第三十一話 弁明タイム


「さて……詳しい話を聞かせてもらおうか」


 両腕を組み、まるで事情聴取のような空気を周囲にまき散らしながら、颯哉がこの現状への説明を要求してくる。


 避けられなかった遭遇を果たしてしまった後、颯哉と真衣は一度頭を落ち着けたいからと、昼食の調達も兼ねてその場を離れた。

 そう時間もかけずに料理を持って戻ってきた二人は俺たちの真正面に陣取る形で座り、唯は同級生と鉢合わせたことにまだ理解が追い付かないようだった。


「まず聞きたいんだがお前………秋篠さんと付き合ってたのかよ!?」

「違うわ!」


 いきなり何を言い出すのかと思えば、見当違いなことを大声でのたまった颯哉の発言を訂正する。

 状況証拠からそう思われるのも無理はないが、現実はまるっきり異なるのでそこは否定しておかなければならない。


「だってよ、男女が二人きりで出かけてる……。これはもう、デートでしかないだろ!?」

「…これがデートかどうかはさておき、出かけてたことは確かだよ」

「はぇー。いつの間にそんな仲になったの? 学校じゃ話す素振りすら見せなかったのに」


 真衣の疑問はもっともだ。

 だがそれを語るには、拓也の判断だけでは口にすることができない。


 こいつらに話してしまってもいいものか、隣に座っている唯をちらりと見れば、困ったように眉を下げたまま苦笑して頷いている。

 …こうなった以上、下手に言い逃れしようとしても無駄か。


「…ちゃんと話すよ。大体一か月前のことだけど……」


 そこからは俺たちが同じマンションに住んでいたこと。わけあって話す機会が生まれたこと。

 拓也の家事事情を見かねた唯が家に来て料理を作ってくれていることなんかを二人に話した。


 最初は大人しく話を聞いていた颯哉たちだったが、会話の流れが我が家に通い始めたところに差し掛かったあたりで口を挟んできた。


「ちょい待て。…秋篠さんは、拓也の家に通って料理とかをしてるんだよな?」

「う、うん」

「………それ、実質通い妻だよな?」

「!?」

「ぶふっ!」


 衝撃の言葉が飛び出してきたことで、唯は一瞬で顔を赤くし、拓也は吹き出してしまう。

 事実、そうとしか捉えられないことなので否定することもできず、精神に甚大なダメージを負っただけだった。


「秋篠さんが拓也のためにそこまでしてくれてたっていうのにも驚きだが、それ以上に拓也がそれを受け入れてたっていうのもびっくりしたわ」

「…唯は俺の悲惨な現状を改善するためにしてくれてるだけだし、そういうもんではないよ」

「いや、二人で出かけてる時点で仲が良いことはわかるし……名前呼びしてる時点でバレバレだからな?」

「………」


 弁明をするつもりが墓穴を掘ってしまった。

 こいつらの前では下手な証拠を出さないように気を付けていたのに……こんなところでボロを出すことになるとは。


「えーっと。私は別クラスだから関わりは薄いけど、秋篠さん……唯ちゃんて呼んでもいい?」

「へ? ゆ、唯ちゃん?」


 いきなり話題を振られたことと、話したこともなかった相手から愛称を付けられたことの二重の混乱で、学校で見せている様相を取り繕う暇もなくなっている。

 しかし唯ちゃんって、ほとんど初対面の女子に言うことではないような……いや、真衣ならやりかねんか。


「うん。それで唯ちゃんに聞きたいんだけど……拓也に脅されてるとかじゃないんだよね? 何か弱みを握られてるとか」

「おい、俺を何だと思ってんだ」


 何を言い出すのかと思えば、とんでもない風評被害がこちらに飛んできた。

 脅していることなんてあるわけがないし、そんなことをしてまで唯を引き留めようなんて考えたこともないのだ。


「拓也ならしないとは思ってるけどさ、こんな可愛い子が家に来て世話をしてくれるなんてもうそれしか考えられないじゃん?」

「さすがにそんなことはしてないって……」


