第二十一話 初めてのゲーム


 唯のからかいを受けながらも勉強道具を片付け終わり、再び集中しだした彼女の姿を横目にして俺は机から立つ。

 授業の予習をしたくはないので静かにはしているが、このまま何もせずにいるというのも退屈だ。


 …少し時間もあるし、ゲームでもやるか。

 我が家には実家から持ち込んできたゲーム機が充実しているため、意外にも娯楽には困らない。

 あまり積極的に触る方ではないが、ちょっとした暇つぶしとして遊ぶことはあるので、いつでも遊べるように設定はしているのだ。


(何するかな……。一人でもサクッとできるものだとこのあたりだけど……)


 自前のゲームを眺めていると、適当な候補は絞り込める。

 ゲームといってもその種類は多岐に渡り、ただコントローラーを使って操作するだけのものから実際に体を動かして遊ぶものまで揃えられている。


 今回は後者では唯の気を散らしてしまうだろうからパスするとして、選ぶのであれば前者からだ。

 ジャンルもアクションからシミュレーションゲームなど、幅広く用意しているので殊更に迷ってしまう。


(こいつかな。のんびりやる分にはちょうどいい)


 いくつかの候補の中からぴったりのものを手に取る。

 それをゲームのハードウェアにセットし、電源を起動してやれば接続されているテレビに映像が映し出される。


 選んだゲームはアクションを題材としたもの。

 といっても別に敵を倒すことを目的としたものではなく、何もない世界を開拓して自分好みの環境を形作っていくシミュレーション要素も含んだタイトルだ。


 ゲームに没頭するのならもう少し別のものの方が適しているんだろうけど、こういった深く考えずに没入できるようなシリーズの方が俺は好きだ。

 以前に遊んでいた時の記録が残っているのでそれを引き継ぎ、音が漏れないようにヘッドフォンを装着して部屋が無音になるようにしておく。


 準備は万端。

 長く遊ぶつもりはないが、少しくらい羽を伸ばしてもいいだろう。




(もう少し素材が欲しいな。あそこまで戻って取りに行くか?)


 ゲームを始めてから数十分。

 画面内に出現した敵を倒しながら探索を進めている最中だが、不足したアイテムを補うために行動するかどうかを決めあぐねてさまよっている。


 しかし、ちらりと時計を見てみれば、もう少しで一時間が経過する。

 やりすぎたというほどの時間ではないが、ちょっとした息抜きでやったつもりだったので、ここいらが止め時だろうか。


(あと十分くらいしたらやめるか……ってうん? なんか背中にものすごい視線が……)


 キリのつくところまでやったらゲームは終わらせようと決めたところで、不意に背後から見られているような気配を感じた。

 今我が家にそんな視線を送ってくるような者は一人しかおらず、パッと振り返れば予想通り、唯がこちらを見ていた。


「もう予習は終わったのか? 暇だったら本とか読んでてもいいぞ?」

「あ、気になっちゃったらごめんね? 他の人がゲームやってるのってあんまり見たことないから……」


 やたらじっとテレビ画面を眺めているなと思えば、彼女にとってゲーム自体が馴染みのないものだったかららしい。

 あまり触れたことの無い者からすればこういったものが物珍しく見えるのも当然のことだろう。


 観賞するくらいのことは別に気にもしない。

 むしろ堂々と見てくれてもいいくらいだ。

 そう思ってテレビにくぎ付けになっている彼女を見つめていると、少しもじもじとした様子で拓也の方に視線を向ける。


「その……ゲームしてるところを見ててもいいかな? 邪魔はしないから!」

「それは良いけど……面白くもないと思うぞ? 自分でやるならまだしも、人がやってるところを見るだけっていうのは」

「ううん! すっごく面白い! 私じゃそういうのは不慣れだからできないし、見てるだけでも十分なくらいだよ!」

「そ、そうか。それならいいんだけどさ」


 こちらが気圧されてしまいそうな勢いでまくし立ててくる剣幕に圧倒されてしまうが、そこまで興奮してくれるのなら見せない理由もない。

 なので再びゲームを再開し、コントローラーを手に取ろうとすれば……ダイニングテーブルから移動してきた唯がソファまで移動してきた。


(あっ、そういやそうか。あそこからじゃ見えにくいもんな)


