第二十九話 彼女とファッションと


 予想もしていなかったナンパをされるというアクシデントを経験した直後に、唯と名前呼びになるというイベントこそあったが、それ以降は特に何もなく。

 改めて合流を果たした拓也は、唯の恰好に目がいった。


 学校帰りや休日ではラフな服装を好む唯だが、今日に限っては一段と魅力が引き上げられたおしゃれをしてきていた。


 夏本番ということもあって涼しさを感じさせる薄手のブラウスは、彼女の健康的な白い肌を強調してきているし、それに合わせられたベージュのロングスカートも爽やかさを格段に増加させている。

 唯のいる場所を切り取るだけでも、何かの映画のワンシーンのようだと思えてしまうくらいには似合っていると断言ができてしまう。


「…その服装、よく似合ってるな」

「そーう? えへへ、結構悩んできたから不安だったんだけど、そう言ってもらえたなら選んできた甲斐があったかな」

「素材がいいのももちろんだけど、ブラウスとスカートで唯の愛らしさが引き出されてるからな。こんだけ整ってる相手がいたら、俺が嫉妬心で周りに殺されそうだ」

「うふふ。それは言いすぎだよ」


 謙遜するように唯は言うが、決して言い過ぎなんかではない。

 現にこうしている間にも、周りからの視線は凄まじいほどに集められており、その大半は美少女である彼女に集約されている。

 そしてその付き添いである拓也の方を見て、なぜあいつが……という類の念が込められた視線もビシビシと感じている。


 正直今にも腹に穴が開きそうなくらいには周囲の目が痛いが、唯と遊べるのなら役得だとでも思って甘んじて受け入れよう。

 唯本人はこの視線の物量を何とも思っていないようだし、やはり美人は見られることにも慣れているのだろう。


「早く行こうよ! あんまりのんびりしてると時間も無くなっちゃうよ!」

「そんなに急がなくても店は逃げないぞ。転ぶと危ないから走るなよ」


 目を期待で輝かせた唯の後を追いながら、拓也も店に入っていく。

 子供のようにはしゃぐ姿を見ると先ほどの雰囲気が嘘のように思えてくるが、それもまた魅力と感じられてしまう。


 はぐれてはいけないので走らないように伝えながら、唯の隣を歩く。

 見るからにご機嫌な表情を全面に浮かべている顔を視界に入れると照れくささも湧きあがってくるが、今日の遊びを受け入れて間違いではなかったとも思った。





     ◆





 ショッピングモールに入って二人が向かったのは、女性ものの服が売っているアパレルショップだった。

 特にこれといった予定もなく巡るつもりだったので、店先に出ていたマネキンを見て興味を示した唯の要望を聞いて入ったのだ。


「むむむ……これも可愛いけど……こっちもいいなぁ……」

(…女子の買い物は大変だな)


