本編『ホームシック・リボルバー』

第一話(2,816文字)

暗い路地裏。

数歩先の景色は暗闇にまっていて、何も見えない。

ただ黒い闇が、このせまさの中にまっている。


真横では暗闇の中を室外機が回り続けて、犬がうなるような低い音を鳴らし、冷えた風を吐いている。


足元を走るネズミはその寒さに震え、転がっている空き缶に尻尾しっぽをぶつけ、ガランとにぶい音を闇へはなち、暗闇のアスファルトをい回る。


そんな地面の水溜みずたまりは、壁をっているパイプかられ出てきたもので、踏むと更に冷たい。


そんな中に一つ、人影が現れた。


焦茶色こげちゃいろのロングコートを揺らして歩く、大学生ほどの歳の女性だった。


ネクタイをめた黒いズボンのスーツに身を包んだ、その低い背丈せたけ


線の細いその身体にかぶせるように、その焦茶色こげちゃいろのロングコートを羽織はおっている。


歩く度に揺れるその柔らかい髪は首の高さまで伸びていて、茶色がかった黒をしている。


そんな髪から覗く彼女の肌は異様いように白く、不健康ともいえる程で、まるで、これまで陽の光を浴びたことが無いようにさえ見えるものだった。


だが、その眼差しは柔らかく穏やかで、優しさをまとっていたが、その目元にはくまができており、疲れた印象があった。


そんな目で、自身の足元を走るネズミを見守っている彼女の名前は、香里こうりナオといった。


ナオのスーツのズボンの先で、グレーの毛並みをしたネズミが素早く、そして懸命けんめいに動き回っている。


ナオはそのネズミのさま微笑ほほえみながら見つめると、その場にゆっくりと、ネズミが驚かないようにしてかがみ、足元でまだ動き回るネズミへ、その細く白い手を、ゆっくりと伸ばしてみた。


ナオは内心で「手に乗ってくれないかなぁ」とかネズミへ期待しながら、冷たいアスファルトにその手を置き、動き回るネズミをまた、そのくまのある優しい目で見つめた。


するとネズミは、ナオのその白い手のひらの上に乗った。

ナオはそれに思わず、顔に明るい笑みを浮かべた。

ナオの手のひらの上を、ネズミの小さい足がテチテチと踏む。


普通、ネズミは汚いものだと広まっているが、ナオはそれを知りながらも、全然気にしていなかった。


ナオは手に乗ったネズミを、その細い指ででたりして、存分にでた。


調子に乗ったネズミはナオの焦茶色こげちゃいろのコートの肩の上をチョロチョロと走り回ったりした後、またアスファルトへ降りると、ナオへ別れもげずに、どこかへ走り去ってしまった。


ナオはその走り去るネズミの背へ、小さく「じゃあね。」とその穏やかな声で言った後、寂しい気持ちで小さく手を振って別れを告げた。


「あの子、元気でやっていけるかな。」とかナオは思いながら立ち上がると、ネズミが走り去って行った方向を少し眺めた後、またこの路地裏の奥へと進み出した。




暗がりの中を少し歩いたナオは、あるドアの前に立ち止まった。

STAFF ONLY従業員以外立ち入り禁止』と、剥がれかけの赤い文字で書かれた、飾り気のない無機質な銀色のドアだった。


立ち止まったナオは、自身の首元でネクタイを軽くめなおすと、辺りに漂う冷たい空気を、ゆっくりと吸い始めた。


光の位置によって、ナオの顔に影が浮かんでいる。


ナオは吸った息を長く吐くと、その手を自身の腰へ伸ばし、そこから銀色のリボルバー(S&W-M686)を抜いた。


ナオの細い手に、そのリボルバーの冷たさと、ずっしりとした重みが乗る。


ナオの手のひらにまだ残っていた、さっき手に乗せたネズミのぬくもりは、そのリボルバーの冷たさに押し潰され、今はただ、銀色のその冷たさだけが手に重い。


そのリボルバーの短い(2.5インチ)銃身が、ナオの白い手指の中で銀色に輝き、ナオのくまのある目に痛くまぶしい。


ナオは着ている焦茶色こげちゃいろのコートの内ポケットから金色に輝く銃弾(357マグナム弾)を六発握ると、それらを慣れた手つきでリボルバーの弾倉だんそうへ、素早く、かつ銃に負荷ふかをかけないように優しく、その細い手指で装填そうてんした。


