第十二話(1,999文字)

雲間から少しの青空が覗く、晴れとも言えないような曇りの日。


ナオが運転する車内、アカネは助手席で、コンビニで買ったおにぎりを食べていた。

隣のナオはハンドルを両手で握っている。

見かねたアカネは無言で、そのナオの口元へ手を伸ばし、おにぎりを持って行った。

ナオは「いいの?ありがと」と言うとそれを一口食べた。

ナオがそれを咀嚼そしゃくする間、アカネもまた一口食べる。

飲み込んだナオは「おいしいねこれ、ツナマヨ?」と、前を見て運転しながらアカネへ聞いた。

アカネも飲み込むと、「ツナマヨです」と返し、またナオへおにぎりを伸ばした。

ナオは「ツナマヨいいね。私、よく味玉のおにぎり買ってるんだけど、次からツナマヨにしよっかな」と言うと、口元に伸ばされたツナマヨおにぎりをまた一口食べた。

「味玉なんてあるんですか」

咀嚼そしゃくするナオはうなずき、飲み込んだ。

「うん、おいしいんだよ、味玉。ちょっとカロリー高いんだけどね。」

「ナオさんは気にせずカロリー取ってください、細いんですから」

「そうかな」

車を信号に停めるとナオはペットボトルの水を飲み、キャップをゆるめに閉めた。

「だって、この前みにいったじゃないですか。」

「うん、楽しかったねえ」

「楽しかったです、でも、それで、ナオさん寝ちゃったじゃないですか。」

ナオはちょっと恥ずかしそうにする。

「うん、」

「あの時おぶったんですけど、軽かったですもん、ナオさん。」

「あれ、私おぶられてたんだっけ」

アカネはペットボトルのキャップを開けて飲むと、緩めに閉めた。

「そうですよぉ、ナオさんすぐ酔っちゃうんですからぁ」

「ごめんごめんー。」


また黄色い看板の駐車場に車を停めると、二人は歩き出した。

背の低い建物たちが並ぶ、グレーの住宅街。

雲の切れ間の青色へ、灰色で静かな電柱が突き刺すように高く伸びている。

張られた電線に、真っ黒いカラスが飛び移り、辺りを見回して一休みしてはまた、この肌寒い空を飛んでいった。

ナオはまたカラスが破裂するんじゃないかと思い、少し怖がった。

それを、アカネの包帯で隠れた右目で見られたような気がした。


古びたアパートの階段を、二人は各々おのおのの拳銃を抜きながら上り、廊下で弾を込めて撃てるようにすると、ある部屋のドアの前に立った。

目配せし合った二人は手際よくそのドアを開けると、ナオが先を進み、アカネがそれを後ろから援護する。


暗い室内、外からの光がカーテン越しに窓から降ってきて、ナオの握るリボルバーを銀色に輝かしているのが、ナオのくまのある目に痛く眩しい。


前情報によると標的は一人。


トイレ、風呂、台所。

少し狭い間取りを一つ一つナオが進み、アカネが援護する。

暖房がついていないのか、肌寒い。

空気中をわずかなほこりただよっていて、空気がにごっている。

なんの音も室内から聞こえず、外を走るトラックや、遠くを走る電車の音がよく聞こえる。

外で風が吹くたびに家がきしむ音が鳴るのも、よく聞こえる。

二人の頭に、同じことが浮かんだ。


「いない?」

アカネがそう、小さく呟いた。

「逃げたのかもしれない」

ナオはリボルバーを構えたまま、小さい声で言った。

この狭い部屋、見ていない場所はもうなかった。

天井なんかも見てみたが、やはり、いない。


「一回出よう」

ナオが小さく言った。

「ですね」

アカネが小さく言った。


突如、銃声が鳴り、ナオがその場に崩れた。

玄関からの銃声、アカネは血相けっそうを変えてそのドアへ、片手で銃を撃ちながら、もう片手で崩れたナオの身体を遮蔽しゃへいへと引きる。

そのナオの身体に触れた手に、濡れる感触があるのは、射撃の反動を感じながらでもアカネはわかった。

タンスにナオをもたれさせると、アカネはその身体を片手で触れ、呼びかける。

腹を撃たれたようで、力のない手でナオは自身の腹を抑え、肩で息を荒げながら、口から血を垂らしている。


玄関からはまだ銃声が鳴っており、アカネらのいるリビングの床や壁に穴が次々に空いている。

アカネはその、部屋の廊下を飛ぶ死に、手が震える。

その横ではナオが苦痛に息を荒げながら、くまのある辛そうな目でアカネを見て、弱々しく消えそうに震えた声で

「窓、からぁ──っ、ならぁ、逃げらぁ─ぇる、っ──からあっ、」

と、アカネへ『窓からなら逃げられる』と言っている。

そのズボンの細い脚にも、赤黒い穴が空いて血を流していた。

アカネはナオへ

「喋らないでください。」

と真剣に言うと拳銃の弾倉マガジンえ、遊底スライドを勢いよく引き、

「ちょっと耐えてくださいよ」

とナオを左目でまっすぐに見て言うと、そのナオの血が付いた手で持ち手グリップを握り直した。

ナオの辛そうな目に心配が浮かんだ。


射撃なら前に教わった。

ナオさんから教わったんだ、

怖くても大丈夫。


身体の震えを引きめたアカネは、引き金の輪郭りんかくを指で撫で、光のあふれる玄関へ黒い拳銃を向けた。

影を浮かべてその先に立つ、こちらへ拳銃を構えた男。


銃声がぜ、暗い廊下が光った。


男は脳天に血をき上げ、玄関に倒れた。

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