第5話 待ち人来たる

 小太郎の待つバーに来客あり。それは彼女が待っていた人物で、赤いドレスを纏った長身の女性だった。


「すまんな、待たせたか?」

「大丈夫、さして待ってないから」


 小太郎の眼の前に現れたのは静所雷鳴おとなしらいめい。白いドレスの小太郎とは対象的に、真っ赤なドレスを身に纏い、意気揚々と店内に現れる雷鳴。彼女の妖麗ようえんな容姿と赤いドレスの組み合わせは怖いくらいに似合っていた。

 雷鳴は見る者の視線を釘付けにする。店内にいた客や店員。それは服部党の忍者二人にも効果があったのか、ほんの一瞬、雷鳴に見とれていた。


 ハッと我に返ったように雷鳴へ頭を下げた麦野と米田。

「社長、お疲れ様です」

「ご来店、ありがとうございます」

 うやうやしい態度の二人。

「どうだ?景気の方は?」と、二人へ気さくに話しかける雷鳴。

「はっ!お陰様で―」

「上々でございます―」

 終始、頭の低い二人。時衛門への態度とは天と地ほど差があった。

「ならば上々じょうじょう―」

 雷鳴は機嫌良さそうに答える。

 このバーは幕臣派が仕切る店であり、幕臣派の背後には『社長』とも呼ばれる東京の魔女・静所雷鳴がいる。それは麦野も米田も重々承知であり、二人からすれば雷鳴は雲の上の存在ともいえる。


「麦野。小太郎コイツと話がしたい。別に部屋を用意できるか?」

 雷鳴の態度が変わる。顔だけが笑い、眼光のみ鋭くなる。すると、それに気づかぬ服部忍者ではない麦野。彼は透かさず答える。

「勿論です。ご案内しますので、こちらへ」

 麦野は丁寧に手招きをしつつ、雷鳴を案内する。


「うむ」と答えた雷鳴は、その案内に続く。

 すると、カウンター席にいた時衛門に気づく雷鳴。

「おっ!時衛門、お前も来ていたのか?」

 雷鳴は足を止めると、また嬉々とした様子で時衛門に話しかける。

「今夜はおかしらの護衛として。あっ!僕のお代わりは?」

 時衛門は雷鳴に軽い会釈をすると、改めて若い男性バーテンダーにお代わりウィスキーを催促した。

 すると、困った様子のバーテンダーに気づき、透かさず『くれてやれ』と命じる雷鳴。

『かしこまりました』と、答えたバーテンダー。どうやら彼にとっても、雷鳴は雲の上の人物なのだろう。麦野や米田の了解を得ずに用意に取りかかった。


「時衛門、ここで待ってろ。二人で話をしてくる。麦野、代金は私が払うから、時衛門コイツに良い酒とを出してやれ」

「はっ!左様さように」

 雷鳴の指図に頭を下げながら時衛門を睨む麦野。しかし、時衛門はまるで野良猫のようにそっぽを向いた。

 その仕草に小太郎は気づいていた。これは時衛門なりに気を利かせたのだと。

 時衛門のことだ。ドヤ顔で麦野を見てもよかったのだが、そんなことをすれば不要ないさかいの原因になる。それでは自分や雷鳴への面目が立たない。それくらいの気遣いはできる男なのだ。こんな風に格好をつけたがるのは子どもの頃から変わらない。そう思う小太郎だった。


「時衛門。後で詳しいことは伝えるから、ここでお行儀良くしてね」

 雷鳴に続きながら時衛門に話しかけた小太郎。すると、素知らぬ顔をしていた時衛門が振り返る。

「承知」

 無邪気な笑顔を見せた時衛門。その手にはしっかりとウィスキー入りのグラスを握りしめている。彼は満足げにウィスキーを口へ運ぶと、店内の奥へ向かう雷鳴と小太郎を見送った。



