第三十二話 新しい一歩
ひとまず弁明も無事に終わり、昼食を取り終えた俺たちは机を一度離れることにした。
この後の予定は特に決まっているわけではなかったが、この四人で回ることになるのか?
「なぁ、この後はどうするんだよ。偶然ではあったけど鉢合わせたし、四人でどっか行くのか?」
「んー。こっちはそれでもいいが……やっぱここで別れよう」
てっきり拓也は全員でどこかへと行くものとばかり思っていたし、颯哉もそのつもりだと思っていたのだが……向こうから別行動を提案されるとは予想しておらず、面食らった。
「もともとどっちも一緒に巡る予定じゃなかったし、お互いの予定を照らし合わせたりするのも面倒だしな。…それに、そっちのデートを邪魔するほど空気は読めないわけじゃない」
「デッ…!?」
「…デートかどうかはさておき、理由は分かったよ。唯もそれでいいか?」
「…へ? あ、あぁうん! 私は大丈夫だよ!」
颯哉のデート発言に赤面していた唯に別れの了承を確認し、ここからは別行動をとることになった。
早速颯哉たちとは逆の方向に進もうとしたのだが、そうするよりも前に真衣がやり残したことがあったという表情で手を打っていた。
「あ! 危ない危ない、忘れるところだった! 唯ちゃん、連絡先交換しない?」
「…連絡先? 私と?」
「そう! せっかくこうやって話せたんだし、また唯ちゃんとも遊びたいから交換しておきたいんだけど、いいかな?」
「それは…構わないけど、真衣はいいの? 私なんかので……」
友人との対等なコミュニケーションの経験が乏しい唯は、その影響か自分を卑下してしまうことがあった。
拓也と共にいるときには見せない表情だが、同性であり真正面から積極的に接してきてくれる真衣相手では、自分に自信が持てずにいたのだ。
だが、そんなことを気にするような真衣ではない。
それどころか今の唯の言葉に、少し怒ったような顔さえ見せている。
「私なんか、じゃないよ! 唯ちゃんだからこそ、交換したいって思ったんだから! …それとも、私と友達になるのは嫌だった?」
「そ、そんなことはないよ! ただ…今まで交換してきた人は拓也くんくらいしかいなかったから、いいのかなって……」
徐々に尻すぼみしていく唯の小さな声を、真衣は聞き逃さない。
彼女がどんな軌跡をたどってきたのかは知らないが、そんなことはお構いなしに関わりたいと思ったのだから。
「…そんなもん気にしなくていーの! これからも遊びたいと思った人だから遊ぶ! 理由なんてそのくらい軽くていいんだよ!」
その言葉に意思が固まったのか、唯は自分の携帯を手に出し、おずおずと差し出す。
「そ、それじゃあ……交換してもらってもいいかな? 連絡先…」
「もっちろん! それじゃあねー、ここをこうしてー……」
流れもまとまり、唯にも対等に接することのできる同性の友人ができた。
その様子を見守っていた拓也は、なぜか安堵している自分がいることに疑問を覚えた。
…この安心感は、おそらく唯の気の置けない相手が増えてくれたからだろう。
学校から離れた家の中では拓也と過ごすことで、彼女の負担を軽減できていると思っているが、以前からそれでは到底足りないとも思っていた。
唯に今必要なのは、学校でも取り繕うことなく接してくれる相手だ。
常日頃から上品な仮面を被って過ごしている彼女にとって、一人でも素を見せることのできる味方がいるという事実は、これまでとは比べ物にならない憩いを生んでくれるはずだ。
今すぐに、というのは難しいかもしれないが、これから真衣と過ごす中で唯が自然体を出せていければいいとも思う。
この友人関係は、その大きな一歩となっただろう。
「あ、それと後で拓也の隠し撮りした写真あげようか? 気の抜けた瞬間のがいっぱいあるんだよねー!」
「えぇ!? ちょ、ちょっとだけなら……」
ちなみにそのすぐ後、何やら不穏な会話が聞こえてきた気がしたが無視した。
…うん。唯が俺を盗撮した写真になんて興味はない……はずだ。
「そろそろ俺たちも行くよ。悪いけど、今回のことは誰にも言わないでくれよ?」
「わーってるって。友達の秘密を言いふらして楽しむ趣味はねぇし、そんなことしてお前に嫌われたくはないしな。しっかり口は閉じておくよ」
「私も唯ちゃんに迷惑はかけたくないし、そこらへんはちゃんとするよ! また今度話そうね!」
「うん! 真衣も楽しんできてね!」
