第十三話(1,807文字)

引き戸を開けると大きなベッドがあった。


ドアを開けたアカネに気づいたナオは、そのベッドで上体を起こし、アカネへ手を小さく振った。

「ありがと、毎日来てくれて」

とナオに言われたのにアカネは笑顔で返すと、そのベッドの横にある丸椅子に座り、持ってきた紙袋の中身へ手を伸ばした。

「持ってきましたよ、シロちゃん。」

とアカネは言うとその紙袋の中から、白いアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみ、もといシロを取り出し、ナオへ手渡した。

明るい笑顔を浮かべたナオは、受け取ったシロを抱きしめ、その白い毛並みの頭を撫でながらアカネを見て「ありがとう」言った。


「それで、怪我の具合はどうなんです?」

「あぁ、そろそろ動いてもいいって言われたんだ。」

ナオはベッドの布団をめくった。

ナオは入院着を着ていて、その七分袖しちぶそでの広い袖口からは細い手首があらわになっており、足元ではこれまた細い足首とくるぶしが見えていた。

いつものスーツに焦茶色こげちゃいろのコートではわからなかったが、この入院着を着ていると、その胸板の薄さと、なで肩、鎖骨の浮き出た首元がよくわかる。

ナオはその入院着の腹をめくるとアカネへ、そこにある弾痕だんこんを見せた。

細い、骨の浮き出たナオのそのへそ周り、そのなめらかに白い肌に、痛々しい弾痕が浮き出ている。

ナオは続けて入院着の腰もずらすと、その脚にできた弾痕もアカネへ見せたが、やはり、その白く細い身体に、痛々しい。

「あの時はありがとう。命の恩人だよ。ありがとう。」

ナオはそう、この病室にアカネが来るたびに言っていた。

アカネも、そう言われるたびに照れていた。

「でも、ごめんね。人を、その、殺させちゃって。私が油断してなければよかったの、ごめん。」

「いえ、大丈夫です。私だってこの仕事、もうかれこれ一年ぐらいはやってるんです。」

「そうなの。でも、やっぱり辛いんじゃ─」

アカネは首を横に振った。

「なんかよくわかんないんですけど、ナオさんのためを思うと、こう、引き金が軽いんです。」

そう言ったアカネの右目は、もう怪我が治って包帯が取れており、この病室にす光を受けて、夏みたいに輝いていた。

ナオはその、輝くアカネの目に、少し怖がった。

「そう、なんだ。すごいね、アカネちゃん。」

「いいえぇ、ナオさんが射撃を教えてくれたおかげですよ。ありがとうございます。そうだ、お菓子も買ってきたんですよ、食べます?」

紙袋と一緒に持っていたコンビニ袋を、無邪気に漁るアカネ。

光を受けてより美しいその白い顔に、あたたかい目。

女優さん、モデルさん、とかよくわからないナオだったが、とにかく、そのアカネの美しい顔を見て、「こんななんて辞めて欲しい」と思った。

一度人を殺した人間が、元の世界には帰れない、ということはわかっていたが、笑顔のアカネにメロンパンを渡されたナオは、心底そう思った。


カーテンの閉まった夜の病室。

うとうとしているナオの横には、まだアカネがいた。

「んー、ねむ、ねちゃうなぁ」

ナオはまぶたが半分ほど閉じかけながら、アカネを見ている。

アカネはそのナオの胸の上にぬいぐるみのシロを座らせた。

ナオはその両手をシロの上へ置き、ゆっくりと撫でる。

「そだ、あかねちゃん」

「なんです?」

「うた、うたってよ、こもりうた」

「子守唄ですか、いいですよぉ」

「へへ、ありがと」

アカネがナオの耳元で、星の夜空みたいな声で子守唄を歌い出した。

「うまいね、うた。かしゅになったら、いいよぉ」

そう言ったナオは、まだ何か言いたげだったが、まぶたをゆっくりと閉じ、そよ風のような寝息を立てて、静かに眠り出した。

アカネは子守唄を歌うのをやめると、ナオのその、優しく茶色がかった横髪を優しく撫で、静かに荷物をまとめ出した。

そして、アカネがその丸椅子を立ったとき、ナオが

「─ねぇちゃ、いかないで」

と寝言を小さく言った。


ナオの家族は全員、ナオが幼い頃に、両親も姉も、殺し屋に殺されていた。

が、ナオは幼いながらもその殺し屋を殺し、家族の中で一人、生き残った。

そこへもう一人来た岸崎きしざき、という殺し屋にナオは拾われ、しばらくそこで育てられ、銃の扱いなんかを教わり、生きるすべを学んだのだった。


そう、アカネは昨日、ナオに涙ながらに聞かされたのだった。


アカネはもう一度丸椅子に座ると、

「ねぇちゃ、どこ、」

と寝言を言うナオの手を、優しく握った。

ナオの、その目元のくまの消えた顔に、あたたかい安心が浮かんだ。


闇医者さんに頼み込んで、アカネは朝までそこに居た。

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