第4話 「待ち人は来る」

 成行は自分の荷物を鞄へ詰めると、そのまま音楽室へ向かった。担任との面談後はさっさと帰るつもりでいたからだ。


 放課後の廊下。同級生や上級生とすれ違いながら、成行は音楽室へ向かう。音楽室は部活で使用しないのだろうか?吹奏楽部が練習に使いそうなのに。見事から事情を聞いたとはいえ、そんなことを考えながら廊下を進む。


 音楽室は校舎3階の東端。楽器や備品が保管されている音楽準備室と隣り合わせに位置している。

 音楽の授業は選択制。その選択をしていない成行にとって音楽室は初めて向かう場所だった。ちなみに校舎内は割と細かく案内図があるので、初めての場所でも迷いにくい。そのメリットを存分に享受しながらここまで辿たどり着いた。


 音楽室前まで来ると、そこはとても静かだった。これから面談をするなら、静かなのは当然かもしれない。だが、そういう静けさというよりも、人気ひとけが無いように感じた。

 スマホで時間を確かめる成行。面談開始時間の5分前。だとすると、先生の到着が遅れているのか?


 成行は音楽室の扉をノックして、『失礼します』と声をかけた。しかし、中からは何の反応もない。

「あれ・・・?」

 『誰もいないのか?』そう思った成行は、再度ノックと声かけをした。


 が、やはり反応無し。仕方ないので音楽室の扉を開ける。施錠はされておらず、スッと扉が開いた。成行はその位置から音楽室内を眺める。

 誰もいない音楽室。『先生の到着が遅れている?』その程度にしか考えなかった成行は、とりあえず音楽室内へ足を踏み入れる。

 広い音楽室内は机と椅子のセットが綺麗に並べられている。他の教室とは違い、使用頻度の少ない机と椅子。見た目が古く臭くても破損が少なくて綺麗だった。

 教室の前方には、ここが音楽室であることを象徴するように鎮座するピアノ。そして、他の教室よりも広めに確保されている壇上。ホワイトボードには五線譜が刻まれていて、そのイエローラインが少しだけ擦れている。


『バタン』


 不意に扉が締まった。無論、締めたのは成行ではない。驚いて扉を振り返る。物言わぬ扉は彼の退路を絶ったようにも思えた。

「どうなってるんだ・・・?」

 不可解な現象に首を傾げながら、再び音楽室内へ視線を戻す成行。


「えっ!?」

 振り返った成行は目の前の光景に


「よぉ、ユッキー」

 誰もいないはずの音楽室に突如現れた雷鳴。機嫌良さげに、気さくに声をかけてきた。白いシャツと上着を羽織り、デニム姿。動き易くオシャレに着こなして、これから何処どこかへ買い物に向かうような出で立ちだった。


 成行を驚かせたのは雷鳴の登場だけではない。彼女以外の人がいた。その一人が鎧通よろいどおし八千代やちよ。言うまでもなく成行のクラス委員長。彼女は雷鳴の隣に立ち、黙って成行を見つる。無言でたたずむ姿は普段の彼女とは異なり不気味なものを感じさせた。


「こんにちは、成行君」


「えっ!?」

 成行は自身のすぐ隣から声がしてまた驚く。


「キミは・・・」

 彼の隣に現れたには一人の少女。彼女には見覚えがあった。ミルクティーベージュのロングヘアでモデルのような端麗な容姿。輝きを秘めた彼女の大きな瞳は記憶にしっかり残っている。

 そこにいたのは先日、西東村さいとうむらで出会ったばかりの御庭番の少女『三毛猫』である。


「久しぶりだね!」

 ミルクティーベージュのロングヘアを靡かせて、三毛猫は嬉しそうに成行へ駆け寄ってくる。そして、彼女は両手で成行の手を握りしめた。西東村での特訓中に出会った時とは異なり、優しく人肌の温もりを感じる三毛猫の手。それに思わずドキッとする成行。


