第5話 「エルフ魔法」

 『言ってやった』と、少し興奮気味に心の中でガッツポーズした成行。ここで強気つよきな言い方をせねば、雷鳴のペースに飲み込まれる。その直感が彼を駆り立てた。


 成行の言葉を聞いた雷鳴の目が一瞬、ピクリと反応した。しかし、彼女は怒るわけでもなく、豪快に笑って平然と話し続ける。

まったくだ。それは私の落ち度だ。すまなかった」

 雷鳴は近くの椅子を適当に手にすると、そこへ腰掛ける。そして、成行にも近くの席へ腰掛けるように促した。

 成行も適当な椅子を手にして、そこへ腰掛ける。他の四人は音楽室内に適当に座ったり、立ったままだったりして成行と雷鳴のやり取りを見守る。


「では、改めて説明しよう―」

 右手の人差し指で『トントン』と机を叩くと、雷鳴は話し始める。

「ユッキーにお願いしたいのは、10年前の世界へ向かい、そこで過去のユッキー自身と本の魔法使いを見てくること。それが『本の魔法使い』の正体を探る鍵になる」

 自信に満ちているといえばよいのか、雷鳴の口調から『ぜひタイムリープしてほしい』という願望がと伝わってくる。


「目的はわかりました。『九つの騎士の書を持ち帰れ』とは言わないですよね?」

 成行は気になっている点を確かめる。これは重要なポイントで、そこまでのことを期待されると厳しい。

「無論、そこまでの結果は望まない」と、即答する雷鳴。それには一安心した表情をみせる成行。

「タイムリープの制約上、そこまでのことは出来ないと思うからな」と、雷鳴は続けて答えた。

「では、具体的にどのような魔法を用いるのです?今、言ったタイムリープの制約にも関わるので?」


「それは私から説明するよ」

 成行の問いかけに、壇上にいた女性が答える。

 擬宝珠ぎぼしヘアーの女性は壇上を降りると、成行と雷鳴のもとへ近づく。

 目の前で見ると、改めて美しい女性だと感じた成行。雷鳴のような豪胆さはないが、しなやかで落ち着いた雰囲気。しかし、ほんの僅かに殺気めいたものを感じた。


「キミが岩濱いわはま成行なりゆき君だね?」

 その女性は手を差し出して、成行との握手を求めた。成行はすぐに立ち上がると、求められるがまま握手する。

「初めまして。岩濱成行です」

 その女性の手は白くヒンヤリしていたが、華奢きゃしゃな感触はしない。むしろ握力があるのか、握りしめられたときの力が強く感じる。

「私は風魔小太郎。よろしく」

 そう名乗った女性の口調は淡々としていた。雷鳴と比べると大人しい雰囲気がよくわかる。


「風魔小太郎さんですか・・・?」

 怪訝そうな表情する成行。気になることをこの女性は言った。彼女は自らをと名乗ったのだ。

 風魔小太郎とは、なのだろうか?戦国時代、小田原の後北条氏に仕えたという忍者。ゲームやアニメなどで、その名は聞いたことがある。もしや本名ではなく、御庭番や執行部のコードネームなのだろうか?


 握手しながら成行は小太郎の特徴的な耳を一瞥する。

「私の耳が気になる?」と、尋ねてきた小太郎。しっかりと成行の視線に気づいていた。

 小太郎は天に伸びるように長い耳を自在に動かしてみせる。それは英国のトーネードや米国のF-14などの可変翼かへんよく戦闘機を彷彿とさせた。


「いえ、別にそんなつもりは。気分を害されたなら、お許しを」

 成行は思わず握手していた手を離してしまう。


「小太郎はな、エルフ族の魔法使いだ。いや、『忍者魔法使いエルフ』というのが正確だな」

 小太郎本人ではなく、雷鳴が彼女の個人情報を補足をする。

「忍者魔法使いエルフですか・・・?」

 再度、小太郎を見つめる成行。確かにエルフの耳が長いのは、空想上ファンタジーの話ではお決まり。それにしても肩書きが多い方だ。忍者に、魔法使いに、エルフまであり、個性が渋滞している。


「私がキミを過去の世界へ送る」

 小太郎は少しだけ得意げな笑みを浮かべると、耳を折り畳むようにピンと縦にした。

「小太郎さんが?雷鳴さんの魔法じゃないんですか?」

 成行は少し驚いた様子で雷鳴を見る。彼と目が合った雷鳴は頷くと、得意げな様子で話し始める。

「私は自分を凄い魔法使いだと思っている。だがな、全能万能ぜんのうばんのうではないんだよ。そんなときは他の魔法使いの力を借りる。魔法使いは助け合いだからな。そこで小太郎の出番なんだ。なっ?」

