〜小星〜 コレクターズ・ノヴァ

@tokiura

第1話 レシピ

三重県の小さな雑木林。

そこに在る小さな山小屋に一人の老人がいる。

鼻唄を歌いながら、スノードームを作っている。


「季節は〜1つ、山は2つか3っ、川か〜湖どちらか〜選んでっ、家、人一つ、原種の〜星」


手には、依頼者からのスノードームのイメージ図と、そのとおりに再現されたスノードームが。


「人を表す小さな星ねぇ」


老人は、スノードームを大切そうに新聞紙で包みリアカーに載せる。

リアカーには他にも同じ包みが幾つもあり、すべて手作りしたスノードームだが、サイズはマチマチ。

山小屋の外では、少年が木を切っている。なれない手つきで、切れた枝が飛んだり危なっかしい。


「おーい雅人。準備できたから持っていくぞ、手伝え」


「はーい!」


【宮継雅人】は使っていた鉈を壁に引っ掛け、

老人と一緒にリヤカーを持つ。

正確にはリヤカーを雅人が持ち、老人は片手を持ち手に乗せるだけ。


「いつもの所に持っていく、今日は終わったら一人で帰れ。リヤカー戻したら終わりだ」


「わかった。ねぇ、俺も一緒に行っちゃだめ?」


「駄目だ。お前もスノードームを作れるようになってから、自分のお客様に会いに行くんだ」


「うん」


舗装された道に出ると駅に向かって歩く。

駅近くの郵便局を通り過ぎ、運送屋の看板が出ているボロボロの小さなお店に着く。


「居るかい?和さん」


「じっちゃんいま買い物出てるよ」


店の奥から出てきたのは、高校生くらいの男の子。制服を着ていて背も高く爽やかな笑顔で歩いてくる。


「おぉ、陸坊。いつもの頼みたかったんだが、

和さんいつ帰るかの?」


「すぐ戻ってくるよ。3軒先の寺山さんとこに

孫来てるから、果物あげるって。雅人まだ弟子続けてんのか?凄いな」


「じゃあ、少し待つよ。雅人もようやく仕事の流れを理解したでな、そろそろ注文書通り作らせよう思うとる」


その言葉に、雅人は嬉しそう。


「廣爺が作るスノードームは、ずっと見てられるよな。貰ったことないけど」


その言葉に笑う老人。濤山廣次、本名「堅山廣政」は世界的に有名なスノードーム職人。自然の素材から作られた器に半球のアクリルと樹脂を流し込み空間を閉じ込めた作品は、あまりにも有名。ただ、一部の人からは「呪われた星」の作者として恐れられている。

現に、彼の作品が届いた家からは一人減ると言われている。ただ、雅人は廣爺を信じていた。


その時、玄関から声がして寺山さん家に

果物を届けていた光山和巳が、慌てて部屋に入ってきた。


「廣次先生!お待たせして申し訳ない!

寺山のところが孫がきとるって言うもんで、ほんで、いつも何かと贔屓にしてもらっとるから、御礼にと。でも、廣次先生の作品もそろそろとは思っとったんです! 決して、忘れとった訳では……」


「和さん、慌てんでも解っとるよ。それに先生はやめてや、いつも言うとるがな」


「そんな、廣次先生は先生ですわ。うちの家族が生きてるんわ廣次先生の近くに居らしてもろとるからやから。」


「そんな風に下にせんと、儂ら同じ時代を生きた仲やで。中で待たせてもろたし…陸坊にも…」


「陸!なんで飲み物出さんのや! 先生ほんまスンマセン」


陸は和巳に怒られバツの悪そうな顔をしている。


「もうええ!また夜荷車取りに来るで外出しといてな。宜しく」


「お気をつけて!」


陸の頭を押さえつけて、自分も深々と頭を下げる和巳。

雅人は手を振る。濤山は一度も振り返らず駅に向かっていく。


そして、濤山は二度と帰ることはなかった。

仕事を終え和巳と陸の家に向かう途中、若者数人に襲われ突如としてこの世から、あっさりと帰らぬ人となった。


濤山に家族はいなかった。光山家が小さな葬儀を開き、スノードーム作家、濤山廣次は粛々とその人生を終えた。


宮継の表札があるこの家は、古い日本家屋である。

雅人は、高校卒業まで日本に居たいと家族に伝え中学生から一人暮らしをしている。

姉は中学からアメリカに留学し、両親も海外に転勤した。


独り暮らしをする為に、料理を母親から学び

後見人として濤山さんを見つけた。

濤山さんの作るスノードームを知っていた両親は、

濤山さんが自宅に来て雅人を弟子にすると言った事に最初は驚いていたが、信頼できる大人が出てきた事で雅人の独り暮らしは少しずつではあるが現実味を帯び、姉の入学式の1週間前に実現した。


