塔下大都市の琉歌

葛城2号

プロローグ



『塔』と呼ばれる巨大な建物が、そこにはあった。



『塔』の外観は、巨大な煙突のようでもあった。半径数kmにも及ぶらしい円形の外壁は、レンガなのか何なのかよく分からない材質で覆われており、晴れの日でも濡れているかのように艶やかだ。


 高さが、どれほどあるのかは誰も知らない。


 何故なら、純粋に、あまりに『塔』の背丈が高すぎるからだ。雲を突き抜けてなおも伸びるその先端はまだまだ遠く、外からそこを確認することは不可能であった。


 何の目的でそれが建てられ、何時の頃に出来たものなのか。


 あらゆる記録や伝聞を漁っても、答えは見つかっていない。けれども、天を貫く程に高く、現存する建物の何よりも巨大なその塔の存在を知らない者は、この世界にはいない。


 何故なら、あまりに高く巨大なせいだから。


 遠く離れた地からでも、その姿を見ることが出来る。山よりも高く伸びているから、遠く離れた地からでも、その姿を確認出来る。故に、塔といえば誰もが『塔』を思い浮かべるほどに、その存在は知れ渡っていた。



 ……けれども、実のところはそれだけではない。



『塔』が有名なのは、何も大きさや高さだけではない。いや、むしろ、『塔』が有名なのは外観ではなく、『塔』が出来たその時より世界に伝えられたという、とある二つの言葉が原因であった。




 “──来たれ、汝の知りたいことが、ここにある”




 後に『第一の啓示』と言われる一つ目のその言葉が突然、人々の頭の中に響いたのだという。そして、突然のことに動揺する人々を尻目に、『第二の啓示』言葉は続けられた。




 “──来たれ、求める欲望の全てが、ここにある”




 知りたいこととはずばり何なのか。


 欲望の全てとは何なのか。


 それは、今になっても分かってはいない。


 現存する最古の歴史書にも、『人々に伝えられた言葉はそれだけであり、それ以降は何もなかった』と記されている。



 ……だから、なのか。あるいは、始めからそうなのか。



 その言葉を発したのが誰なのかすら、『塔』を作り出した者と同じく、誰も分からないままであった。



 ……故に、人々は様々な憶測と妄想を作り出した。



 ある者はそれを『神が人に与えた試練であり啓示である』と声を荒げ。


 ある者は『デタラメが事実と誤解されているだけだ』とそれを戒め。


 ある者は『悪魔が人間を堕落させる為にもたらした餌だ』と囁いた。



 起こるべくして起こった言い争いは、結局の所はどれが正解なのか、その証左を示すことは誰もが叶わなかった。


 どうしてかといえば、誰も『塔』の頂上に辿り着けた者がいないからだ。



 ──そう、誰もが、『啓示の真偽』を確かめられなかった。



 何故なら、何時の頃からかに塔内部に住み着いた怪物の存在や、そもそもあまりに高すぎて途中で力尽きるといったどうにもならない理由があったからだ。


 けれども、それでも、確かな事実は一つだけあった。


 それは、『塔』がもたらした『恩恵』である。


 どういう原理でそうなるかは、分からない。塔内部に生息している怪物を仕留めると、神々からの祝福だと言わんばかりに、恩恵が人々にもたらされたのだ。


 恩恵とは、文字通りの恩恵であり、それに有形無形の区別はなかった。



 ──ある時は、赤色に輝く水晶を得られた。


 この水晶は人の吐息に触れると熱を発し、風呂釜一杯の水を十分程で沸騰させる不思議な水晶であり、冬を越すことが出来る者が大勢増えた。



 ──ある時は、異臭を放つ黒い水が得られた。


 この水はとにかく燃えやすく、燃えると黒煙が出る。扱いに困るが、しかし、固い金属を作るうえでは重宝され、獣や怪物たちからの死傷者が減った。



 ――ある時は、知識が与えられた。


 それは一枚の紙切れではあったが、そこに記されたのは流行病の特効薬の作り方。思考錯誤は必要としたが、この薬によって流行病が過去のものとなり、人々の数が増えた。



 ……最初に人々が抱いた印象は、畏怖であった。



 しかし、有形無形を問わずもたらされた様々な恩恵が暮らしを支え、徐々に豊かさをもたらすに連れて……何時しか、人々は『塔』を神聖視し、求めるようになった。


 そうして、幾度目かとなる諍いの果てに、集落が出来て、町になって、都市になって、月日が流れ。



 人々の暮らしは『塔』を中心に回り、もはや『第一の言葉』も『第二の言葉』も人々が考えなくなった頃。



『塔』を中心にして放射状に広がり、何時しか『塔下大都市とうかだいとし群馬ぐんま』と呼ばれるようになった、その都市へ。


 その日もまた、欲望を満たす為に大勢の人達を乗せた列車が、しゅんしゅんと音を立てて向かっていた。



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