第5話 「互いの事情」

 沈黙が美乃と成行を隔てる。このまま答えないのは成行を不利な状況に追い込むだけだった。それを理解しているのか、美乃はジッと何も言わずに待つ。


 成行は腹を括る。このままではやるべきことを達成できない。ならば、勝負するしかない。

「小木さんはどうして僕が魔法使いだと気づいたの?」

 成行は魔法使いであることを認める。認めつつ、自分への関心を逸らす作戦だ。

「うーん、音楽室から変な感じがしたのよね?」

 美乃は思い出すように語る。

「それは魔力を感知したの?」

「そう、正解!」と、クイズ番組の司会者のように答えた美乃。


 それを聞いた成行は不審に思った。それでは妙な点があるからだ。

 一つ目、どうしてアリサが気づかなかったのかという点。アリサも当然ながら魔法使い。しかも、成行とは異なり生まれながらの魔法使いのはず。ならば、時空移動タイムリープの魔力を探知できたハズ。だが、アリサはその点には全く触れていなかった。無論、一般人の早見時直はやみときねがいたから追求しなかった可能性もあるだろうが。

 そして、二つ目。アリサも美乃も魔法使いという前提で、二人の間に面識がないという点。

 アリサは美乃のことを知らないようだった。魔法使いとしても、在校生としても。どうして二人に面識がないのか?美乃は自身を生徒会メンバーの一員と紹介した。

 ならば、一年生のアリサが知らない可能性は低くないだろうか?さらに言えば、魔法使い同士の繋がりもあるはず。それが同じ高校なら尚更だ。


 改めて考えると不審な点だらけ。もしかすると、美乃はこの学校の生徒ではないのでは?そんな疑念が成行の心に芽生える。自分を御庭番だと告白した文学少女・小木美乃おぎみの。彼女の正体は・・・?


「あっ!その顔は何か疑っているのね?」

 美乃はジトッとした目で成行に問いかける。

「えっ!別にそんなことないよ」

 思わず美乃から目を逸らす成行。

「嘘ばっかり。中津川君って顔に出やすい性格なのね」

 そう言って美乃はクスクスと笑った。


『どうする?』と自問自答する成行。魔法使いであることを隠しても今さら無意味。御庭番相手に尚更なおさらそんな手は通じないだろう。彼女と敵対的な状況に陥っていないだけマシだ。

 思案した成行は逸らした視線を美乃に戻す。

「美乃さんは御庭番だよね?何かの任務中?」

 自分ではなく美乃の素性を探る質問へとシフトする。

 しかし、「どうしてそう思うの?」と、相変わらず愛想の良い笑顔の美乃。どうもこちらの作戦を見透かされているような気がした。


「小木さんはこの学校の生徒なの?なんで、さっきの一年生と面識がなかったの?」

 踏み込んだ質問をした成行。疑念を彼女へ問いただす。

「それはお互い様じゃない?」と、だけ答えた美乃。隠し事への後ろめたさを少しも感じさせない素振りで、成行の揺さぶりが全く効いていない。

「中津川君だって私に隠し事をしているでしょう?」

 そう問い返してきた美乃の目が一瞬いっしゅん鋭くなった。


「僕をどうする気?助けてくれたの?それとも別の目的が?」

 成行は最悪の事態を想定しながら問いかける。過去の世界で御庭番の少女と戦うという選択肢だ。

 美乃の態度をみていれば、この場で無罪放免はあり得ない。御庭番ならば、正体不明の魔法使いを放置しない。もし自分が御庭番ならば、そうする。


「中津川君。キミは最悪の選択をしようとしている」

 美乃の言葉に冷や汗が出る成行。彼女は顔が笑っていても、瞳の奥から冷たいものをはっしていた。それは今、初めて感じる美乃の魔力だった。彼女は成行の最悪の選択肢を見抜いている。その上での威嚇だ。


 明らかに危険な展開になってきた。このままでは間違いなく格上の魔法使いと戦う羽目になる。そう思う成行だが、魔力を発動しない。それをすれば事実上の開戦であり、その瞬間、美乃に討ち取られるだろう。

 彼女との力量の差は何となくでも理解できる成行。青鬼あおき最優さいゆうや三毛猫。彼の本来いた世界未来で出会った御庭番。いずれも魔法でも、戦闘でもプロだ。そして、躊躇がない。それは目の前の美乃にも共通している。


 成行は静に目を閉じると深呼吸した。そして、目を開けると美乃へ言う。

「ダメだ。降参―」

 成行は両手を挙げて、校舎の壁側へ背をもたれさせた。

「僕のことを話すよ」

 成行の言葉を聞いた美乃の瞳が大きく見開く。彼が戦うという選択肢を選ばなかったことが想定外だったのか、少し拍子抜けした様子だった。


 戦って勝てる相手ではない。ならば、言葉で勝負するか。成行の次なる作戦が始まる。

「僕はこの時代の人間じゃない。いや、魔法使いじゃない。未来から来たんだ」

 成行は正直に素性を明かす。

「未来から来た?時空移動タイムリープしてきたの?」

 流石さすがの美乃の表情にも戸惑いの色が出る。信じられないという様子で、彼女は成行を見つめる。

「そう。小木さんが感知したのは、時空移動で発せられた魔法だと思う」

 成行は即興で考えたを話し始めるのだった。










 

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