電脳ペンギンは青図に可愛いを描く

長月瓦礫

電脳ペンギンは青図に可愛いを描く

ヘルメットをかぶると、意識が底へ沈んでいくのが分かる。

氷山が浮かぶ冷たい海の底へ潜っていく。

かすかに響くモーター音と共に、世界が彩られ、形作られていく。


モモは南極大陸の底に降り立った。

彼女の目の前には様々な羽を持つ鳥たちがいる。

まさに虹色、目がちかちかしてくる。


この鳥たちはあくまでもアバターだ。

鳥の向こう側には操作している人間がいる。

それも世界中、何十億人がログインしている。


人類は次なる発展のために、南極大陸の地下に電脳世界を作った。

南極大陸は不可侵条約で守られている。誰の物にもならない。

国境のない電脳空間を作るにはうってつけの場所だった。


南極大陸を舞台にしたアンダーグラウンド、ユーザーからは南グラと呼ばれている。

無限の広がりを見せる電脳空間に世界中の人々が登録し、ユーザー数は人口の半数以上を占めている。


「モモ! こっちこっち!」


エントランスのゲートの下でオウムやフラミンゴなど、待ち合わせしている鳥が大勢いる。カワセミになったシロが両手を振っている。

南グラの入り口でここから様々な場所へ通じている。


「で、様子はどう?」


「特に問題はないんだけど」


「けど?」


「あーもう、マジ可愛い。なにこれ最高すぎんか? 生きててよかった~」


土下座しようとするシロにキックする。

無駄に豊富な感情表現、これも南グラの魅力だ。

ユーモラスな鳥たちの動きが話題を呼んだ。


こんな大勢の人がいる前で変なことをしないでほしい。


「アタシ、この仕事が終わったら一生ログインしないと思うんだけど」


南グラのアバターは購入するまで何が出るか分からない。

確率は大きな偏りがあり、ペンギンの入手確率は1%を切っていた。

アバター保有者はコウテイペンギンと呼ばれ、それだけで崇め奉られていた。


ペンギンのアバターを持っているアカウントは何万の価値があるらしく、売買が後を絶たない。それ以外にも、その人を中心とした過激派のコミュニティがあり、犯罪を行っているという話もある。現実世界にも電脳空間にも確実に悪影響を及ぼしている。それらを調査するため、モモは南グラに派遣された。


このレアアイテムはいわば釣り針だ。

これを目当てにやってきたユーザーを捕らえ、取引の証拠をつかむ。

後は居場所を特定し、捕縛すればいい。


そんなに難しい話じゃない。フィールドが変わっただけだ。

カワセミになったシロは快くこのアバターを提供してくれた。

いつものように仕事をするだけだ。


「しかし、そんなに人気なの? このペンギン」


「何言ってんのよ。南極と言えばペンギンじゃん?

ペンギンって可愛いじゃん? モモも可愛いじゃん?

可愛いものと可愛いものが融合すると最強じゃん? そういうことよ」


「ひとつも分からないし、アンタの趣味に付き合ってる暇はないんだけど」


カシャカシャとシャッター音が聞こえる。

超低確率のレアアイテムというのはあながち嘘でもないらしい。

通りすがりの鳥たちが無断で写真を撮っている。


「この可愛さを世界が知らないとかマジありえない! 運営に送っちゃお!

もしかしたら、南極大使になれるかも! むしろなれ!」


「今すぐやめろ」


シロをはたく。彼女は共通の趣味を持つ友達との交流を目的にしており、アイテムにまったく興味がなかった。たまたまイベントに参加していたら、いつの間にか手に入っていらしい。無欲の勝利とはこのことをいうのだろう。


「あーもうマジ可愛い。最高すぎんか? マジ尊いんだけど? 

今度は何が欲しい?」


「すでにペンギンをくれたからいらない」


「そうだったわ、すでに貢いでたわ」


再び土下座しようとするシロを蹴り上げた。ここには遊びに来ているわけではない。

これだけ注目を集めることができれば、アカウント売買のてがかりがつかめるかもしれない。


「おい、そこのペンギン」


「なに、アタシのこと?」


人ごみの中から首の長いダチョウが現れた。

もはもはとした黒い羽毛は暖かそうだ。

長い脚は氷で滑ってしまって不便そうだ。


「お前、ここらじゃ見ない顔だな? 今日、初めてここに来たのか?」


「うわ、出た。NPCのフリしてカツアゲする奴。

モモ、こういうのを取り締まってよ。ただでさえ治安悪いんだから」


シロがそっと耳打ちする。

金銭の取引が起きる以上、現実世界と同じことが起きるわけか。

運営も頑張っているのだろうが、限界がある。


「アンタさ、そういうしょうもないことはやめなよ。田舎のお母さんが泣くよ?」


「こっちがおとなしくしていればいい気になりやがって……それを俺たちによこせ。初心者が持ってていいもんじゃねえんだよ」


「そういうアンタは初心者から抜け出せてないって感じ?

いいんじゃない、永遠のダチョウも悪くないと思うよ」


「モモ! 喧嘩なんかしたらアカウントが停止されちゃうよ!」


「そうだな、ルールを守れない奴は氷山の一角にしてやる!」


ダチョウが鉄パイプを取り出した。

このゲームは路上で戦闘はできないようになっている。

脅しのための道具なのだろう。


これが現実世界だったら数秒でケリがつくのに。

こういうところが不便だ。

変に問題を起こして追い出されてしまったら話にならない。


「今度、アンタを特定して家の前まで来てやるんだから! 覚悟しとけ!」


モモはそれだけ言い放ち、シロを連れて逃げ出した。

ダチョウは罵声を発しながら、追いかけてくる。


氷の上を滑り、海へダイブする。

本来であれば、別のエリアへ行くための通路の一つだ。

画面が切り替わっている間にログアウトすれば、追いかけられまい。


ぶつっと強制的に世界が途切れ、モモは現実世界へ帰還した。

ペンギンの人気があること、犯罪行為が普通にまかり通っていること、それだけでも十分だ。


モモはヘルメットを外し、部屋から出た。


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