「どうしようかな。これから」


夕方の日差しが窓から入る和室の部屋。

スノードームの資料や依頼書が大量に置いてあるこの部屋に

思考が停止しているように一点を見つめて佇ずむ雅人。


「おーい、居るかー?雅人ー」


玄関で光山陸が部屋に向かって声を掛けるが、

雅人には聞こえていない。

靴を脱いで、ゆっくり入っていく陸。

どの部屋にも電気がついていない。

一番奥の部屋のドアを開けると、雅人が居た。


「雅人、電気点いてないと心配なるよ」


「ごめん。なんか、如何しよっかなって」


振り向いた雅人の顔は表情がなく目からは、涙が溢れていた。

陸は、雅人の頭に手を置いて


「一緒に考えよ。一人で考えること無いって。」


陸に抱きつく雅人。


「うん」


今まで見たことがない姿に、雅人がまだまだ子供なんだと気づく。一人でこんな大きな家に住んでいた。濤山さんがどれだけ頼りになっていたか。

勝手に使命感を感じて強く抱き返す。


天井のライトが1つ寂しく照らす畳の部屋。


「家族には言った?濤山さんのこと」


雅人は首を振る。


「雅人が日本に居たいのはわかるけど、家族に心配かけるのは良くないよ。俺のとことでも面倒見れるし、正直に言ってみなよ」


「陸兄のところに行くの?この家は?」


目に涙を浮かべる雅人。


「いや、この家で暮せばいいよ。俺毎日来るし、親に行ってここに一緒にも暮らせるようにするし!」


陸は雅人の顔を見て慌てる。いつも楽しそうに笑顔しか見てこなかった。なんとかしてあげたい。


「和巳のおっちゃんは許してくれる?」


「なんとかするよ!絶対一人にしないし、アメリカに行く必要なんかない!」


陸は覚悟を決めていた。父親からなんと言われようと、雅人とここで暮らすと誓った。


「駄目だ。子供二人で住むなんて」


和巳は当然と行った様子で、荷別けの作業をしながら言い放った。


「えっ、」


「当たり前だろう。あの子はまだ小さい。ご家族は心配するだろ。濤山さんはご家族と何度も会って、一人息子を任された。向こうのご両親も濤山さん以外に一人息子をお願いするつもりなんて無いさ。」


「だけど、雅人は…」


「すごいと思うさ。あの歳で日本で独り暮らしなんて。毎日濤山さんの所に行って一生懸命だった。でも、やっぱり子供だ。子供ってのは親と居るのが一番いい。」

和巳は陸に向き直り、父親の顔で言った。


「そうだけど…」


その夜、陸は雅人の家の前に来た。

電気はついている。陸は、どうしても雅人の

また悲しむ顔を見られず、チャイムを鳴らさず走り去る。

それを雅人は家の屋根から見ていた。

雅人は空を見上げて、何かをつぶやく。

その顔は、陸と話していた時と違って嬉々としていた。


次の日、陸はまた一人の家に来ていた。

1歩が出ず、逡巡していると

ガラガラと玄関の戸が開き雅人が笑顔で飛び出してきた。


「陸兄!お父さんもお母さんも、光山さんの家が良ければ東京でこれからも暮らしていいって!