 ぶっ飛んだ発想を持ってくる真衣に頭を抱えてしまうが、拓也が反論するよりも先に隣に居る唯が口を開いた。


「た、拓也くんはそんなことしないよ! むしろ私の方が助けられることが多いくらいで……」


 両手を合わせながら声を張り上げ、必死の主張をする唯。

 その剣幕は脅されていることないと信じさせるには十分なものだったようで、真衣も朗らかな表情を出している。


「…そっかそっか。疑ってごめんね! …それとさ、あともう一つ聞きたいんだけど、唯ちゃんはこんなやつのどこが良かったの?」

「こんなやつって……野暮ったいのは自覚してるけどさ」


 真衣に指をさされながら若干けなされたような気もするが、そこは拓也自身も認めているので反論もしない。

 だが唯が拓也のどこを気に入ったというのは……正直気になるところではあった。


「良かったところかぁ……。色々あるけど、一番は距離感を考えてくれてるところかな。私が居心地がいいと思ってる関係を考えて、その上で本当に困ってるときにはちゃんと手を差し伸べてくれるところとか……」

「…唯、ちょっと勘弁してくれ。俺が羞恥心でやられるから」


 唐突に始まった辱めに身もだえそうになるのを必死でこらえながら、それ以上はいけないと静止をかける。

 だがそれと同時に、唯の真正面にいた真衣が席を立ちあがり、机を回り込んで隣までやってきた。

 一体どうしたのかと思っていれば、不思議そうに見上げていた唯に向かって……全力で抱きつき始めた。


「もー! 唯ちゃん可愛すぎるよ! 何でこんなに良い子なの!?」

「むぐっ!? お、小倉さん!?」


 小柄な唯に対して真衣の身長は平均的だが、彼女と比較してしまえば相対的に大きく見える。

 胸にすっぽりと収められた唯が息苦しそうにもがいているが、微塵も放すつもりがない真衣の拘束からは抜け出せなさそうだ。


「小倉さんなんて他人行儀で呼ばなくていいよ! 私のことも真衣って呼んで?」

「え、えっと……真衣?」

「……ダメだ、可愛すぎ!」

「ちょー!? 放してくれないの!?」

「ごめんね! あともう少しだけこうさせて!」


 名前呼びをしたことで興奮の度合いが振り切れたのか、さらにハグの密着度を高めていく。

 その様子を遠巻きに眺めることになった拓也と颯哉は、少し微妙な雰囲気になりつつも会話を続ける。


「…あれはどうにかならないのか? 彼氏なんだから止めて来いよ」

「ああなったら俺にもどうにもできねぇよ。気に入ったものに対して真衣がどうスキンシップを取るかなんて、お前も良くわかってるだろ?」

「そこは『俺が何とかしてやる!』くらい言ってほしかったんだがな……」


 拓也も元気が取り柄の真衣が暴走し始めたら手のつけようがなくなることは理解しているが、こうも激しく触れ合うなんて思ってもいなかった。

 唯が本気で嫌がっていないことはなんとなくで分かるので無理やり引きはがすことこそしないが、そうでなければ強引に引っぺがしていたところだ。


「どちらにせよ、真衣が落ち着くまではこのままだろうさ。俺たちは美少女同士が仲良くしてるのを、眼福とでも思いながら見てようぜ」

「そんなどっしりとして見れる自信が無いんだが……分かったよ」


 タイプが違えども、唯も真衣も相当なレベルで見た目が整っていることは確かだ。

 活発形の美少女である真衣と、気品さえ感じさせる唯。

 この二人が絡み合っている絵面は確かに人目を引きつけるが、状況が状況なだけに腰を据えられそうもなかった。




「いやはや、まさかこんなにも唯ちゃんと絡める時が来るなんて思ってもなかったから、テンション上がっちゃったよ!」

「うぅ……。ひどい目に遭ったよ」


 ようやく満足がいったのか。唯を手放した真衣はどこか肌を艶々とさせて席に戻る。

 そしてそんな真衣にもみくちゃにされていた唯は、慣れないコミュニケーションに戸惑いながらも学校では見せない素を出していたので、それなりに楽しんでいたのではないだろうか。


