第四十七話 プールサイドの休息
「あっははは! めっちゃくちゃ濡れたね!」
「まさかあそこまで波が高くなってくるとは……一瞬溺れかけたぞ…」
無事に高波も味わえたようで、ビシャビシャになりながらも満足げに俺たちのいる場所まで戻ってきた真衣と、何だか疲れたようなオーラを醸し出しながら来た颯哉と合流した。
「…おう、そっちは楽しめたか」
「お、お、お帰り!」
対してこちらは、非常に精神を摩耗した俺となぜかガチガチに緊張した面持ちで、一切隣にいる拓也を見ようとしない唯が出迎えたことで、不信感を抱かれたようだ。
まぁそれも仕方ない。俺からしてもこっちの態度は変だと思うし、傍目から見ればそれは相当なものだろう。
あの後、唯は波の発生が終了したところで無事に目を覚まし、意識を取り戻した。
そこまでは良かったのだが……目を覚ました直後ということもあって、状況を飲み込むのにも時間がかかったのだろう。
まさか自分のいる場所が仲の良い男子の胸の内だとまでは考えが至らなかったのか、まじまじと彼の顔を見つめた後で現状を把握してしまったらしい。
ぼふっ、という音がしそうなほどに顔を赤くした唯は瞬時にその場から後ずさり、見ているこっちが申し訳なくなるほど恥ずかしそうにしていた。
そこからはお互いになんとなく気まずい空気の中を過ごしながら、颯哉たちが来て今に至る……というわけだ。
「…ふむ。色々と聞きたいことができてしまったけど、それは追々かな? 唯ちゃーん? あとでいっぱいお話聞かせてねー?」
「ふぇっ!? そ、そんな話すようなことなんて無かったよ!?」
確実に何かがあったであろうと思われる拓也たちを前にして、真衣の好奇心に火がつけられてしまった。
今は見逃してもらえるようだが、いずれは細々としたところまで問い詰められるだろう。
…あいつの勢いに乗せられて唯が余計なことまで言ってしまう予感しかしないが、そこはもうどうしようもないので諦めよう。
というか、唯のテンパった態度から何かあったことはもろバレなので、誤魔化したところで大した意味もない。
そんな風に達観した様子でいると……不意に、拓也の肩がポンと叩かれた。
「なーんか自分は関係ないみたいな感じでいるけど……お前にもしっかりと聞かせてもらうからな?」
「……まじかよ」
肩を叩いてきたのは颯哉。
非常に上機嫌な笑顔を浮かべており……その笑みは、今の拓也にとって死刑宣告のようにしか思えなかった。
それから一旦追及は止み、これからどうするかという話題に移っていった。
また別の場所に移動してみるのも良いし、少し休憩を挟んでも良いんじゃないかなんて意見も出てくるが、なかなかまとまらずに時間だけが経つ。
「まだ午後もあるし、ここいらで休んでおいても良いと思うぞ」
「うーむ……。俺としてはもう少し泳いでいたい気分なんだが……」
まだまだぶっ続けで遊んでいたい颯哉の心情には同意するが、水中で動いていれば気づかない間に体力だって消耗しているだろうし、あまり動きっぱなしというのも後のことを考えれば良くないだろう。
なのでそう言って颯哉を説得していれば、どこからともなく、くぅーという軽い音が響いてくる。
それはまるで、誰かの腹が鳴ったような音で……その発生源の方向を見てみれば、自分の腹部を押さえた唯が照れたように頬を掻いていた。
「あはは……。ご、ごめんね? 私のお腹が鳴っちゃったみたいで……」
「…そういえばもう少しでお昼時だっけ。私もお腹空いてきちゃったし、ここらへんでご飯で食べておかない?」
唯が恥をかかないようにと真衣が気を使ったのか、それとも本当に空腹になったのかは分からないが、確かに時間を見れば昼時に入るところだ。
プールに入っていたので気が付かなかったが、拓也もそれなりに小腹が空いてきていたし、いいタイミングだったかもしれない。
「…そうだな。俺も何か食べたい気分だし、少し探しに行ってみるか。颯哉もそれでいいか?」
「異論はねぇよ。腹を満たしてからの方が心置きなく動けるだろうしな!」
これで全員の了承は得られた。
きっかけとなった唯は予想以上にあっさりとした流れに目を白黒させているが、予定は決まった。
こうしている間にも時間帯的に売店が混み始める頃だし、少し急いだほうがいいだろう。