 失念していたが、テーブルとテレビは少し距離が離れている。

 ゲームをしているところを見るともなればそこからでは見えにくいし、ソファに座りに来るのは納得だ。


「お邪魔しまーす! えへへっ、こういうのわくわくしちゃうね!」


 拓也の真隣にぽすんと収まるように座ってきた唯。

 その座った衝撃ゆえか、彼女が隣に来たからなのか。かすかにふわっと漂ってきた異性特有の甘い香りに、困惑させられることになる。


「……! な、なぁ秋篠。もう少し横に行けないか?」

「え、どうして? これ以上はスペースもないし無理じゃない?」


 彼女本人はこの香りに無意識なのか、ソファに置かれていたクッションを抱きかかえながらこてんと首を傾げている。

 しかし拓也からすればそれどころではない。

 今も漂い続けている甘い匂いに脳がくらくらとしてくるようであり、正直こんな状態でゲームができるのかどうか不明なくらいだ。


 けれどこんなことを唯に直接言うことなんてできないし、自身の匂いについて言及されるなんて下手すればセクハラ案件だ。

 …俺が耐えるしかないな。



 そこからは、ワンアクションを起こすごとに目をキラキラとさせながら盛り上げる彼女のリアクションを見ながらも、この香気を意識しないように神経を尖らせることになる。

 生殺し。そんな表現がぴったりと当てはまるようなシチュエーションをたっぷりと三十分程味わったところで、ようやくお開きとなった。


「いやー面白かったね! …ってどうしたの? そんなに疲れて…」

「…気にしなくていい。単に俺が馬鹿なだけだ」

「?」


 発言の意図が分からず頭に疑問符を浮かべているが、そこに構ってやれるほどの余裕がない。

 …いやはや、本当に疲れた。

 何せ拓也の突出して上手いとも言い切れない腕前に対して、彼女は一挙手一投足をこなすごとに褒めちぎってくるのだ。


『今のどうやったの!?』だったり、『こんなに上手くできるなんてすごいね!』だったり。

 一つ一つのリアクションに手放しの称賛が込められていることが良くわかってしまうため、その気恥ずかしさもレベルが違った。


 さらに彼女の言動は全身の動きにも表れており、少しピンチに陥るだけでも盛り上がりがピークに達したかのようにこちらに体を近づけてくる。

 その際に不可抗力とはいえ肌が接触することもあり、彼女の滑らかな白肌が………やめておこう。


 これより先に進むと変態的な思考まっしぐらだ。

 本人はゲームに夢中で気づいていなかっただろうし、唯の名誉のためにも記憶から抹消しておいた方がいい。


「…楽しんでもらえたならそれでもいいけどさ。やっぱこういうのは自分でやってなんぼだし、今度秋篠もやってみるか?」

「え? でも私、原城君みたいに全然上手でもないけどいいの?」

「そんなこと関係ないって。上手い下手に関わらず、好きにやればいいんだよ」

「そ、それなら……ちょっとやってみたい、かな?」


 瞳を輝かせながら見守る唯を見ていて思ったが、時折少し羨むような感情が垣間見えた。

 彼女に聞けば否定されるだろうが、その直感を信じて提案してみれば戸惑いつつも了承をしてくれた。


 見ている中で我慢させてしまっていたなら、申し訳ないことをしてしまった。

 これからは唯の様子にももう少し気を配った方がいいだろう。


「なら今度、良さそうなゲームを見繕っておくよ。今日は少し時間も遅いし、一つやるにしても時間がいるからな」

「えっへへ。楽しみにしておくよ! でもそっかぁ…。もうそんな時間……じか、ん?」


 拓也が壁にかけてある時計を確認してそう言うと、何か違和感を感じたようで、ギギギッ…と錆びた音がしそうなほどにぎこちなく動いた唯が現在時刻を見る。

 そこに刻まれた針が示すのは十九時と三十分。窓の外はどっぷりと暗くなっており、遊びに夢中になっている間に時間が経ってしまったのだろう。


 そしてそれによる最大の問題は……まだ夕食の準備に手を付けていないことだった。


「わわっ!! 急いでご飯の準備しなきゃー!!」


 慌ててソファから飛び降り、キッチンへと駆け込んでいく。

 そのあまりの速度に呆然としてしまうが、それと同時に浮かび上がってくる微笑ましさに頬をほころばせながら、手伝いのためにキッチンへと入っていくのだった。

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