俺まだ、ここに暮らしていいって!」


陸に抱きつく雅人。

その言葉に驚き、固まる陸だったが雅人を抱き返し。


「そっか。良かったな。俺もこれからもここに引っ越す準備するから。」


二人で笑いながら抱き合う。それを遠巻きに見つめるご近所さんに気づき、家の中に入る二人。


「そういえば、昨日見た部屋に紙がめちゃくちゃあったけど、あれなに?」


少し間が空いて、

「あの山小屋に置いてあったら、いたずらに使われるからここに持ってきた。大切なものだから。」


「そうだよな…。えらいな雅人」


普通だよとぶっきらぼうに答え、テーブルにおいてあった飲みかけのマグカップを流しに置いた。

そのあとは、二人で家の隅々まで見て回り

結局陸は雅人の隣の部屋で寝ることにした。


「じゃあ、引っ越しのことまた親に言って来るから」


「大丈夫?だって一回断られてー」


「雅人の両親がいいって言ってんなら大丈夫だって」


そう言って陸は何度も振り返りながら、帰っていく。

雅人は、陸が見えなくなるまで見送って。


「よし!」


家に戻り、スノードームの山の部屋に行く。

部屋のには、古い紙がおいてあり濤山廣次の秘密のスノードームレシピである。


『スノードームは小さな星である。依頼人の夢が詰まった、いつかその世界の中で生きる夢を忘れないためのものである』

濤山廣次のスノードームには秘密がある。

それを知ったのは、濤山が死ぬ半年前のことである。


その日、濤山は例のごとくお客様に会ってくると雅人に片付けを任せて出ていった。いつもは片付けをしたらすぐには帰らず、制作途中のスノードームや、依頼書を見ているのだが、この日は小屋の中で蛇の脱皮した皮を見つけた。

本体を探して屋根裏や小屋の隅を探していると、地下室のドアを見つけた。

ドアは南京錠で閉まっていた。鍵は恐らくいつも濤山が持っている、革のキーケースにあるはず。


この日から、雅人の目的が一つ決まった。

濤山はスノードーム製作中は、キーケースをスボンから外し、陶器の皿に小銭と一緒に置いていた。その皿は濤山が作業する机の上に置いてある。


濤山が地下室に入る所は、この1年全く見た事がない。半年に一度、スノードームの材料がまとめて届くが、そのストックがあるわけではない。とても気になった。見たい。


いつものように、薪を切る雅人。

部屋で机に向かいスノードームを作る濤山を外から見ている。

余所見しながら斧を振りかざすと、木が跳ねた。咄嗟に顔に向かって飛んできた薪を腕で守ると、薪の割れ端が深々と腕に刺さった。

「ゔあ!」


その声に気づき、濤山が窓の外を見ると。

左腕に木が貫通した雅人がうずくまっている。


「雅人!どうした!」


濤山は、驚くべき素早さで雅人に駆け寄り

小屋に連れ入る。

椅子に座らせ、電話で救急に連絡している。

机に背を向ける濤山の背中を見て、雅人はチャンスだと思った。濤山を気にしながら、皿の上のキーケースを開ける。ポケットの中の粘土を出す。押し付けー


「雅人!道路まで出るぞ!」


ガタッ!驚いて立ち上がったように濤山からは見えただろう。


「もう少しの辛抱だ。大丈夫。わしに任せろ」


肩をだいて、一緒に雑木林の先の道路へ向かう。驚いた時に粘土を落としてしまい、咄嗟に靴で踏んだ。足先で踏み、浮かせながら歩き、小屋から少し歩いた、地蔵様の祠の前で靴底を擦るように粘土を落とした。

