第二十二話 テスト対策


 色々とハプニングがあったあの日から数日。

 拓也と唯は今日も今日とて部屋で課題をこなしている。

 しかし前と違うのは、拓也はとっくに課題を終わらせているが勉強の手を緩めていないこと。


 唯が勉強に明け暮れているのならいざ知らず、普段はその日の授業の復習までで留めている拓也まで問題集に取り組んでいるのには明確な理由があった。


「もうすぐテストかー。大丈夫だとは思うけど、気が重くなっちゃうね」

「だな。そこまでひどい点数を取るつもりもないけど、やっぱり受けるからには高得点を狙っておきたいし」


 二人が勉強に明け暮れている理由は一つ。もうすぐで定期考査が実施されるからだ。

 定期的に行われるこの試験では、数字ではっきりと出される成績によって自分の学力もしっかりと目に見える形になる。


 拓也としては両親に無用な心配をかけさせるわけにもいかないので、下手に点数を落とすようなことは避けなければならない。

 日常的に復習を心がけた勉強は欠かしていないので大丈夫だとは思うが、それでも油断できる理由にはならない。


 それに対して、目の前にいる少女は凄まじいものだ。

 入学した瞬間からその頭の良さは発揮されており、授業内でも行われる小テストでは毎回高得点の常連と聞いている。


 関わるようになってからもその勤勉な態度はよく目にしており、予習復習を日課としている姿勢には尊敬の念さえ抱く。

 そんな彼女が熱心にテスト対策に取り組む様を見て、拓也が自分もここでやっていいかと申し出ると快諾をもらえた。


 要はちょっとした勉強会だ。

 学力としては上の下といったところの拓也が唯に教えられることなど皆無かもしれないが、その逆のパターンはとても助かるのでありがたい。


 教える側に回ってくれた唯に勉強の邪魔にならないかと問うと、「教えると私も覚えられるから助かっちゃうよ!」とのことだ。

 それならばこちらも、無理に遠慮をする必要もない。


 問題の解答とにらみ合いながらも、それだけでは理解の及ばない箇所に関しては唯の知識を頼る。

 そうすることでテスト範囲への理解力はめきめきと向上していき、以前にも増して学習の質が高まっていくのが肌で感じ取れる。




 集中して問題を解いていけば、あっという間に二時間も経過した。

 まだまだテスト対策は万全とは言い難いが、それでもこれまでの環境と比べれば格段に頼れる教師役がいることもあり、このままいけばいい結果が期待できるだろう。


「この部分は……すまん、秋篠。ここってどういう……ってあれ?」


 またもや自分の力量では理解しきれない範囲と当たってしまったので、共に勉強をしていた唯にアドバイスをもらおうと声を掛ければ、気づかぬ間に彼女は席からいなくなっていた

 机に勉強道具はそのままなので帰ったわけではないだろうが、どこに行ったのかと思えばキッチンから何か物音がしている。


「はいはーい! 休憩の合間にお菓子作ってみたから、良かったら食べてね!」

「そんなことしてたのか。ありがたく頂くよ」


 席を立って何をしていたのかと思えばお菓子作りをしていたらしい。

 唯が料理上手であることはとっくのとうに理解していたが、まさかスイーツにまで手を伸ばしているとは予想外だったため少し驚きでもある。

 だがあの技量を考えれば不思議なことでもないか。

 ここはこの好意に甘えておこう。


「これって……もしかしてスフレか?」

「そう! チョコも混ぜてあるから正確にはチョコスフレだけどね」


 机の真ん中に置かれた皿には丸々としたホールケーキのようにも見えるスポンジ生地がある。

 パッと見ただけならチョコケーキのようだが、その質感からスフレかと予想を口にすれば当たっていたようだ。


「原城君の家にオーブンがあったから、せっかくならと思って作ってみたんだ! …でも、全然使われた形跡が無かったんだけど使ってないの?」

「俺一人じゃオーブンなんて無用の長物だからな。凝ったものを作ろうなんて思わないし、そもそもそんな技術も知識もない」

「…堂々と言うことでもないと思うけど」


 呆れた目になりながら拓也を見てくる唯を気づかないふりしながら、キッチンを見る。

 意外かもしれないが、我が家では料理の設備がかなり充実している。

 備え付けられていたオーブンも然り、こちらに来るときに両親から押し付けられた電子レンジから果てはホームベーカリーという、一体いつ使うんだというものまで揃えられている。


 親からすれば一人息子の一人暮らしへの応援や不安もあって持たせてくれたのだろうが、こちらに住んでから一度も使用の機会が無かったためそれも無駄になってしまうところだった。

