第二話(1,819文字)

血まみれのバーの店内。


緑の作業服を着た、死体の清掃業者たちが、この死体の転がる店内を清掃しているのを、ナオはその玄関に立って眺めていた。


床に転がっている、ナオがあやめた男たちの死体は次々と床を引きられ、ゴミ袋を連想させる大きな黒い袋へと、業者たちの手によって詰め込まれている。


バーカウンターの上にのっている、血のついたグラスや綺麗な花の描かれたお皿は、業者によって次々と迷いなくゴミ箱へ落とされ、ゴミ箱の中でそれが割れているとがった音が高く鳴って、その音がナオの耳を痛く刺している。


ナオはその隈のある目でそれらの作業を眺めていると、何かのどの奥に悲しい味がしてきた。



ナオはその業者の一人へ、元気を失った声でもなんとか穏やかな感じで「あの」と呼びかけると

「少し、お手洗いに行ってきます」

と言い、その業者が相槌あいづちを打ったのを見ると、バー店内のトイレへと歩き出した。


が、玄関からのその道中にはまだ、赤黒い血だまりが二つあった。

散弾銃を持っていた男を殺した時の血だまりと、拳銃を抜いた男を殺した時の血だまりだった。


後者の血だまりにはまだ、千切ちぎれた手の指が数本落ちていたが、今、ナオの目の前で業者はそれを手でヒョイと拾い上げ、持っていた黒い袋へポトリと、血をしたたらせて軽い調子で落とした。


そして、そこを通れないナオに気づいた業者は、その袋を片手に「あ、通られます?」とナオへ聞いた。


ナオが申し訳なさそうにしながら

「はい、すいません。今、大丈夫ですかね」

と言ったのに業者は、

「靴、汚れたらウチで洗いますので、これ、踏んでいただいても大丈夫ですよ」

と、血だまりをしてナオへ言った。

ナオは

「すいません、ありがとうございます。」

と、また申し訳なさそうに言うと業者へ会釈えしゃくし、その床の血だまりを靴で踏んだ。


一つ目の血だまりを越えたナオは、その床に赤黒い足跡を残しながらまた進み、そして二つ目の血だまりも踏み、越えた。


トイレの洗面台の前、入り口のドアを閉めたナオは焦茶色こげちゃいろのコートを脱ぐと、自身のスーツのズボンの先で赤色に濡れている靴を見た。


その硬い材質に照明が当たり、赤色がかった色に光っている。


さっきまで生きていた一人の人間、その体内を回っていた血液が今、ナオの靴にへばりついている。


ナオは着ているスーツのそでとその下の白いシャツの袖を、その細い手指でボタンを外して少しだけまくり、その病的に白い肌の、細い手首をあわわにすると、そこにうっすらと浮かんでいる骨と血管を眺めた。


なんだか気分が悪くなってきたナオは洗面台へ向かい、シャツのえりめていた黒いネクタイをほどいて、そこで手を洗った。


背の低いナオには、その洗面台が少し高く感じる。


冷たい水道水で手を流した後、ポンプ式の泡石鹸あわせっけんを押した。

この石鹸せっけんのボトルも、あの人たちが、自分が殺した人が用意したものなんだろうか。


そんなことを頭に浮かばせながら手を洗い、泡から浮かんだシャボン玉が無音で消えるように割れたのを横目に、ナオはその細い手をハンカチで拭いた。


その手が少し、無意識に震えているのは、本人は水の冷たさのせいだと思っていた。


業者たちが清掃を終えて、綺麗になったバーの店内。


新装開店したように綺麗なその中に、お酒の瓶やグラス、白いお皿たちはそこにはもう無く、長いバーカウンターだけが金色の照明の光を浴びて、一人きりで輝いていた。


その店内を、隈のある目で一瞥いちべつしたナオは、曇り空の店の前へ出て、仕事を終えた清掃業者たちが車に乗って帰っていくのを見送った。


見送ったナオは、車が見えなくなるとまたバーの店内へ戻って、その中で一人、意味もなく立っていた。




変わらず曇り空の、薄暗い日暮れ。

住んでいるマンションのエレベーターを降りたナオは、うっすら寒い廊下を歩き、自分の部屋に鍵をして帰宅した。


その部屋の一角にある、銃器等を保管するための保管庫ガンロッカーに、ズボンの腰に差していたリボルバーと、コートの内ポケットの銃弾を片付けると、その狙撃銃(Remington-M700)やまた別の種類の銃弾たちが入った保管庫の鍵を閉めた。



深夜。

電気を消した部屋の中、アザラシの赤ちゃんのぬいぐるみを抱きしめてベッドに横になっているナオは、今日も眠れていなかった。


真っ黒のはずのまぶたの裏で、これまで殺した人たちの死体が、延々えんえんと血を流しているのだった。


たまらず起き上がったナオは、その真っ暗な部屋の中で、生気せいきのない目をぼんやりさせた。


後、無言でその場にうずくまって頭を抱え、一人で髪をみだした。

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