第三十三話 突然のプレゼント
この広い空間を歩き回るにあたって、拓也は見る場所をクレーンゲームのコーナーに絞った。
理由としてはメダルゲームなんかのコーナーも確かに楽しく遊べる場所ではあるが、それぞれの
なので、遊ぶ範囲はそれなりに操作感も統一されているクレーンゲームを選んでおき、彼女が気になったものがあれば逐一見ていけばいい。
「いろんなものがあるんだね! あっ! あれとかすごい量のお菓子だけど、食べきれるのかな?」
一度見回り始めてからの唯の反応もすごい。
テンションが高まっているのか、見慣れない娯楽の集合体と表現すべき空間にキラキラとまぶしいくらいに瞳を輝かせ、興奮を隠しきれていない。
今も拓也に向かってゲームの景品をいちいち報告してくれているし、なんだか娘を見守る親のような心境になってくる。
(これが父性ってやつか……。過保護になる親の気持ちも少しわかったかもしれん)
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらあちこちに走り去ってしまいそうなほど、楽しいという感情を表に出している少女の魅力は思わず保護欲を掻き立てられる。
だがそれは逆に言えば、よからぬ輩を呼び寄せてしまうことにもつながってしまう。
現に周囲の男性客や、中には女性客まで唯に視線を奪われているし、少し注意しておいた方がよさそうだ。
「ほら、拓也くんも早く! 遅いと置いてっちゃうよ!」
「先に行き過ぎると危ないぞ。離れすぎるなよ!」
…気にしすぎてても仕方のないことではあるがな。
俺が真っ先にやるべきことは安全を確保してやることではなく、唯とこの楽しさを共有してやることだ。
この一日の思い出が、のちに振り返った時に良い経験だったと断言できるようなものにするためにも、そこに全力を尽くそう。
「やってみたいものとかあったか? 結構回って見てきたけど」
「そうだね……。面白そうだなとは思ったけど、挑戦してみたいものはそんなになかったかな…。見てるだけでも十分お腹いっぱいになっちゃうって感じ」
「唯の場合、物欲が薄いからな。よほどのことがない限り欲しいとはならなかったか」
目の前の非日常を眺めて楽しんでいた二人だったが、実際に欲しいかと問われるとそうでもないというものも多かった。
一時のノリで景品を獲得するというのも醍醐味の一つであることは理解しているが、やはり頭の中の冷静な部分が取った後にどうするのかと訴えかけてくるのを無視しきれず、特に遊ぶこともなくここまで来てしまった。
…ただ、何もしないで帰るっていうのもな。
現状では味気なく感じてしまうし、少しくらい遊んでいってもいいような気がするが…肝心の狙うのにちょうどいいターゲットが見つけられていない。
もうほとんど全ての台も見終わってしまう。
大したものも見つけられずに終わるのか、そう思った時、唯が小さく声を出した。
「……あっ。あれ……」
「……ん?」
見つめる先にあるのは、一種類の大きなぬいぐるみが景品になったもの。
店の隅の隅にあったことでうっかり見落としかけていたが、そこにはデフォルメされた猫をモチーフとしたキャラクターが転がっている。
眺めているだけでほのぼのとさせられそうなデザインはとても愛らしいし、なんとなく子供にも人気がありそうだなと思った。
そして唯も、目を奪われたかのように一点を見つめており、どうやら数ある景品の中でも興味をそそられたらしい。
「あー…えっと……。やってみるか? あのクレーンゲーム」
「い、いいかな? その…子供っぽいと思われるかもしれないけど、好きなんだ。ああいうのが」
「子供っぽいなんて思ってないって。お前が好きならそれでいいし、そこに年齢も関係ないだろ」
自分の好みが幼稚だと思われることが恥ずかしかったのか、声のトーンを落としながら話してくれたが、そのくらいで馬鹿にしたりなんてしない。
人の趣味なんて人それぞれだし、本人にしか分からないものだって必ずある物なのだから。
