第二十七話 出かける約束


 あと数日まで迫った定期試験の日々はあっという間に過ぎてゆき、テスト本番の日々も怒涛のように流れていった。

 一通りこなした感想としては特に大きな問題もないといった感じか。拓也からすればつまずく箇所も少なかったので、少々拍子抜けではあった。


 しかしこの余裕も教師を務めてくれていた唯の力があってこそのものだと分かっているので、あまり調子に乗ることはしない。

 調子に乗れるのは今回の糧を明確に自分の力に変えられた時であり、それまでは借り物の知識でしかないのだ。


 ともかく、想定外のトラブルもなく終わった試験は幕を閉じ、残るはテスト返却のみとなった。

 むしろ彼らにとってはこれからが本番と言えるかもしれないが、自分たちにできることなどあとは祈るくらいのものだ。


 やってきてしまったテスト返却の日も、周りのクラスメイト達は固唾をのんで自分の番が呼ばれるのを待っている。

 当然拓也もほどほどに緊張はしているが、どちらか言えば手ごたえを感じていた結果への期待感の方が高いくらいだ。




「…んで、気になる結果の方はどうだったんだよ」

「悪くなかったよ。復習の効果も出てたし、これなら文句もない」


 全ての科目から結果が出された後、拓也と颯哉はお互いの点数を教え合っていた。

 まず、拓也のテストは平均が七十点台という嬉しい結果だった。

 まさかこれほどまでに解けるようになるとは思っていなかったので、自分でも返された瞬間には驚いてしまった。


 これならば両親にも大手を振って報告ができるし、成績面で心配をかけさせることもなさそうだ。


「肝心のお前はどうだったんだよ。随分と自信ありげだが、よほどの得点だったのか?」

「ふっふっふ……。よくぞ聞いてくれた! これを見ろ!」


 バン!と勢いよく机に広げられたテスト用紙の束。

 その一枚一枚を確認していくと……さほど高いともいえない点数が刻まれた解答用紙があるだけだった。


 大体全てを総計して考えれば、平均は四十点台という感じか。

 …何でこの点数で自信満々なんだ、こいつは。


「…これ、そこまで高くないだろ。そんなに誇れることか?」

「いやいや。優等生のお前にはわからんかもしれんが、俺にとっては赤点を回避できただけでもすんげぇことなのさ! これで親に叱られなくて済む!」

「………」


 拓也が想像していたよりもはるかに目標のハードルが低かったことに、内心溜め息が漏れてしまう。

 颯哉が赤点を回避できたくらいで大喜びをしている点もそうだが、あれだけ教えてやったというのにどうして点数がこれほどまでに低いのか。


 …理由は分かり切ったことか。

 俺との勉強会の翌日に颯哉は真衣と勉強という名目の遊びに行っていたし、その時にでも内容のほとんどを忘れでもしたんだろう。

 拓也の労力のほとんどが無駄に終わった形になってしまったが、当の颯哉は満足げだし、別にいいか。


「これで補習も受けずに済んだし、もう少しで夏休みだ! 遊びまくってやるぜ!」

「補習……そういやそんなんあったな」


 自分には関係のないことだと割り切っていたため意識もしていなかったが、確か試験で赤点をいくつか取ってしまうと夏休み中に補習が待っていたのだった。

 夏休みの全てを埋め尽くされるわけではないが、せっかくの長期休みに学校に来るなど面倒極まりないし、それが勉強のためともなればなおさら。


 まぁそれも終わった話だ。

 定期試験が終わった今、あと一週間ほどで夏休みに入るし、そこでは存分にのんびりと過ごせるだろう。


「あんま羽目外しすぎるなよ。テスト範囲もちゃんと復習しておかないとあっという間に忘れていくんだからな」

「この真面目野郎め……」


 あえて歓喜に満ち溢れている颯哉の空気に水を差すようなことを言ってやれば、ジト目で見つめられた。

 別に間違ったことは言ってないだろうが。





     ◆





 自宅。家に帰った後で唯と一段落してゆっくりと過ごしていると、彼女から話題を切り出された。


「ねぇねぇ! 原城君はテストどうだった? 聞いてもいい?」

「かなり良かったよ。全部平均点は超えてたし、これも秋篠のおかげだ」

「そっか! でも頑張ったのは原城君なんだから、ちゃんと自信もっていいんだよ?」


 俺の結果を正直に言ってやれば、彼女はそれが自分のことかのように喜んでくれた。

 こういう反応は周りの者達からは得られないし、それは拓也にとっても嬉しく感じるものだ。


「秋篠の点数は聞いても大丈夫か? 無理にとは言わないけど」

「ふふふ。私はねえ……このくらいだったよ」

「これって……っ! まじか! すごいな!」


 鞄から取り出された用紙を手渡され、ザっと拝見させてもらえば、その結果の高さに驚かされる。

 どの教科も八十点を下回っているものは一つとしてなく、ものによっては九十点を超えているものもザラ。