施設内に置かれている飲食を提供しているスペースは、簡易的な机にパラソルが用意されており、心ばかりではあるが日差しを防げるようにしてくれている。
動いている最中はあまり気にしていなかったが、常に日光にさらされている状態でもあったので、これはかなりありがたかった。
「焼きそばに焼きトウモロコシにかき氷……。なんか統一性がないというか、無駄にメニューの幅が広いな」
「無駄とか言うな。せめて企業努力って言え」
失礼なことを店先でのたまい始めた颯哉に軽く注意を促しながら、拓也もメニューを眺める。
ズラリと並べられた提供メニューの一覧は確かに颯哉の言う通り統一性がなく、その分幅広いニーズにも対応できるようにしているのだろうが、これだけあると迷う時間も増えてきそうだ。
「唯はどうする? 何か決まったか?」
「そうだなぁ……。やっぱり定番の焼きそばにしておこうかな!」
「焼きそばか……。それもいいな」
こういった場ではもはやお約束とも思えてしまう焼きそば。手軽に食べられるというのもそうだし、やはり候補には上がりやすいか。
俺はそうだな……。これといって食べたいものがあるわけでもないし、適当に決めてしまおうか。
「そんなら買いに行くか。颯哉! 席だけ取ってもらっていいか?」
「そっちは確保しておいたから心配すんな! ゆっくり選んで来い!」
当たり前のことだが、設置されている席の数は有限だ。
次第に増えてくるであろうお客の量を考えれば、先に取っておかなければすぐに埋まってしまう。
そう思って颯哉に声をかければ、既に真衣と共に一つ机を取っておいてくれていた。
あいつらはあそこから動く気配もないので、まずは二人で買ってこいということだろう。
「拓也くんは何にするの? まだ決めてない?」
「俺はカレーにしようかなって。そこまでガッツリ食べるわけじゃないけど、ある程度量は食っておかないと午後まで持たないだろうしな」
「そっか! …そういえば、この前お出かけした時にもカレーを食べてたけど、好きなの?」
「ん? あぁ、そういやあの時も食べてたっけ。別にそういうわけでもないんだが……なんか夏になると無性に食べたくなるんだよな」
唯に言われて気が付いたが、確かにこの前も昼食にカレーを選択していた気がする。
特段意識して行動していたというわけでもないので単なる偶然だが、自分の中で夏になったらカレーを食べるというイメージでも定着しているのだろうか。
「そうなんだ……。じゃあ、拓也くんの好物ってなぁに? 今後の参考にもさせてほしいな!」
「好きなものか。パッと思い浮かばないけど……強いて言うなら魚料理かな」
「お魚? てっきりお肉が好きだと思ってたけど、真逆だったんだね…」
「肉も好きなんだけど、どちらかを選ぶってなったら魚が優勢にくるな。昔っからなぜか魚の方が舌に合うんだよ」
彼女に聞かれて自分の好物を考えてみれば、最初に浮かぶのは魚料理全般だ。
もちろんその中でもさらに優劣はついていくが、ほとんど差なんてないようなものなので全般と言ってしまっていい。
あの魚特有のまったりとした風味や、さっぱりとした余韻が好みで実家でもよく食べていたが、唯と出会うまで食事に対して強いこだわりが無かったため、彼女に言う機会もなかった。
しかし、自分でもよく振り返ってみれば食卓に魚が出された時には普段よりも箸が進んできた気がするし、食欲も増していたかもしれない。
こうして口に出したことで再確認できたが、自分の好みも案外把握できてないもんだな……。
「ふーん……。なら今日は、夜ご飯はお魚にしよっか! スーパーで何か安く売ってればそれ買って作ってあげるよ!」
「え、いいのか? それはすごい嬉しいけど……」
「いいの! ちょうど帰り道にお店もあるし、一緒に寄って行こ!」
「あぁ、じゃあ荷物持ちは任せてくれ」
「ふふふ。頼りにさせてもらうよ!」
昼食を買うための列に並びながら夕飯の内容を決めるという、一見おかしなことのように思われるようなことをしているようだが、その事実に会話に夢中になっている二人が気が付くことはない。
周囲からすれば、付き合いたてのカップル……否。
夫婦だと思わせるような話を交わしながら、彼らは列の待機時間までも楽しんでいった。
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