 ※※※※※



 小太郎と雷鳴が案内されたのは、バーの奥に設置されたVIPルーム。そこは専用カウンターを備えている。VIP専用だけあって装飾が洗練されいるのは言うまでもないが、過剰な豪華絢爛ごうかけんらんさは無く、あくまで落ち着いて酒を楽しむことにコンセプトが置かれていた。


「いらっしゃいませ―」

 雷鳴と小太郎を待ち構えていたように、カウンターの男性バーテンダーが頭を下げる。としは麦野や米田よりしたの三十代くらいだが、単なるバーテンダーという雰囲気ではない。無骨な麦野や米田とは対照的に、落ち着いたちと品のある笑みはベテランの人気俳優ようなオーラがあり男前だ。

 彼の姿を目にした小太郎が言う。

「あっ!コイツ、見覚えがある」

 すると、小太郎の声に反応したバーテンダー。

 視線を小太郎に向け、彼女に改めて『いらっしゃいませ』と微笑みかける。


 カウンター席に座る雷鳴と小太郎の二人。小太郎は雷鳴の左隣に座る。すると、雷鳴が案内役の麦野と米田に視線を向ける。

「二人はここまで。下がれ」

「「はっ!!」」と、答えた麦野と米田。二人は音も無く姿を消した。その辺はさすが忍者で、人間離れしたわざを披露する。


「久しいな、神楽かぐら

 そう言いながら視線をカウンターへ戻した雷鳴。

「ええ。社長もお元気そうで」

 雷鳴から『神楽かぐら』と呼ばれたバーテンダー。そう答えながら無駄の一切ない動きで雷鳴と小太郎をもてなす用意をする。


「ああっ、神楽か!確か雷鳴の弟子だったよね?」

 記憶が蘇り、思わず声のトーンが高くなる小太郎。

「お久しぶりです。風魔のご隠居」

 そう言って静かに微笑んだ神楽。その笑顔は穏やかであり、良くも悪くも忍者離れした温かみがあった。

 小太郎はバーテンダー・神楽の正体を思い出した。彼は服部党の忍者で、雷鳴に師事した魔法使いでもある。神楽は服部党と風魔忍者軍団との折衝役せっしょうやくを務めたことがあり、その関係で見覚えがあった。


「社長はいつもので?」と、尋ねる神楽。

「それで」と、即答した雷鳴。

「風魔のご隠居は?」

 小太郎のオーダーを取る神楽。すると、小太郎は雷鳴に尋ねる。

「雷鳴は何をオーダーしたの?」

 雷鳴のが気になった小太郎。それ次第では、彼女と同じでも良いと思ったのだ。


「マッカランをストレートで」

「へぇ、マッカランなんだ?」

 雷鳴の答えを聞いた小太郎は拍子抜けする。というからには、雷鳴専用のカクテルでもあるかと思っていたからだ。

「ふーん。なら、私も雷鳴と同じにしていい?」

「構わんさ。けど、そんなに高い銘柄でも無いが」

「いいよ。酒の値が安い高いで杞憂するのは野暮だよ」

「いいだろう。神楽、小太郎にも同じやつを」

 雷鳴は神楽に命じる。『かしこまりました』と、答えた神楽は酒の用意に取り掛かる。


「さて、いよいよ本題だ。今日の昼間のことに関して話し合おう」

 雷鳴は小太郎の方を向くと、今夜ここを訪れた最大の目的に関して話を切り出す。

「いいよ。こっちも手土産無しに来たわけじゃない」

 そう答える小太郎。言葉通り、彼女は手土産てみやげ無しで来た訳ではなかった。非常に重要で、今回の騒動の核心に迫る土産情報を持っていた。


「単刀直入に言うよ。今回の時空移動騒ぎの原因はやっぱり私なんだ」

 淡々と話す小太郎。すると、一瞬目を丸くした雷鳴は静かに答える。

「いいだろう。話してくれ」

 過剰に驚くでもなく、雷鳴は落ち着いて小太郎の言葉に耳を傾ける姿勢をみせた。












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「時をかけるエルフ忍者と非実在の御庭番」編 ペルソナ・ノン・グラータ④ 鉄弾 @e55ok3q777g1v5

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