自分の趣味で他人を無理やり巻き込むというのなら話も変わってくるが、そうでなければ好きな範囲で楽しめばいいと思ってる。
そのことを素直に伝えてやれば、振り切れた笑みをこっちに向けてくれた。
「時間もあるし、挑戦してみようぜ。人生初のゲームなんだろ?」
「じゃあやってみる! …これ、どうしたらいいのかな」
「えーとだな。ここに百円を入れると作動するから、その後にボタンを押して……」
初めてのゲーム体験に口を挟むのは無粋なことは重々承知だが、最低限の遊び方くらいは享受してもばちは当たらないだろう。
この台は景品をアームで直接つかんで取るタイプのものだったので、そこまで複雑な解説もいらない。
必要最低限の知識だけを教えたら、残りは本人のセンスと能力が全てなので、拓也は見守るだけだ。
「ふぅー……こっちを動かして…わっわっ! 動いた!」
「落ち着いていけば大丈夫だよ。慌てなくていい」
クレーン操作のためのボタンを押せば、機械はその指示通りに移動を開始する。
自分で動かしたはずなのに慌てている唯は見ていて癒されるが、そのままではかわいそうなので軽くアドバイスを送っておく。
焦っている唯には大して役に立たないかもしれないが、ないよりはマシだろう。
「ここからは……奥に向かって動かして………ここっ!」
アームの横移動が終われば、次は縦の操作だ。
目算ではあるが大体の距離を計測し、ここぞというタイミングでボタンから手を離せば、ジャストともいえるぬいぐるみの真上で止められていた。
(おっ、これはもしかしたら一発でゲットできるか?)
一瞬唯が初心者であるということすら忘れてしまいそうになるほど、狙いは完璧な位置で止められている。
そのままアームはぬいぐるみをがっちりと支えたまま持ち上げ……景品口に届く直前で落下してしまった。
「…落ちちゃった。もう少しで取れそうだったのに……」
「惜しかったな。俺も取れるかもって思ったけど、やっぱそう上手くはいかせてもらえないな」
「悔しい……! …もっとやりたくなっちゃうけど、そうなるとお金も無くなっちゃうからここは我慢かな」
唯はこの一回でクレーンゲームの中毒性も理解したようで、きちんと自制しようとしている。
そこで勢いに身を任せないところが彼女を信頼できる所以だが、こういう時くらい我慢をしなくてもいいとも思ってしまう。
…少し俺もやってみるか。
「見てたら俺もやってみたくなったし、一回やらせてもらってもいいか?」
「…それはもちろんいいけど、拓也くんってクレーンゲーム上手なの?」
「まっ、人並みだな。これって運もかなり絡んでくるから、確実に取れるって保証もないし」
幼い頃に家族で出かけた際に、また別の場所ではあるがゲームセンターに赴いたことはよくあったので、腕を磨く機会には事欠かなかった。
それでも特筆して上手いかと聞かれると、そうとは断言できない程度のものなので、自分では人並みレベルのものだと思っている。
ちなみに、拓也は自覚していないが彼のクレーンゲームに関する技量は相当なものだ。
当人の性格もあるが、こうした娯楽が嫌いではないことも相まって触れる機会は多く、それに比例するように腕前もぐんぐんと成長していった。
そしてそれを見た両親が『この子はこんなところでも才能がある!』と大いに盛り上がり、ゲームをする際のコツを教え込むという謎の英才教育まで施されている。
そんな教育を受けた拓也はあまり重視していなかったが、まるで水を吸い込むスポンジのように与えられた知識を吸収し、そこらの者では相手にならないほどに成長した。
もう教えられることはないと、全てをやり切ったという表情で佇む両親(特に母さん)は、後に『やっぱり私の息子は天才ね…!』と清々しい顔で語っていたという。
というかそれを教え込まれた拓也以前に、教え込めるほどにゲームに造詣が深い親とはいったい何者なのか。
多方面に知見が広いことは実の息子である拓也も知ってはいるが、その情報源がどこからやってくるのかまでは聞いたことが無かった。
