幕間二 約束
「むっくん! むっくん‼︎」
また夢を見た。
懐かしい夢だ。
目に映るのは、少女に成長した女の子の姿。
黒髪の少女は首に下げている、大きな星に載った黒猫モチーフのペンダントを握りしめ、涙で瞳を濡らしている。
むっくんと呼ばれた男の子、いや少年は少女を優しく抱き留めた。
「やだよむっくん、どうして行っちゃうの?」
僕は遠くの中学に進学するため、引っ越すことが決まっていた。
そして今は、別れの時だ。
「ごめんねくーちゃん、でも僕は行きたいんだ」
「何で、私はずっと一緒にいたいよ!」
赤く泣き腫らした瞼、枯れた声で少女は縋り付く。
それがとても痛々しくて、僕は思わず目を逸らしてしまいそうになる。
「もっと続きを聞かせてよ。二人で作ろうって、そう言ったじゃない‼︎」
あれから、王子様に恋をした黒猫の物語は、ずっとずっと続いていた。
小学生の作ったお話だ。
ストーリーラインはメチャクチャで、突然恐竜が現れたり黒猫が人魚になったり、ぐちゃぐちゃの落書きの様だった。
でもそれで良かった。
それが二人の絆だった。
いつしかスケッチブックに収まらなくなり、二冊目、三冊目。
舞台は自由帳に移り、ノートに、原稿用紙に移っていった。
積み重なった物語は、僕らの積み上げた年月だった。
頑張り屋の黒猫の物語は、今でもまだ続いている。
少年がずっと、完結を引き延ばしてしまったからだ。
「そうだね、『頑張り屋さんの黒猫は』」
「イヤ、聞きたくない‼︎」
それは少女も同じだったらしい。
少女は耳を塞いだ。
イヤイヤと首を振る。
少女がそうしていると金具が緩んでいたのか、するりとペンダントが飛んでゆく。
「あっ」
カシャンという音が響く。
慌てて少女は落としたペンダントを拾った。
「どうしよう、どうしよう、大丈夫かな、壊れてないかな?」
ワタワタと慌てる少女を見て、ただただ愛おしいという気持ちが湧き起こる。
「大丈夫だよ、くーちゃん。壊れてないよ」
そっとその頭に触れ、優しく動かす。
「でも、だって、だって」
それでもポタポタと大粒の雫が流れる少女を、抱き締め胸元に押し当てる。
「大丈夫、大丈夫。それに壊れたらまた買ってあげる」
それは少年が少女にプレゼントしたものだった。
別れる前に、選別にと彼女が欲しがっていたそれを贈った。
どうか忘れないでほしい、そんな気持ちは我儘だろうか?
「でも、でも……」
少年は少女の背中をそっと撫でる。
柔らかい彼女の身体から、トクトクと鼓動を刻む音が伝わった。
きっと少女にも伝わっていたのだろう、二人の鼓動が溶け合い、一つになる。
「どう、落ち着いた?」
「むっくん……」
見上げる彼女は、腫れぼったい目で溢れそうな涙を堪えていた。
「ねえ聞いて、くーちゃん」
「なあに、むっくん」
少女を我慢させていることに罪悪感を覚えながら、少年は続ける。
「僕はきっと帰ってくるよ。だから二人で、物語を完成させよう」
それは無責任な空手形だった。
けれども、少年にはそれしか無かった。
「本当? 本当に帰ってくる?」
「ああ、僕は必ず帰ってくるよ。約束する」
「約束、約束ね‼︎ 指切りしなくちゃ」
「そうだね、指切りしよう」
「「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーますっ、ゆーびきった」」
絡んでいた指を解き、二人は別れた。
約束はまだ、果たされていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます