第三十話 偶然の邂逅
カーディガンを購入して出てきた唯と合流し、次はどこへ向かおうかと話し合っていると、時間帯もちょうどよかったので昼食を取ることにした。
このショッピングモールの三階にはそれなりの規模のフードコートも用意されており、それだけではなくカフェやレストランなんかも充実している。
選択肢に困ることはなく、そのうちのどれに行こうかと悩んだが、最終的にフードコートで済ませることにした。
「わぁー…! 混んでるね…」
「昼時だしな。家族連れも多いしこんなもんだろ」
「でもこれ、席空いてるかな?」
飲食店が押し並べられたスペースは昼時なので人混みで溢れかえっており、とてもではないが座れる場所など見つけられそうにもない。
しかし、まだ全ての座席を確認したわけでもないので、一通り歩いていけばいずれ空いている場所もあるだろう。
「とりあえず席だけ確保しよう。…はぐれないでくれよ?」
「はぐれないよ! また子ども扱いしてー!」
「痛い痛い! 悪かったから叩くのは勘弁してくれ」
頬を膨らませながら背中を叩き、怒りを表現する唯を人にぶつからないように後ろで歩かせながら、拓也も周辺を見渡す。
土曜の休日効果を舐めていたわけではないが、これほどまでに混むとは予想していなかったので、少々甘く見すぎていた。
これで落ち着ける場所が無ければ他のレストランなり何なりに移動するしかないが、それでは時間もかかるし唯とて歩き続けで少しは休みたいはずだ。
さらに待たせてしまうのは避けたいところだが……
「あ! あそこ誰も座ってないんじゃないかな? ほら、あの隅っこの席!」
「隅の席……。お、本当だ。あそこにするか」
唯の指さした先を見れば、壁に沿った四人席が丸々空いていた。
こちらは二人なのでその分を無駄に埋めてしまうのは申し訳ないが、ほかに腰を落ち着けられるところもないので、使わせてもらおう。
「ふー…。やっと座れたな」
「こんなに混むとは思ってなかったからね。これじゃあレストランの方もすごいんじゃないかな?」
「今がピークだろうしな……想像もしたくないけど」
こうして無事に座席も確保できたため行く必要はなくなったが、候補にも挙がっていたその他の飲食店も今頃は戦場と化しているだろう。
従業員の方々含め、忙しく働いてくださる人たちには頭が上がらないな。
「何食べようかな。お店もいっぱいあるけど、どれにしようか迷っちゃうよ」
「俺はここにいるから、適当に探して来ても……やっぱり一緒に行くか」
言いかけた途中で飲み込んだが、唯を一人で行かせるのは不安でしかない。
この混雑具合でこいつの身長では人波に飲まれていく可能性が大だし、自分もついていった方が何倍も安心できる。
「なんか今、そこはかとなく失礼なこと考えられたような……」
「考えすぎだよ。ほら、昼飯探しに行こう」
「…あとでしっかり聞かせてもらうからね」
彼女の直感の鋭さに慄きつつも、確保した机に適当なハンカチでも置いていく。
これで誰かに取られてしまうこともないだろうし、少し離れていても大丈夫だろう。
憂いもなくなった俺たちは、気になる店を眺めながらそれぞれの昼食を選びに行くのだった。
十数分後。
お互いに別々の店で購入することになり、店を決めた段階で別れることになったが、特に迷うことなく席まで戻ってこれた。
戻ってきた拓也が手に持っているのはカツカレー。普段は積極的に食べるほど熱心なカレー好きというわけでもないのだが、つい見かけた際に無性に食べたくなってしまった。
こういう機会でもなければ食べることもないし、トッピングとして乗せられたカツも作ろうとなると手間もかかる。
たまの贅沢とでも思えば悪くはない。
「唯は……まだ戻ってきてないのか」
きょろきょろと近くを見回しても、まだ帰ってきてないようで姿は見えない。
自分の分は運び終わったし、唯が寄っていた店は分かっているので付き添いついでに見てこようか。