 しかめっ面になりながら商品を厳選しているところを見ると、やはり彼女も一人の女の子なんだということを実感させられる。

 少しでも納得のいくものを見つけようと躍起になっているのは見ていて微笑ましいし、それが唯のような相手ならなおさら。


 女性ものを販売している店なので、拓也も若干の居心地の悪さを感じなくもないが、こういった買い物に付き合うのは嫌いではない。

 昔は母親に連れていかれて付き添いを強制されることなんてザラだったし、その時に長時間の物色には慣れてしまった。

 …今も自分たちに突き刺さる温かい視線を除けば、の話ではあるが。


 女子同士でこういった店を訪れるならともかく、男女で来るなんてそれこそカップルでもなければないことだろうし、俺とてそう思っている。

 傍目には関係にしか見えない俺たちは、微笑ましく見守られる対象なのだろうな。


「うーん……どうしよっかな……」

「…その二つか? どっちも良さそうだがな」


 何かを決めあぐねている様子の唯に声をかければ、どうやら購入するかどうかを悩んでいるところ。

 そんな唯の手にあったのは、物色する中でも彼女に特に似合いそうなものだった。

 片方は生地は薄めだが、その分コーディネートに合わせやすそうな白のカーディガン。ふわふわとした肌触りは着心地も良さそうなものだ。


 もう片方は、薄いピンクが主役のブラウス。

 シンプルなデザインだが、フリルなんかもついており唯の愛らしさを活かすにはもってこいだろう。


「どっちも良いから迷っちゃうんだよね。さすがに二つも買おうとは思えないし、悩んじゃうよ」

「唯ならどんなものでも似合うだろうしな。素材が良すぎるのにも悩みどころはあるもんだ」


 例えばこれが俺であれば、自分に似合うものなんかはなんとなくで分かる。

 あまり派手派手しいものが合わないことは一目で理解できるし、可能な限りシンプルなものの方が自分の好みにも合致しているから、そういったものを探せばいい。


 しかし唯の黄金比ともいえる美しさは、それがどんなものであろうとばっちりとかみ合ってしまう。

 それはメリットでもあるのだろうが、こうして何を選べばいいのか苦戦しているあたり、得ばかりともいかないようだ。

 そのことを素直に口にすれば、なぜかジト目で見られていた。


「…そういうことをサラッと言うのはずるいと思う」

「何がだ」

「何がって……もう! なんでもない! ちょっと試着してくるね!」


 正直に思ったことを言っただけなのだが、そのどれかが唯の琴線に触れたようでそのまま試着室に直行してしまった。

 そんな焦って行くこともないだろうに……。


 試着室のカーテンを閉め切り、商品の試着を始めたので俺も試着室の前で待機しておく。

 カーテンを閉める直前に見えた彼女の顔はほんのりと赤らんでいたが、そこまで照れることだろうか。


 そんなことを考えながら店内に置かれていた椅子に腰かけ、試着が終わっているのを待っていると、冷静に自分の置かれている状況を振り返ってしまった。

 先ほどまでは唯と共にいたため不自然さはなかったが、こうして待っている間は拓也一人だ。


 別にだからどうしたという話でもないが、こうして女性ばかりの店で男一人でいるというのは……場違い感が格段に増している気がする。


(…早く終わるといいな)


 さっきは長時間の買い物の付き添いも苦ではないと言ったが、前言撤回。

 さすがにこの状況は一人では、身が縮こまる思いだった。




「こっちはどうかな? 変じゃなかった?」

「どっちも似合ってたぞ。全然変でもない」

「…なんか疲れてる?」

「……気のせいだ」


 やっとの思いで二着の試着が終わり、わざわざ着ているところを見せてもらった後で着替えも済ませ、試着室から出てきた。

 拓也も表には出さないように注意はしていたが、隠し切れない疲労感が滲み出てしまったようで心配されてしまった。


 …まさか店員の人に話しかけられるとは思わなんだ。

 そりゃ男一人で待ちぼうけていれば不審に映るのかもしれんが、あれは焦った。


 だがそれも終わったことだ。今は唯の方に集中しよう。


「こっちもいいと思うんだけどなぁ……拓也くんはどっちがいいと思う?」

「え、俺か?」

「うん。こういうのは男の人の意見も参考になると思うんだ!」

「…そうだな。どっちかと言われれば……」


 唯が手に持っている二つの服。どちらも毛色は違うが、実際に着用した姿を見た限りは遜色などなかった。

 それを着て街を歩けば十人中十人が思わず振り返ってしまうと断言ができるくらいには見事に着こなしていたし、甲乙もつけがたい。


 それに俺にはファッションセンスなんてほとんどないから、参考にしたいとは言われてもこちらの意見なんて役にも立たないと思うんだが……。

 何かを待ち望むようにわくわくと身構える唯の態度を見てしまえば、真剣に考えざるをえない。


 といっても、小難しいコーディネートなんかもわからない分際であれこれ言っても意味などないし、純粋にこっちの好みで選んでしまおうか。


「こっち、かな。その方が唯に合ってると思う」

「へぇ……こっちか。ならこれ買ってきちゃうね!」

「ん? あんなに悩んでたのに、そんな簡単に決めちまっていいのか?」

「いいの! せっかく二人で遊びに来たんだし、それなら自分だけで選んだってつまらないでしょ?」


 拓也が選んだのは白のカーディガン。ブラウスも良かったが、なんとなくそっちの方が唯の清純さが際立つように思えたため選んだが、それを聞いた瞬間に購入することに決めたようだ。

 随分と迷っていた様子とは打って変わって、あっさりと買うことを決めた彼女に驚くが、どうやら今日の思い出も含めて買うことにしたらしい。


 それで本人が納得しているのなら言うことはないが、どことなく拓也の意見を重視していたため、気になってしまう。


「買ってくるから、外で待ってもいいよ! …お店にいるの、大変でしょ?」

「…ばれてたか。お言葉に甘えさせてもらうよ」


 レジに向かう直前に耳打ちをしてきた唯の言葉に苦笑してしまう。

 上手く隠せていたと思っていたのだが、それもお見通しだったわけだ。


「無理しなくてもよかったのに……。でも、ありがとね!」

「はいよ。そんなら外で待ってるから、焦らずに来てくれ」

「はーい!」


 元気よく返事をした彼女に背を向けて、店の外に出る。

 さっきまでの空気とは一変して、賑やかな喧騒が満ちているモールの中はどこか落ち着くものだった。

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