 結果として唯が活用してくれれば道具達も報われるだろうし、ぜひともフル活用してやってほしい。


「今はいっか。それより食べてみて! 結構うまくできたと思うんだ!」

「ありがとう。……美味い! 甘さもちょうどいいな」

「ふふふ。材料を調整したのが功を奏したみたいだね。私も食べよっと!」


 切り分けられたチョコスフレを一切れ分受け取り食べれば、その絶品さに舌をうならせてしまう。

 口に運んだ途端に溶けたのかと錯覚してしまうほどに淡い触感を持つスフレだったが、その後味は何とも繊細で完璧な余韻を残してくれている。

 店売りのものと比較しても遜色ないと断言でし、俺としてはそこいらの店のものよりも圧倒的に好みだと言い切れるくらいだ。


「食感もすごいな。どうやったらこんなにふわふわにできるんだ?」

「メレンゲの泡立てをちょっと工夫すればできるけど……そこはちょっとコツがいるから難しいんだよね」


 彼女の基準で難しいというのだから、それは相当に難易度の高いことなのだろう。

 そして、そんなものを勉強の休憩の合間に出してくれたことにも感謝しかない。


「疲れた体にも染みわたるな……。これでもっと頑張れそうだ」

「喜んでもらえたなら何よりだよ。全部は食べきれないだろうから、残った分は保存しておくね。好きな時に食べて!」


 笑顔で冷蔵庫に余ったチョコスフレをしまっていく唯の背中を見ながら、拓也は摂取した糖分によって再び回り始めた頭をフル回転させる。

 唯の手料理と甘味。この二つによって得られたやる気を無駄にしないためにも、問題集とまた全力で向き合うとしよう。




「うー…ん。少し集中力も切れてきちゃったねぇ…」

「お疲れさん。かなりの時間やってたし、それだけやればやる気も途切れるわな」


 途中で甘いものによる休息は挟んだが、その栄養も一時間もしたら切れてしまうようだ。

 大きく伸びをして椅子の背もたれに項垂れている様子は見ていて微笑ましいが、これ以上はやる気を出せるような何かが無ければ持続も難しいだろう。


「やらなきゃいけないことは理解してるから無理やりにでも頭は動かすんだけど、そうすると効率も落ちちゃうんだよね……」

「そこまでいってもまだ勉強しようとする辺りが大分偉いと思うがな」


 当たり前のように試験勉強を放り出さないところが唯の勤勉さを如実に示しているが、それももう少しで限界を迎えそうだ。


「そうだな……。それって、何か頑張ったことで報酬でもあったらやる気は出るのか?」

「そりゃあ出るよ! 人はご褒美があるのとないのとじゃ段違いだからね!」


 こんな状態ではまともに勉強にならないと思い、試しにご褒美があったら嬉しいかと聞いてみれば、やはりモチベーションは増すようだ。

 そうなれば、俺も一肌脱いでもいいだろう。


「なら、今度のテストで高得点を取れたら何か一つ願いでも聞いてやろうか?」

「……へ? い、いいの?」


 拓也のまさかの提案に目を丸くする唯だが、一度言ったことを撤回するつもりもない。

 あまりの無茶であればきついかもしれないが、拓也も彼女に勉強を教えてもらっている立場だ。

 その謝礼とでも思えば悪くないことだろう。


「俺なんかにできることなんてたかが知れてるけど、それでもちょっとした目標くらいにはなるかなって思ったんだが……やっぱりいらなかったか?」

「いる! いります! …でも、そんなに安売りしちゃっていいの? 何を頼むのかとか、制限とか付けたほうがいいんじゃ……」

「そんな無茶言うつもりなのか? 叶えられる範囲なら聞きはするけど……」

「そ、そんなことはしないけど! 嫌がられそうなら言わない方がいいかなぁって……」


 両手の指を突き合わせながら、いじらしくも拓也の意思を尊重してくれようとしてくれることはありがたいが、努力に対する褒賞くらいは遠慮なんてしなくてもいい。


「秋篠の言うことなら嫌がることなんてないって。内容はテストが終わる頃に教えてくれればいいから、ゆっくり考えておいてくれ」

「うん……。そういえば、高得点の基準はどうするの? 点数が何点以上、とかは決めておいた方がいいよね?」

「そんなに細かくしなくてもいいと思うぞ。秋篠にとって高得点だって思えればそれでいいだろ」


 これは唯の頑張りへの投資のようなものなので、特段点数にこだわっているわけではない。

 なので彼女の中でベストを尽くせればいいと思っていたのだが、若干呆れたような目を向けられている。


「……それって、どんな点数でも私が高得点だって言い張っちゃえばオッケーになっちゃうよね? そんなのでいいの?」

「お前ならそんなことしないだろ? それくらいはわかるよ」


 自分が不正をする可能性を危惧する唯だが、彼女ならば自分が納得できる点数でなければこの権利を使用することは考えないだろう。

 それを信じているからこそ、俺も提案したのだから。


「…分かった。絶対いい点数取って、原城君にお願い聞いてもらうよ!」

「やる気も出たみたいだな」

「うん!」


 すっかり意欲をみなぎらせた唯を見て、拓也も勉強に向かいなおす。

 テストが終わったころに何を要求されるのか未明のままだが、悪いようにはならないだろう。

 二人は目前の試験に身を引き締め、もくもくとペンを走らせるのだった。

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