そして目の前にあるドアへ、事前に入手していた合鍵を左手でし、冷たい感触のノブを握ると、右手の親指でリボルバーの撃鉄げきてつを起こし、ドアを開けた。



開けた先は、バーのカウンター裏だった。

空のグラスや皿、食器、お酒の入った瓶がたくさん並べられていて、それらが店内の金色の照明に照らされて、薄暗い中で豪華そうにきらめいている。


水道の匂いのする、カウンターのステンレスのシンクの前には、若い店員の男がいて、皿を洗い終えた直後なのか、手を濡らして立っている。

そのカウンターの向こう、店内の奥からは、男二人が話し合っている低い声が聞こえてきている。

それ以外に聞こえる音といえば、天井でシーリングファンの回るかすかな音だけで、静かだった。


その立っている店員の男は、鍵を閉めていたはずの裏口を、ナオが平然と鍵を開けてそこへ立っているのを見ると、不思議そうな顔をして、丁寧な感じの口調で

「どちら様でしょう?」

と言った。

が、男はナオがリボルバーを握っていることに気がつくと、その顔に汗を浮かべ、店内の奥へと焦って振り返り、助けを求めるような必死な大声で

「店長!殺し屋が来ま───」

ぜた銃声の後、男は床へと勢いよく崩れ落ちた。

ナオの握っているリボルバーの銃口から、煙がのぼっている。

床でうめく男は、撃たれたその胸から血がドクドクとあふれているのを手で抑えながら、その血走った目を震えさせてナオをにらみつけている。

ナオはその様を隈のある生気のない目で見つめると、リボルバーの銃口を男の脳天へ向け、撃鉄げきてつを起こし、

引き金を引いた。

ぜる銃声と光、男は脳天から血を小さくき、その目をただ球体のように死なせて、生温かい血の海の床で動かなくなった。

男から散った血が、置かれた皿やグラスに赤く飛んだのを横目に、ナオはリボルバーの撃鉄を起こすと、カウンターの向こうへと銃口を向けた。

するとその先に、もう一人別の男が飛び込むように現れた。

散弾銃ショットガンを持って、その銃口をナオへ向けようとしている。

が、次の瞬間に男は脳天から血をき上げ、血をきながら人形のように床へ崩れ落ちると、手から散弾銃ショットガンを放して、静かに倒れたまま動かなくなった。

ナオはその腕に走り抜けた射撃の反動を感じながら、素早く撃鉄を起こし、バー店内の奥へと狙いをつける。

そのソファ席、一人の男が立っていて、今まさにその腰から拳銃を抜いた。

が、男が拳銃を引き抜いたその手は、次の瞬間に撃たれて血をき上げ、指が水気みずけのあるバラけた肉片となると、たちまちそこらへボトボトと落ち、拳銃を床へ落とした。

男の顔が苦痛に歪み、叫び声を上げようとした時だった。

その脳天で血がき上がり、頭に穴の空いた男はその場で床へドサリと倒れ、その振動が血の床をつたうと、静かに動かなくなった。


ナオは、男たちが床で赤黒い血を広げながら死んでいるその様を、そのくまのある目で確認すると、静かに、細い煙ののぼるリボルバーの銃口を下げた。


天井ではシーリングファンが血の匂いを巻き込んで、静かに回っている。

ナオはその匂いに、小さくき込み出した。


握ったリボルバーから昇る細い煙が、そのせきに合わせて波のように揺れた。

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