 雷鳴は小太郎へニコッと微笑みかける。

「その通り」と、頷いた小太郎。


「では、ここからは私が解説するよ」

 小太郎は近くの席から椅子を手にすると、成行と対峙するような位置で腰掛けた。



 ※※※※※



 放課後の音楽室。窓は一部開放されて、5月の心地良い風が運動部員のかけ声も運んでくる。

 成行が窓の外へ目を向けると、広く晴れ渡った青空がみえた。こんな晴れた日に見事と一緒に帰れたらどんなに良かっただろう。そう思わずにはいられない。


 音楽室内のせきへ腰掛けた八千代と三毛猫。そして、くないという少女。

 一見すると、三人とも適当に座っているようにも思える。しかし、それぞれが音楽室の扉に近い場所、雷鳴と小太郎に近い場所にいた。それは成行の退路を阻み、同時に雷鳴と小太郎を護衛する陣形になっている。

 三人の魔法使いの少女は羊たちのように沈黙し、猫のようにジッと成行を見つめている。その視線に気づきつつ、成行は風魔小太郎からタイムリープの方法を聞いていた。


「私の用いる『エルフ魔法』は、雷鳴やここにいる魔法少女の魔法それとは異なる。それが故、過去へ行けるんだけどね。私のタイムリープは、歌を唄っている間しか過去へ行けないんだ」

「歌ですか?」と、小太郎へ思わず聞き返してしまった成行。

 歌を唄って過去へ行く。想像もしない手段でのタイムリープだ。『エルフ魔法』と聞いたので、雷鳴の魔法それとは違う凄いものを期待していた。

 だが、小太郎から聞かされた方法は、あまりにも突飛な手段に感じた。


「つまり、小太郎さんが歌を唄って、僕が過去の世界へ行くと?」

 摩訶不思議まかふしぎ時空移動タイムリープの方法に頭を悩ませながら、成行は小太郎に尋ねる。

 その際、八千代たち三人を一瞥した。しかし、三人は押し黙ってジッとしているだけ。話は聞こえているだろうが、何も言わずジッとしている。それが少し不気味に感じる。

「うーん。少し違うかな?」と、愛らしく首を傾げた小太郎。

「まあ、実際にやってみればわかるよ。準備を―」

 小太郎がそう言った瞬間、八千代、三毛猫、くないが一斉に立ち上がる。

 三人は合図を待っていたかのように音楽室の壇上へ向かった。そして、小太郎も椅子から立ち上がると、ピアノへ向かう。


 何が始まるんだ?動き始めた四人に対して、成行は思わず身構える。一方、彼の側で悠然と小太郎たちの様子を眺める雷鳴。

 小太郎はピアノの椅子に腰掛けて、あらかじめ用意されていた楽譜を開く。壇上では八千代、三毛猫、くないの順番で三人が並んだ。そのさまは、まるで合唱を始めるようである。


「ユッキー、これを」

 不意に背中を叩かれる成行。

 振り返ると、雷鳴が成行へ一枚の便箋びんせんを差し出す。それは薄い水色の便箋だった。

 とりあえず、その便箋を受け取った成行は彼女に尋ねる。

「これは一体なんです?」

 キョトンとした表情で雷鳴を見る成行。すると、彼女はニッコリ微笑むと、こう言うのだ。

「ユッキーへの指令書だ」


「へっ?」と、素っ頓狂な声を上げた成行。

「向こうへ着いたら読んでくれ」

 雷鳴はニコニコしながら成行の肩をポンポンと叩くと、前を指さす。


 その瞬間、小太郎によるピアノ伴奏が始まった。

 テンポ良く、慣れた手つきで演奏する小太郎。忍者魔法使いエルフの肩書きに『ピアノ伴奏者』の属性も加えても申し分ないほどの巧みな演奏だった。音楽に関しては素人である成行にそう思わせるほど鍵盤から奏でられる音は生き生きとしていた。


 そして、成行はすぐに気づく。

「この曲、知ってる・・・」

 成行には聞き覚えのある曲だった。それは小学生の頃、音楽の授業で何回も唄った合唱曲だ。

 八千代、三毛猫、くないによる息の合った合唱が始まる。三人は普段から練習でもしていたかのように、張りのある声でその合唱曲を唄う。

 この曲を聴いて過去の世界へ行くというのか?成行がそんな疑念を抱いた瞬間、ピアノ伴奏と歌が止まった。


「えっ・・・?」


 今まで音楽室内にいた雷鳴、小太郎、八千代、三毛猫、くないがいない。五人が音楽室から消えてしまった。

 呆然としたのも束の間、成行は周囲を見渡す。どうして誰もいないんだ?動揺を抑えきれず、思わず椅子から立ち上がる。


 まるで魔法を使ったかのように、綺麗さっぱりといなくなった五人。状況を飲み込めない中、成行はを見つける。ピアノの壁際に設置されていたカレンダーだ。

「まさか・・・!」

 心拍数が激しくなるのを感じつつ、成行はカレンダーに駆け寄る。壁際のカレンダーは、ごくありふれた市販の物。どこかの綺麗な山脈の写真がプリントされ、メモを書き込める程度の空欄が日付の真下にある。問題はその年号だ。


「そんな・・・!」


 カレンダーを目にした成行は愕然とした。そのカレンダーは、ちょうど10年前の5月になっていた。小太郎の言った通り、成行は時空を越えたのだ。

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