…まぁそれに関してはどうでもいい。
今は拓也と唯のことだ。
久方ぶりにこういったゲームと向き合った拓也は、昔の勘が鈍っていないかどうか不安だったが、いざ正面に立つとそれもなさそうで安心した。
ぬいぐるみの大きさ的に全身をつかむのは不可能ではないが、それでは
確実な獲得を狙うのであれば、もっと別の……それこそ、タグへ引っかけるといったことをしなければならない。
「このアームの太さならいけるだろ。幸い位置取りも悪くない」
一度唯がつかんで落としたことで、猫は初期位置から大分ずれた場所でうつ伏せの状態になっている。
あそこならタグもむき出しであり、狙いたい放題。必要要素はこれ以上ないほどに整えられている。
「大体こんくらいの場所で……開き幅はもう少し大きかったよな。…よし、いけ!」
細かい調整を済ませ、おおよその目算を付け終わったらボタンから手を放して結果を待つ。
手ごたえは感じたが、果たして取れるかどうか……。
そんな拓也の心配をよそに、アームは順調に開いてタグにその先端を引っかけることに成功した。
固唾をのんで見守る中、猫のぬいぐるみはその身を再び地面に落下することもなく……景品の取り出し口に落とされていった。
「おおぉ!! すっごーい!」
「何とか一発で取れたな。自信はあったけど途中で落ちることも全然ありえたし」
「どうやったらあんな風にできるの!? 私、近くで見てても何やってるのかさっぱりだったんだけど!」
「最初に唯がプレイしてた時にアームが開く角度なんかは確認できてたから、あとはその通りに位置を調整しただけだよ。このくらいなら慣れればできるようになる」
「はぇー……。理屈を聞いても全く出来そうと思えないよ……」
目を見開いて獲得の喜びを分かち合ってくれていた唯にやり方を教えてやれば、何だか遠い目をされた。
そんな複雑なことでもないんだがな。そりゃ始めたばかりの頃なら難しいだろうけど、年季の長い人なら普通にできるだろう。
っと、そうだ。ゲットしたぬいぐるみも取っとかないと。
「よっこらせ……。ほれ、この猫のぬいぐるみやるよ」
「へ? だってそれ、拓也くんが取ったやつでしょ? 私がもらうわけにはいかないよ!」
「俺は別にいいよ。もともと唯に渡そうと思ってゲットしたものだし、久しぶりにこうやって遊べて楽しかったしな。その礼とでも思ってくれ」
獲得した景品を渡そうとすれば、まさか自分のために挑戦していたとは思っていなかったのか、唯が慌てて返却しようとしてきた。
だが拓也がゲームをやったのは唯が欲しがっていそうだったからであり、これが欲しかったわけではない。
男子高校生の家に置いておくのも微妙だし、そうするのならばまだ可愛らしい女子の家に置いてもらった方がこいつも喜ぶはずだ。
それと、彼女の家の飾りのほんの足しにでもなればと思っていたというのもある。
以前に唯の家に上がった時、その飾り気のなさが頭に染みついて離れなかった。
あれだけ殺風景な部屋を見てしまえば、自分のできる範囲でどうにかしてやりたいとも思っていたのだ。
そして今日、自然な流れでそのプレゼントを渡すチャンスも巡ってきたため、ここで引き下がるわけにもいかないのだ。
「…じゃ、じゃあありがたくもらうね?」
「大切にしてやってくれ。別にいらなかったら好きにしてくれていいからさ」
「そんなことしないよ! …すっごく嬉しい」
「…ならよかったよ」
プレゼントされた猫のぬいぐるみを全身で抱きしめながら、そこに顔をうずめる唯の姿は非常に愛らしく、拓也の心臓の鼓動もそれに伴って高まっていった。
頬を指で掻きながら、こみ上げる感情を表に出さないように必死に押し留める。
何でもないゲームセンターの一角。
そんな場所で彼らは、二人だけの空間を作っていたのだった。
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