 最高得点では九十八点のものまであり、もはや自分の目を疑ってしまうレベルだった。


「こりゃまたとんでもないもんを見せられたな……! 相当なもんだよ」

「今回はかなり気合いを入れてたからね! かなり力も入ったし、過去最高得点だったかな!」


 ここまでの高得点を出せば、それは胸を張るのにも納得だ。

 学年でもこれだけの点数を出せる者は片手の指にも満たないだろうし、どれだけ努力してきたのかが窺える。


「それで、あのね…? 頑張って高得点が取れたから、その……」

「あぁ、お願いを聞くって話だろ? 忘れてもないし、こんだけの結果を出されて約束を破ることなんてしないよ」

「うっ、うん!」


 もじもじとしながらこちらの様子を窺い、何やら言いにくそうにしているのでもしやと思えば、テスト前にしていた約束の件だったようだ。

 今更反故にすることなんてないのでそう伝えれば、安心したかのように唯は肩を下ろしていた。


「そんで? 何をしてほしいんだ? 叶えられる範囲なら特に駄々こねるつもりもないぞ」

「えーっと……。…大丈夫、ちゃんと言うって決めてきたんだから」


 目を閉じながらぼそぼそとつぶやいているが、その内容が拓也に届くことはない。

 そしていざ、意を決してお願いを口にした。


「こ、今度! 一緒にどこかへ遊びに行ってくれない、かな……?」

「遊びにって……二人でか?」

「そ、そう! せっかく試験も終わったし、この間に遊びたいなーって。……ダメかな?」


 これは予想外だった。

 唯の願いというのも、せいぜいが家の中でできることだと思っていたのだ。


 どうするか……。

 二人で遊びに行くというのもできることなら実現させてやりたいし、拓也もこの誘いを嫌がっているわけではない。

 ただ問題視しているのは、万が一出かけている様子を学校のやつらに見られたらと思うと、素直に頷けないのだ。


 拓也はともかく、見た目が美少女である唯は当然のように人目を引くし、そこで注目されればこれまでのことがばれる可能性も高まるだろう。

 勇気を出して誘ってくれた彼女には申し訳ないが、断るべきだろうか。そう思って彼女を見れば、両手を合わせながら小さく震えている姿が目に入る。


 …こんなに期待させておいて、自分勝手に断るなんてありえないよな。


「いいよ。どっかに出かけにいこう」

「っ! ほんと!? 一緒に行ってくれるの!?」

「ここで嘘ついても仕方ないだろ? しっかり約束は守るよ」


 不安げな表情から一転し、満開の笑顔になった唯のコロコロと変化する起伏に富んだ感情表現は、見ているだけでも可愛らしく、これを見れただけでも誘いを受けた価値があったと思えた。

 他の連中にばれるかもってことも、俺の方で何とかしてしまえばいい。

 普段と容姿を変えていけばパッと見で学校での姿と結び付けられることもないだろうし、対策はいくらでもとれる。


 多少気を付けていけば問題もないだろう。


「遊びに行くのはどこかとかは決まってるのか? 秋篠の好きな場所で構わないよ」

「んーとね。近くに大きなショッピングモールがあるでしょ? そこに行こうかなって思ってたんだけど……どうかな?」

「あそこか。いいんじゃないか? かなり広いところだし、遊ぶにも事欠かないだろ」


 唯が指定してきたのは、拓也の家から一駅分ほど離れた場所にある飲食店や百貨店、アミューズメント施設までひとまとめにされている巨大な建物だ。

 一日中かけて回るのならこれ以上ない場所だし、学校からは真逆の方向でもあるので気楽に行けそうなところも良い。


「出かけるのは今度の土曜日でもいい? 予定は大丈夫?」

「特に用事もなかったし、それで問題ないよ。土曜日な」


 忘れないようにカレンダーにメモを残し、マークしておく。

 こうしてみると、颯哉と遊びに行くことはあるが女子と遊ぶことは今まで無かった気がする。

 真衣と出かけたことはなくはないが、あれは颯哉との付き合いでだったし、どちらかというと拓也が振り回されていただけだったので除外する。


 仲の良い女子と一対一で出かけるのは、先ほどまで気にもしなかったが……もしや、デートにあたるのでは?

 意識し始めた途端にとんでもないことが決まってしまったように思えてくるが、冷静に考えればそんなこともなかった。

 …自惚れすぎか。あいつも友人と遊びたくて誘ってくれただけなんだから、あんま邪な気持ちは持たないようにしておかないと。


「よし。なら後は土曜になるのを待つだけだな」

「うん! …楽しみだなぁ」



 ほんのわずかな不安と、大きな期待。

 そんな思いを抱えながら、二人は約束の日を迎えることになるのだった。

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