第2話 パラネシアン・サークル

季節は巡り、翌年の春。公園。

男はひとりベンチに座り、コーヒーをちびちびと飲みながら、

夕方の春の公園を眺めていた。

子供たちが、ボール遊びをしたり、遊具を伝ったりして遊んでいる。

男の顔に、夕方の陽光が降り注ぐ。

桜、咲けども本格的な春はまだ遠し…

そう思いながら、「旅からの帰還」を思う。

過ぎ行く過去を遡り、記憶の奔流を泳ぎ、目にした数々の出来事…

思えば、もう令和6年だ。

気が遠くなるほどの永い、永い月日を経て、男は「奇跡」を手に取った。

それは末期ガンの寛解だ。

────思い出したよ、俺の使命を。

この目が果てるまで、見届けるのさ。「過ぎ行く季節」を。

灯り透き通る、桜。その花びらが、ふと黒い湖面に舞い降りる。

瞬間、時が止まった。

周囲の鼓動は消え、空にはエメラルド色の「オーロラ」が表れている。

時の止まった公園で、男と、正面のホームレスだけがゆっくりと動く。

「こんばんは、じいさん。」

「久方ぶりだの、兄さん。‘‘旅‘‘はいかがだったかな?」

「───よかった。この旅をして、隠れてた俺の名を知れた。ありがとうよ。」

「そりゃなによりじゃ。」

ホームレスの男は、にっ、と微笑む。

「ずっと夢を見ていた。病院のベッドの上で。一年間もだぜ。

きっついリハビリを経て、やっとここまで回復したぜ。」

「そんで、ここに帰ってきたんじゃな。」

「イエス。じいさん、改めて礼を言う。救急車、呼んでくれてありがとな。」

「ほほほ、どうせ暇じゃもの。この公園の番人として、

当然のことをしたまでじゃ。」

「じいさん、唐突だが、名前は? ‘‘梶 元也‘‘だったりしねぇか?」

「さぁのお。」

「あんたは俺、だったんだな。」

永い沈黙の末。

「当たりじゃ。」

二人は握手を交わす。

「どうじゃ?花見で一杯。」

「いいな。やろう。」

盃の鳴る、乾杯の音と同時。時は再び動き出した。

子供たちのはしゃぎ声。二人は横に並んで、風景を眺める。

「賑やかじゃのぉ。」

「だな。ガキは元気でいい。」

「だの。ほほほ。」

「じいさん…そろそろ帰るのかい?」

「じゃな。帰ろう。この‘‘糸‘‘が懐かしゅうて、少々長居しすぎたようじゃ。」

時の番人。老人は桜の靡く音とともに、透けて消えていった。

「───もう夜になっちまったか。」

男は、ひとり立ち上がると、土埃を払い、歩き出した。

公園を出て、川沿いの道を歩く。

足元の用水路。水流には、桜が流れている。

見上げる夜空には、満天の星。

遠くの星の都から、桜の花びらが一片、舞い降りる。手のひらに着地。

無名の座標の星より、去来した琥珀色の欠片。

花弁は、手の中で砂になって空中に消えていった。

「おやすみ。」

男は、街の眺望に消えていった。

季節は巡る。

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環境音楽(アンビエント) ノーネーム @noname1616

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