幕間一 おほしさま

 夢を見ていた。

 はるか過去、もう忘れてしまっていた記憶だ。

「むっくん、むっくん、つづきは」

「そんなにあわてないでよ、くーちゃん。ちょっと、ひっぱらないでいたいいたい」

 二人は一緒に大きな本を、いやスケッチブックを持っているのだろうか。

 その白い紙には、クレヨンで黒い猫が描かれていた。

「ねえ、このこはどうなったの?」

「うーん、そうだねえ、そうだ。あるひ、ねこさんは、とおりがかったおうじさまに、こいをしました」

「こい? おさかなさん?」

「ちがうよ。くーちゃん、こいっていうのはねえ、ええっと、そう、ううんとううんとすきになるってことだよ」

 男の子の一生懸命で拙い説明に、女の子はその大きな目をまん丸にして瞬かせた後、パッと笑顔を浮かべた。

「じゃあ、くーちゃんはむっくんにこいをしているんだ‼︎」

 今度は男の子が目を白黒させている。

「だってだって、あたしはむっくんのこと、とおってもとおっっても、すきなんだもん」

 輝くようなその笑顔が眩しくて、照れ臭くて、男の子は目を伏せる。

「むっくんは、むっくんも、あたしのこと、すき?」

 クリクリとした瞳が上目遣いにこちらを見つめる。

 頬がとても熱くなった。

「ぼ、ぼくも、すきだよ」

「どれくらい? どれくらい、すき?」

「ええと、ええと」

 いったいなんて答えようか。無い語彙を掻き集めて必死に考えていた。

「おほしさま」

「おほしさま?」

「おそらの、おほしさまにとどくくらい、すき‼︎」

 これで伝わっただろうか、不安そうに様子を伺う。

「おほしさま……、おほしさま‼︎ えへへ……」

 あの時見た笑顔のことを、どうして僕は忘れてしまったのだろうか。

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