ー必ず取りに戻る。


病院に着くと、すぐに手術をすることになった。左腕は包帯で巻かれ、首から吊るすことになった。


「しばらくは来んでいい。治してからまた小屋に来なさい。わしも家にちょくちょく顔は出す」


「うん。ありがとうございます。」


俯いた顔。目はキラキラしている。

濤山はそんな雅人を見つめていた。


2日後、学校ではヒーローインタビューのように、4年2組の同級生に囲まれて質問攻めだった。廊下には他クラスの子もいる。


「何でそんなことなったの?」

「事故?車とぶつかったの?」

「骨折?触ると痛い?」


幼馴染のゆいと下校途中、ゆいも腕のことを聞いてきた。


「何でそんなことなったの?いつも家に居ないけど、何してるの?」


心配で聞いているようだった。


「知り合いの家に遊びに行ってた。遊んでたら転んで木刺さった」


「嘘ばっか。何で嘘つくの。恥ずかしい?」


少し歩くスピードが早くなる。怒っている。

雅人はなんとか歩幅を合わせ、


「嘘じゃない。ホントに遊んでたら刺さった。」


「コケたのは嘘?」


立ち止まって、真っ直ぐ目を見るゆい。


「嘘。余所見して薪を割ってたら飛んできた。」


「馬鹿じゃないの?危ないことしたらだめだよ」


笑いながらまた歩き出す。


「あっ、先行ってて」


濤山さんの山小屋がある雑木林の隣でゆいと別れる。

急いで地蔵の前に走り、粘土を探す。

落としたところは覚えている。


「あった。」


拾うと、靴底の形がハッキリと残っていた。

肩を落とす。千載一遇のチャンスを逃した。


「雅人。何してる」


雅人が振り向くと、濤山がリヤカーを引いて

歩いてきた。雅人は粘土をポッケに入れる。


「治るまで来るなって言っただろう」


頭をぽんぽんする濤山。シワシワの硬い手だ。


「ごめんなさい。」


一緒に光山運送まで、歩くことにした。


「傷治ったら、作る所見るか」


顔を向けず、濤山は言った。

雅人は、目を輝かせ濤山を見ると、


「うん!」


可愛い反応に、濤山も笑みをこぼしながら雅人の頭を硬い手でガシガシする。


1日前。

濤山は、地蔵様の祠の前にいた。粘土を踏む濤山。靴から取れた粘土には鍵の跡はなく、靴底の模様だけになる。


その日から、濤山は革のキーケースをやめた。

そして、地下室の鍵は皿の上から消えた。


1ヶ月後、濤山の小屋に雅人はいた。


「あの地下室は、何?」


作業中の不意の質問に、濤山は驚いた。


「前に鍵作ろうとして、失敗して濤山さんにも

知られちゃったし、正直に聞こうと思って」


「見たいか?」


濤山は、作業の手を止め雅人に向かい合う。


「見たい!」


濤山は、ポッケに入れていた鍵を悪戯な笑みと一緒に取り出す。

南京錠がゴトッと落ちて、鎖がジャラジャラ滑り地下室のドアが開く。

木造の小屋の地下なのに、石造りの階段と壁や天井、奥まで続いていた。


「頭、気をつけろ。痛いぞ」


笑顔で話す濤山さんはいつもと少し違った。

高揚しているようだった。


ランタンの揺らめきで、階段が少し先まで照らされる。結構深い。途中で携帯の懐中電灯を点ける。明るすぎて、濤山は驚きながらランタンを消し、雅人の肩に手を置き先に行かせる。階段を最後の段まで降りると、そこは何も置かれていない棚が並ぶ保管庫だった。


とてつもなく広い、山小屋のサイズからは想像できない、携帯の光でも奥まで照らすことはできない。


「ここは?」


奥に進みながら、濤山に聞いた。


「もう少し行くと、スノードームが保管されている。これまで作った作品の片割れ達だ。いつも依頼主の思いを形にするスノードームは、二つ作る。記録として。写真では不十分だ。ここには無数の星がある。それぞれに想いがあり、同じ物はない。」