少し見ない間にすっかり打ち解けたようで、笑顔で手を振っている唯を見て拓也も頬がほころぶ。
まだ真衣との関係も浅いものだが、それはこれから深めていけばいいだけの話。
彼女にも対等に付き合っていける相手ができたというだけでも、大きすぎる戦果と言えるだろう。
「また明後日、学校でな」
「おうよ! そっちこそ楽しんでいけよ!」
颯哉の無駄にでかい声を背中に受けながら、拓也たちもその場を後にする。
まさかの遭遇となったこの鉢合わせだったが、最終的にはここで出会えてよかったのかもしれない。
そう思えるくらいには、胸の内に満たされるものがあった。
「…なんかごめんな? うちのやつらに遭遇したこともそうだけど……家のことまで話しちまって」
「全然いいよ。最初に会った時には戸惑っちゃったけど、結果的に何もなかったし……友達だってできたしね!」
無理などしていないことを実感させる屈託のない笑み。
一応の了承を取ったとしても、今回の件は拓也側に落ち度があったと思っているし、油断していなければ避けられたことでもあったと思う。
「結果論としてはそうだったかもしれないけどさ、巻き込んだことは事実だし、思うところもあるんだよ」
「そんなに重く捉えなくてもいいのに……。それはともかく、ここからはお出かけ再開なんだから、早く行こう? 舞阪くんと真衣と喋ってたら結構時間も経ってるでしょ?」
そう言われて店の壁にかけられている時計を見れば、時間は午後の二時過ぎ。
フードコートに入ったのが十二時ほどだったので、体感ではわかりづらいがそれなりの時間あそこにいたらしい。
唯の言う通り、帰りが遅くなってもいけないので暗くなる前には店を出るつもりでいる。
なので残りの時間で楽しめそうな場所となると………
「…ねぇ、あそこってもしかしてゲームセンターかな?」
「ん? そういえばこの辺りにゲーセンがあったんだな」
示す先には轟音だと錯覚してしまうほどに大音量の音楽が鳴り響いているスペースがあり、さして珍しくもないゲームセンターがあった。
かなり人でにぎわっているようで、そのけたたましさは少し離れた俺たちの位置まで響き渡ってくる。
「ちょっと寄ってくか? いい暇つぶしになるだろうし」
「いいの!? 実は行ったことなかったから、行ってみたかったんだよね!」
「へぇ…。なら今日が初めての経験になるのか。それならめいっぱい楽しんでいかないとな」
初めてのゲームセンターに目を輝かせる彼女を見守りながら、その隣を歩く拓也の思考はある一点の不安に注がれていた。
あそこは一度その場の環境に慣れてしまった者にとっては大したことでもないが、かなりのボリュームで音楽が常時かけられている。
自分は幼少期から通っていたこともあって全く問題ないが、慣れない者……特に唯のような初心者にとっては不快に感じるかもしれない。
しかし、それを今も楽しみにしている彼女に伝えるのは野暮が過ぎる。
もし不快だったなら一度離れて休めばいいし、案外すぐに適応するかもしれない。
「…何とかなるだろ。心配しすぎだな」
「? 何か言った?」
「なんでもない。ほら、さっさと行こうぜ」
こちらを振り返って聞き返してきた唯の背中を軽く叩きながら、拓也も施設内に入っていく。
しばらく通っていなかったこの場所は、理由もなくわくわくとした高揚感を与えてくれた。
「…け、結構音が大きいんだね。耳の奥に響きそう……!」
「ま、最初は煩わしく感じるものだ。しばらくしたら体の方が順応してくるだろうから、それまでの辛抱だな」
両手で耳を押さえながら、ガンガンと店内に響き渡る音楽に眉をひそめている。
かつては拓也も同じ立場を味わっていたので気持ちはわかるが、慣れてしまった今となっては体感できない感覚でもあるので新鮮だ。
「このままでもいけそうか? あんまりうるさかったら店を出てもいいぞ」
「音は大きいけど、お店を出るほどではないかな。今もちょっとずつ耳は慣れてきてるし、いけるよ!」
「オーケーだ。適当に一周ぐるっと回ってみて、気になるものがあったら言ってくれ」
「はーい! …何があるんだろうな」
何があるのか見当もついていない唯と共に楽しむのであれば、まず口で説明するよりも実物を見てもらった方が理解もしやすい。
そう思って俺たちは、乱雑に並べられた台を見つめつつ、この空間を歩くことにした。
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