 無論、抱きつかれたことで真衣に対する警戒心は上がっていそうだが。


「お前の接し方は初対面の相手にやるもんでもないんだから、少しは自重しろよ……」

「それは無理な相談だね! だって学校じゃあんなに綺麗な雰囲気出してる子が、可愛い反応してくれるんだよ? これはもう思いっきり絡むしかないよ!」


 それをしたことで当の相手からは距離を置かれそうなもんだが、真衣自身はそんな些細なことを気にせずに距離を詰めていくタイプなので意味もないか。


「でも、確かに学校とは雰囲気違ったよな、秋篠さん。こっちの方がちゃんと感情出してるっていうか」

「あっはは……。学校だとどうしても気を張り詰めちゃうから、そう見られるのかもね。もう二人にはバレちゃってるし、今更だけど」

「ぜんっぜんそっちの方がいいよ! こう言っちゃあれだけど、学校の方じゃ近寄りがたい空気があったのにそれも感じないし、何より可愛い!」

「お前はもう少し声量を落とせ」


 取り繕った姿が見慣れてしまっている颯哉と真衣が、唯の素を見てどう思うのかは若干不安ではあったが、好意的に受け止めてもらえたようだ。

 今では家で見せる雰囲気を押さえずに二人と話しているし、彼女自身もここで誤魔化しても意味はないと思ったのだろう。

 あと真衣、そんなに騒いだら周りの人たちに見られるだろうが。


「何でそんなことしてるのか……っていうのは聞かない方がいいか。無理に聞き出すようなことでもないだろうしな」

「…うん、ありがとう」


 颯哉も学校と家とで態度を使い分けている唯に疑問を覚えたのだろうが、そこは踏み越えてはならないラインだと理解したのか、特に掘り下げずに引き下がる。

 他人にも言えない事情があることは伝わったのだろう。そしてそこは触れてほしくないことだということも。

 拓也も未だに聞けていない事情ではあるが、それを聞くのは唯から話してくれた時だ。こっちとしては強引に引き出したい話題でもない。


「俺としてもそっちの方が接しやすいしな。今更取り繕った態度で来られても違和感しかなさそうだし」

「…拓也くん相手にはもう態度変えたところで意味なんてないし、恭しい感じなんて嫌でしょ? ……それとも、他人行儀な方がよかったりする?」

「まさか。そんな事されたら、何か気に障ることでもやったのかと思って謝罪一直線だよ」


 しゃんとした姿勢や振る舞い、そういった素振りも彼女を作る面の一つではあると思うが、やはり見慣れないというイメージが真っ先に来る。

 家で見かけるとろけるような甘い笑顔こそが拓也にとっての唯であって、それ以外は彼女の枠に当てはまらないように思えるのだ。


「うふふ、それなら家ではこのままでいようかな。そっちの方が気が楽なんでしょ?」

「それもあるけど、そっちが一番唯らしいしな。似合ってると思う」

「………ほんと、そういうところだよね」


 なぜかムスッとしてしまった唯に困惑させられるが、少なくとも不快になったようではないので時間も経てば機嫌も直してくれるだろう。



「…この会話、どう見る、颯哉?」

「ふむ、見た感じ付き合いたてのカップルにしか見えんが、そっちはどうよ?」

「どう見てもバカップルだね。私たちが言えた義理じゃないけど、いつの間にか二人の世界を作ってるのもわかってないんだろうな」

「…だよなぁ」


 なお、真正面でぶつぶつと話し合っていた颯哉と真衣の会話は俺たちの耳には入ってこなかった。

 …ただなんか、ものすごく失礼なことを言われていた気がする。

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