奥から光に反射するものが出てきた。


「すごい。キラキラしてる!今までの全部置いてあるの?」


「そう。全部だ。」


年代がバラバラ、形も様々なスノードームが棚の至る所に置いてある。


「何でバラバラなの?」


濤山は一つ持って、雅人に見せる。両手でゆっくりと手渡す。雅人はスマホのライト部分を出して棚に置く。ライトの光の下で受け取ったスノードームを見る。

スノードームには、スキーで滑る男の子。クレバスを飛び越え宙を舞うシーンが切り取られている。そのクレバスの中には、家のようなものがあった。

細かな部分にまで、物語がありこれがその一部なのだとわかる。


「材料やストーリーによって、分けている。参考にするというよりは、単純に色や形を変えるための確認用だな。」


雅人の手から大切にスノードームを受け取り、

また棚に戻す。


「戻るぞ、雅人。ここは寒い。雅人もお客さんがついたらここに置いておくといい。自信と励みになる。」


こうして、濤山さんは俺に秘密を見せてくれた。それからは、作業を見せてもらいつつ、作り方を覚えていった。


「また、あの地下室見たいな。」


ボソッと言った言葉を、濤山が聞いて笑った。


「俺も見に行かないのに、出来たものを見過ぎるとアイデアが生まれにくくなるぞ。インスピレーションは、必ず自然から貰え。」


それから数日後、濤山は海外で個展があるといい、雅人を光山に3日だけお願いした。

光山和巳は快く引き受け、毎晩食事は一緒に食べて、夜は和巳が車で家に送ることになった。


濤山がいない3日、光山家で晩飯を食べ何事も無く過ぎる。

初日の晩、既に街は活動をやめ人は居ない。

濤山の小屋にも居ないはずだった。


ガチャ、扉の鍵が開き入ってくる人影。

地下室の南京錠を空け。中に入っていく。

三日三晩、それは続いた。


3日目の夜、人影は入ったきり朝まで出てくることは無かった。


朝、陸は雅人の家にいつものように顔を見に行く。今日は、父親から貰い物のデラウェアを渡すように言われた。この3日で、和巳は雅人を気に入ったみたいだった。

陸から見ても、雅人はいつもよりハキハキと元気に喋っていた。

やはり、濤山さんの前では緊張していたのかな。


インターホンを鳴らすが、返事はない。

もう一度押すと、2回の窓から声がする。


「入っていいよー」


雅人の声だ。陸はガラガラと扉を開ける。

階段をドタドタ降りてくる雅人は上半身裸だ。


「寝坊した!濤山さんもうすぐ駅に着くって!」


そんな雅人を笑いながら、見て。デラウェアを冷蔵庫に入れるため、家に上がる。


「ぶどうありがと!明日食べる!」


雅人は着替えながら、顔を出して言った。


「おう。父さんが雅人はいい子だって言ってた。

しっかりしてるって」


雅人は、着替え終わり、陸の入れたデラウェアを早速つまみ食い。


「陸君のほうが、いい子じゃん。ぶどう持ってきてくれるし」


「それが理由かよ」


二人で笑いながら家を出て駅に向かう。


「お土産何かな〜」 


無邪気な雅人スキップする、


「食いもんでしょ」


お父さんの様に歩きながら雅人を目で追う陸。

雅人は振り向き両手を広げ、


「服お願いしたー」


駅で濤山を迎える。お土産はニットカーディガンとロングコートだった。しかも古着。


「ありがと…これから必要になるね!」


無理矢理なコメントで逃げる雅人。

濤山は気づかず笑顔。陸は笑いを必死で押し殺している。


それからも、濤山の仕事を雅人は近くで見て学び、スノードーム作りに没頭していく。

濤山はスノードームの材料や仕組みについて、

雅人に丁寧に教えた。

濤山のスノードームは、一定時間ごとに内部で水流が起こり、止まっていた小さな星の物語をまた進めるという仕組みだった。


「雅人。スノードームの原理は、電気じゃない。しかし、簡単に説明できるものでも、真似できるものでもない。俺の仕事は少年少女の夢をこの小さな星に詰め込むことなんだ。それは、永遠に残り続けるその子達の想いそのものになる。私にしか出来ないと思っている」


「それでな……」


この日、濤山は雅人に弟子を辞めさせると言った。異論は認められなかった。

そして、濤山は雅人に秘密を残したまま死んだ。


現在に戻る。

雅人は、親に濤山のことは伝えず、陸にも嘘をついて一緒に住んでいる。


濤山の仕事場である山小屋。その地下で見た物は、無数のスノードームともう一つあった。

濤山が海外に行っている3日間、地下の隅々を見て周った。そして、3日目の夜。それを見つけた。


地下室の天井と壁ギリギリの大きなスノードーム。スノードームの形に沿った大人が入れるほどの扉がついていて、スノードームの中にも無数の小さな扉が漂っていた。


大きなスノードームの近くには、机がありその上には一つの鍵が置いてあった。綺麗な青い石の鍵で、恐らくはあのスノードームの大きな扉用なのだろう。

スノードームの土台と同じ素材のようだった。


今日は3日目の夜。明日には濤山が帰ってきてしまう。スノードームの材料について、濤山が教えてくれた素材では足りないものが多かった。土台にガラス、中の液体も。中の作品部分は教えてくれても、スノードームを作る上で欠かせない外の世界との境界線を教えてくれなかった。

