕はそう願うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忍江ちゃんは教えてくれない 米鐘数奇 @suki_komegane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