 今の三毛猫は柏餅幸兵衛かしわもちこうべえ学園・高等部の制服に身を包んでいた。その出で立ちには違和感がなく、まるで以前からこの学校の生徒だったような錯覚に陥る。

 三毛猫はこの学校の生徒だったのか?少なくとも同級生ではないはず。彼女のような美少女が同級生にいたら気づかぬはずがない。西東村で出会った時点で気づいただろう。何よりも、その事実を見事が黙っているはずがない。


「お前が噂のルーキーか?」

 壇上から声がした。今度はそちらへ視線を向けた成行。

 そこには一人の女性がいた。ホワイトボードに何やら図形らしきものを描いている。彼女は手を止めて成行の方を振り返った。淡い水色のワンピースを纏い、金髪のロングヘアを擬宝珠のように頭の上で結っている。雷鳴と同じく二十代後半くらい。目つきは鋭いが、それと同時に水晶のような妖艶さがあり、肌は真珠のように美しい。

 背の高い雷鳴と比べれば小柄だが、成人女性としては長身な部類になる。大体160センチ後半だろうか。そして、彼女の身体的な特徴が目を引く。天に伸びるように長い耳だ。

 初めて見る人だが、誰だろう?雷鳴と一緒にいる以上、普通の人間ではない可能性が高い。現状から察するに、『魔法使い』と見立てるのが妥当か。すると、ホワイトボードに描かれたのは魔法陣?成行は警戒しながら考える。


「お頭、準備はいいんですか?さっさと始めましょうよ?」


 その声は音楽室の窓際から聞こえた。そこには明らかに違う高校の制服を着た少女がいた。紺色のセーラー服を着た黒髪のボブカットの少女。退屈そうに欠伸あくびをしながら背伸びをする。彼女の瞳が大きく開いて、クリクリとした猫のような丸い目になる。その目と目が合う成行。


「まあ、待て。くない。もう少しだ」

 水色のワンピースの女性は魔法陣を描き続けながらくないと呼んだ少女を宥める。


 成行は目の前の出来事に現状把握が追いつかない。

 くないと呼ばれた少女は、恐らく自分と同じくらいの年齢。違う学校の生徒がどうやって侵入したのかは不明。考えたくないが、よもや雷鳴や八千代の手引きなのか?疑念を抱く成行は八千代へ視線を向けるが、彼女は臆せず彼を見つめ返してくる。

 

 本来、この学校には本来いないはずの人物が合計で四人もいる。雷鳴、三毛猫、ワンピースの女性、セーラー服の女子高生。

 そんな状況下でも、成行にはすぐ理解できることがあった。担任教師との面談が嘘だったということ。この状況で進路相談の面談が始まるとは、とても思えない。


「ユッキー。これから出かけるんだが、その前に協力をしてほしい」

 雷鳴は相変わらず機嫌良さげに話す。

「協力というと、いいんちょからの話ですか?」

 成行は自ら教室内の奥へ進み、雷鳴へ近づく。綺麗に整列されている机と椅子が障害物のようにも感じた。動揺と苛立ちが混ざって心が波打つ。『ここは冷静に』と自らに言い聞かせる成行。


「聞いていると思うが、本の魔法使いを探しに10年前の世界へ向かってほしい」

 成行とは異なり、雷鳴は平然と話しかけてくる。そこには一抹の後ろめたさもないようで、普段の何気ない会話と少しも変わった様子がない。

 しかし、成行は普段感じることのない雷鳴の威圧感に触れる。それが無意識に警戒心と反発心を生むが、表情には出しまいと無理に微笑んでみせる。


「待って下さい。協力をするにも、あまりにも情報が少なすぎて判断ができなかったんです。詳しい事情を話して下さい」

 自分でも芝居がかっているという認識はあった。それでも成行は話し続ける。

 「協力をするというのであれば、お互いの『信頼』も大事にしないと。でしょう?」

 今度は成行が雷鳴の目をジッと見つめて語りかけた。

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