そう思いカレーを乗せていたお盆を机に乗せ、探しに行こうとした時…聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あれ? 拓也じゃん。こんなとこで何してんだ?」
「おぉ、ほんとだ! 偶然だね」
「……颯哉と真衣?」
振り返れば、そこにいたのは自らの数少ない友人である颯哉と真衣。
まさかいるはずもないと思っていただけに油断しており、一瞬頭も空白になりかける。
「…よくわかったな。こんな混雑してる中で」
「俺たちも遠くからじゃわかんなかったけどな。アレ? と思って近づいてみたらそれが拓也だったんだから驚いたぜ!」
「そうそう。それになんかいつもと違っておしゃれしてるし……はっ! もしかして彼女と!?」
まずい。この展開は予想していなかった。
そもそも唯との遊びにこの場所を選んだのは、学校から位置が離れていることと、同級生と遭遇するリスクが低いと見積もっていたからだ。
それに加えて、拓也も多少なりとも髪型を変えることで印象を変え、ばれることを極力避けるようにしていたのに……ここで彼らと出会ってしまうとは。
「マジか!? なんだよ拓也、水臭いじゃねぇか…。言ってくれれば俺たちだって気を使ったのによ!」
「…彼女なんてできてないし、ここには別のやつと来ただけだ。お前らこそ、何でここにいるんだ?」
「私たちは普通にデートだよ? テストも終わったし、そのガス抜きにね!」
できる限り話題を逸らしてこいつらをこの場から離そうとするが、健闘も虚しくなかなか離れる様子はない。
こうしている間にも、唯が戻ってきてしまうかもしれない。
そんな焦りばかりが蓄積し、拓也の神経をすり減らしていく。
「実は俺たちも昼だし何か食べようと思ってたんだけどさ……この混み具合だし、空いて無くてな。…拓也、良かったら相席させてもらってもいいか?」
「……相席か」
どうやら颯哉たちもここに昼食を取りに来たようだ。
それ自体はおかしくないが、如何せん状況が悪すぎる。
…ここで取るべき選択肢は間違いなく断ることだが、それも易々と実行ができない。
これで理由もなしに颯哉たちを引きはがせば色々と邪推されることは確実だし、正体を明かしていない遊び相手のことまで探りを入れられたらいよいよ誤魔化しがきかなくなる。
なので適当な理由を付けて別の場所を探してもらうのが一番なのだが……あいにく、その理由もこの切羽詰まった思考では思い浮かばない。
煮え切らない態度の俺に対して真衣なんかは薄々何かを隠したがっていることには勘付いているだろうし、時間稼ぎももう限界に近い。
「なーんかおかしいね。そんなに迷うことでもないだろうし……拓也、私たちに何か隠してる?」
「…っ! …そういうわけじゃないが、まだ付き添いのやつに確認が取れてないからな。何とも言えないんだよ」
「その付き添いの子も気になるんだよね。…その子って、私たちにも言えない相手なの?」
徐々に怪しさを感じ取ってきた真衣に言い寄られ、隠蔽もそろそろ無理か。
だがここで諦めるわけにもいかない。
彼女との関係をばらさないためにも、口にするわけにはいかないのだ。
「なんだかよくわからんが……相席は厳しい感じか?」
「なら一旦、俺が相手に確認を……」
「ごめんねー! お待たせ!」
何とか弁明を試みようとした時、大量の人の中からも聞き分けられるよく透き通った声が響いてくる。
それを聞いた颯哉と真衣は声を発した人物の方へと振り返り、拓也はどうしようもならなくなった現実を悟ってしまった。
「結構混んでて時間かかっちゃって………って、あれ?」
「は? 秋篠さん?」
「え、本当に?」
三者三様の反応を見せ、それぞれが想像もしていなかった相手がいることに目を丸くする。
そしてその邂逅を目の当たりにした拓也は、顔に手を当て天を見上げるのだった。
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