第六話(2,245文字)

帰り道、ナオの寝不足の頭が痛んでいる。

冷たい風が吹きつけるたびに、その目が痛くえ、無理矢理意識が覚める。


焦茶色こげちゃいろのコートのポケットに入れた手にはまだ、ナイフを握りしめるあの感覚が離れておらず、ナオの脳裏のうりに時より、目をいて苦しむ、さっき殺した男の人の顔がチラつく。


加えて、電線や金網かなあみフェンスの上にとまる真っ黒いカラスが目につくたびに、それが真っ赤に破裂はれつするんじゃないかとビクビクしている。


そんな酷い意識を、上に広がっている落ちてきそうな黒い空と、リボルバーの弾倉を確認しろとおどしてくる心の中の誰かが、さらに追い詰めてくる。


今すぐにでもここでうずくまりたい気持ちがナオにはあったが、流石さすがにそんなことするわけにはいかないので、ナオはその重い目と頭で、自分の車を停めている駐車場の黄色い看板が見つかるまで歩いていた。



道中、ナオは向こうに別の駐車場を見つけた。

同じく黄色の看板をしているそこの料金は、今ナオが車を停めてる駐車場よりも少し安く、加えて仕事場から近かった。

駐車場選びを間違えていたらしい。


ナオは「前まではこんなに間違えることなかったのになぁ」なんて、その重い頭で思った。

「今日の仕事だって、うまく狙えなかったし。しかも、ナイフまで使うことになっちゃったし。間違い続きだなぁ、最近。」とか心の中で呟きながら、ナオは最近起こした自分の間違いをさかのぼり出した。


「バーの時はちゃんと仕事できたかな。いやでも、ちょっと危なかった、撃たれそうになったし。その前は、どうだっけ。あの時も確か別のバーで、そうだ、グラスを投げられちゃって、手にいっぱい切り傷しちゃったんだ。それで中田なかたさんに、仕事に支障をきたすなよって、ちょっと怒られちゃって。他には、えっと、なんだっけ。だめだ、ボヤボヤしちゃうなぁ。」

そんなことを、一人でに暗い顔をして思っていたナオだったが、どんどん気分が沈んでいく中で、急に、気分転換に飲み物でも飲もうとパッと思い立ち、さっき見つけた駐車場にある赤い自販機へ、トボトボと歩き出した。


信号を越えたその先、ナオは自販機の前に立った。

センサーか何かがナオに反応したのか、自販機の白い照明が一人でにいて、ちょっとだけ明るくなった。

財布を出して、その手元で百円玉とか一円玉をいじりながら、どの飲み物を買うか悩み始めた。

コーヒーが飲めないナオはとりあえず、候補からコーヒーだけは除外して、他の飲み物を眺め出した。


なかなか決まらないので、ナオはとりあえず自販機に小銭を入れた。


ナオは心でポツンと「このお金も、人を殺して得たお金だもんな」と急に思ってしまい、また落ち着かなくなってきた。



その時、ナオの後ろで小さく

「あの、」

と言う女性のひかえめな声が聞こえた。

少し危機感を持って、ナオはそれへ咄嗟とっさに振り返った。


そこには女性が、ナオよりちょうど置き時計一つ分くらい背の高い、ナオと同い年くらいの女性が、ナオと同じような黒いズボンのスーツを着て、その上に黒色のロングコートを羽織って、ちょっと自信なさげな感じで立っていた。

その、ナオを向いている顔の右目には、酷い怪我をしたのか、白い包帯が巻かれていて、痛々しい印象があった。


ナオが彼女へ

「えっと、どちら様でしょ──」

と言い出した時、ナオは気づいた。

目の前に立っている彼女が、ナオの次からの仕事仲間である、矢川やがわアカネであることに気付いたのだった。


ナオほどではないが、不健康な感じに白いその肌に、ネクタイのめてある首元まで伸びた黒い髪。

そして、右目が包帯で隠れた、その自身なさげな目線。


包帯をしていて一瞬わからなかったが、中田なかたから受け取った封筒の中に入っていた顔写真と同じ顔だった。


ナオが少し驚きながら彼女へ

「もしかして──」

と聞いた時、向こうも同じタイミングで

「もしかして──」

と、その自信なさげな声で聞いてきた。


聞くタイミングが被った二人は「あぁ、えっとぉ」とか「あのー、その、えー」とか言いながらあたふたした。


後、ナオが立て直して、

「えっと、もしかして、矢川やがわアカネちゃん、かな。」

と聞くと、向こうもぎこちなく立て直して、

「えぇ、はい、そうです。今後、香里こうりさんと仕事させてもらうことになりました、矢川やがわアカネといいます。よろしくお願いします。」

と、緊張した感じの声で、礼儀れいぎ正しげに言うと、ナオへ軽いおじぎをした。


予想外に礼儀正しい同い年のアカネに少しナオは気押けおされながらも、

「あぁ、えっと。香里こうりナオっていいます。こちらこそ、よろしくお願いします。」

と、アカネへ穏やかに返し、続けて、

「こんなところで会うなんて、奇遇きぐう、ですね?」

と、さっきのアカネが礼儀正しかったので、ナオもなんとなく敬語を使って言ってみた。

アカネはそれに

「そう、ですね。私、さっきまで、この辺りで仕事してたんです。それでそこに、中田なかたさん、という方が来られて、香里こうりさんがこの辺りに居る、とおっしゃっていたので、ちょっと探してみてたんです。」

と言うと、続けて申し訳なさそうに

「急に後ろから声かけてしまって、迷惑でしたよね、すいません。」

と言うと、その包帯の巻かれた顔を下げた。

ナオはそれに

「あぁ、頭なんて下げなくっていいよぉ」

とアワアワしながら言った。

アカネは頭を下げたまま

「いえ、香里こうりさんは先輩ですから」

と、きわめて申し訳なさそうな声で言った。

ナオはそれに困りながら

「そんな、同い年同士なんだから、いいよいいよぉ」

と言った。


ナオの後ろの自販機から、時間が経ちすぎたのか、小銭が音を立てて吐き出された。

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