小屋のどこにも、そしてこの地下室にもなかった。雅人はそれを探すうちに、この大きなスノードームを見つけた。


鍵を刺して回すと、ガチャリと重たい音がする。

開くとスノードームの中の液体が揺れるが、流れ出てこない。触れてみると確かに液体のようだが、手には付かない。初めての感触だった。


怖くて、扉の縁を両手でガッチリ掴みながら液体に顔を入れてみる。

目を開くと、スノードームの中は海の様に

果てしなく広がっており、無数の扉が目の前をひらりひらりと舞っている。

声を出してみる。まるで、洞窟の中のように響く。しかも、中では息が出来るようだ。

顔を液体から出すと、特に顔や髪の毛に濡れた形跡は無く、液体にも変化はなかった。


スノードームの近くには、長いロープがあり体に巻きつけるベルトもあった。

恐らく、濤山はこれを使って中に入ったのだろう。でも、どの鍵を使ってどの扉開ければよいのだろう。


大きなスノードームの前で、考える。

扉はそれぞれ年代が違うのか、色やドアノブのサビが違う。プレートなども付いていない。

鍵穴に刺したままの青い鍵を見る。よく見ると

扉にも同じ青い石が、覗き穴の部分に埋め込まれていた。

雅人は、もう一度液体に顔を付ける。青い鍵と同じ石の付いた扉は見当たらないが、それぞれ覗き穴の部分に石が付いていることがわかった。


地下室の中を、鍵を探してまわる。恐らく何処かに隠してある。しかも、大量に。

ワクワクと興奮で時間を忘れて探した。


「どこにもない…。なんで…」


雅人は、膝から崩れ落ちる。

ふと、濤山のこれまで鍵の置き方やロープの置き方を考える。かなり単純だった。地下室の鍵もわかりやすく、陶器の皿の上に置いていた。

この青い鍵も、机の上に他のものは置かず、ロープも扉の横に置いてある。スノードームの扉には掛けるための突起が付いていたが、何も掛けてはなかった。もし、この扉が閉まったとき、スノードームの中ではこちら側の扉は如何なっているのだろう。

スノードームの中にある扉は表裏無く、完全に扉一枚が舞っているような状態。


雅人は、ベルトを巻きロープを付ける。

年季が入っていてかなり心配だが、ロープを引っ張り液体に全身で飛び込む。扉の後ろにもやはり果てしなく、この空間は続いていた。

雅人は、扉の後ろに回り込む。

すると、扉の裏側の突起に色とりどりの石の鍵が付いている鍵山を見つけた。


「やったー!見つけた!」


思わず大声で叫んでしまう。

その声で、遠くの扉が開く音は雅人には聞こえなかった。


地下室に鍵山を持って、戻ると机に広げてみる。

鍵を数えると全部で17本あり、扉の数に比べて極端に少なかった。また、大きなスノードームを開けた青い鍵よりも小さく、それぞれ不思議な形をした突起があり、いわゆる鍵とは全く違うデザインだった。


「こんなの、鍵穴に入れて回したら折れそうだな。複製も難しそう」


19本の鍵は、一本の支柱から枝のように全方位に突起が出ており、複製は出来なさそうだった。


「やってみるか」


雅人は、スノードームの中に戻り一番近くの扉を確認する。17本のうち1本、緑色の同じ種類の石で作られた鍵を見つける。


差し込んでみると、ガチャンと音がして手応えを感じた。


「あれ、差し込んだだけなのに。」


扉を押すと抵抗なく、ギィーと年代を感じる音がする。扉の先は森の中だった。1歩入ると透明な膜を感じ、そこを抜けると体感温度は少し熱くジメジメした空気に変わった。涼しい水の流れる音も遠くから聞こえる。ふと目の前の草を見ると揺れている。遠くから大きな何かが近づいてくる様に辺りの草木が揺れている。

一気に背筋が凍り、恐怖を感じる雅人は、扉を出て鍵を閉めるため刺さったままの鍵に触れる。

無意識に鍵を回してしまい、鍵は鍵穴の中で折れ残ってしまった。


その時、スノードームの空間の中で扉が閉まる音がした。

ーここにも誰かいる!


雅人は急いで地下室のドアに戻る。壊れた鍵を残したまま鍵山はもとの位置に戻し、扉を閉め。ロープを解いてもとの位置に束ね、青い鍵を机の上に戻して地上へ走る。


雅人が居なくなって、静かな地下室。スノードームの内側から、扉が開けられる。

出てきたのは、濤山廣次だった。


「やはり、雅人が…。子供の好奇心はやはり恐ろしいな。」


手には、雅人が扉に戻した鍵山がある。

折れた鍵を鍵山から外し、スノードームの中から扉を探す。

扉を見つけ、鍵穴を確認しポケットから柄だけの白い鍵を取り出す。鍵穴に差し込むとガチャリと重たい音が鳴る。

取り出すと無かった先のほうに、緑の石が生えたようにくっついている。


「大切に育てたかったが、こんな形で知ってしまうのは良くなかった。あの子は、神にもなり悪魔にもなりうる」


濤山は緑の鍵を持って、スノードームの中に消えていった。

山小屋の扉を開けて、雅人が外に飛び出す。

既に夜が開け始め、木々の隙間から光の柱が伸びていく。


雅人は落ち葉の上に寝転がり大声で笑った。


「濤山さんはこれを隠してたんだ!世界を繋ぐ扉。それがあのスノードームの中にある!アイデアもきっとあの世界から持ってきてるんだ!」


嬉しさと興奮で、顔の筋肉は強ばり笑っているようで目は笑っていないような、異様な顔になった。目の前に鏡はないから、そんなことも気にせず、雅人は笑った。


「俺も作ってやる!小さな星!みんなの夢を詰め込んだ星を!」

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