第2話 「雷鳴の一計」

 グラウンドを離れて校舎へ向かう成行と八千代。昼休みを告げるチャイムが学校内に響く。それを耳にしながら成行は八千代に続く。

 海鮮焼きそばへの想いは断ち切れぬもので、校舎内の学食へ想いを馳せた成行。一方、何も言わず、こちらを振り返らず、静かに歩く八千代。

 時折、校舎へ目を向ける成行。今の自分と八千代を見ている生徒はいるだろうか?他に生徒がいない時間帯、グラウンドを歩く姿はかなり目立つ。


 しかし、他の生徒たちと同じ時間を過ごしているはずなのに、自分と八千代だけは隔絶されているような気がした成行。魔法は感知できない。新人ルーキー魔法使いの身では、八千代の魔法を感知するのは無理か。考えながら歩く成行へ八千代から声がする。

「ねえ、岩濱君―」

 八千代が急停車したかと思うと、こちらを振り返る。そこは校舎の西端。この時間、昼休みだが、確実に人気ひとけは無く、実際誰もいない。

 あの森林ゾーンに比べれば、日の光も差し込み断然に明るい。不気味な雰囲気も皆無。

 だが、それが却って不気味だった。まるで人がいない状況を作られている気がした。それを察した成行の視線は、おのずと他の生徒を探す。


「ここなら誰も来ないよ?」と、校舎の壁へ八千代。成行の考えはお見通しと言わんばかりの余裕を感じさせる。その表情は少しだけ意地悪で魅惑的だ。

 が、それゆえに成行は野良猫のように警戒する。

「肝心な話を。10年前の話って」

「ふうん・・・」と、八千代。そんなに急かすなと言いたげな表情を見せた後、彼女は話し出す。


「今から10年前。岩濱君は『本の魔法使い』と出会った。間違いないわね?」

「ああ、そうだよ」

 間違いない事実。それが今日こんにちの成行へと続いている道なのだ。

「そこで提案があるの」

「提案?」

「そう。岩濱君、10年前の世界に行ってみない?」

 八千代はそう言って微笑む。普段はクールな雰囲気の八千代が見せる笑顔は大人びて見えた。が、それ以上に彼女の提案に息をのむ成行。

「10年前の世界?」

 八千代の提案は想像していた以上に大きな話だった。まさか、それはタイムリープということなのか?いや、そういう意味だろう。だとすれば、その目的はただ一つ。

「本の魔法使いに会いに行くの?」

 成行は八千代へ尋ねる。不意に汗で背中がひんやりと感じた。頭の中からは海鮮焼きそばのことは掻き消えていた。


 タイムリープ。それは創作物ファンタジーでの話。が、今や魔法使いの成行にとって、それは空想で済まされない。実現可能な、実現しうるたぐいの話になっている。

「岩濱君が過去の世界に行って、過去の自分と本の魔法使いをさがす。そうして、本の魔法使いの正体をさぐる。どう?」

 『名案でしょう?』という表情をした八千代。

 だが、そのアイディアに対して成行は確認しなければならない。


「具体的には、どうやって過去の世界に行くの?」

 その方法が明示されていない。そんな状況で、『はい、そうですか』と安請け合いもできない。すると、八千代は勿体ぶらず答えた。

「魔法で過去へ向かうのよ」

「いや、まあ・・・」

 八千代の回答に困惑した成行。それはそうだろうと思うが、もっとを詳しく聞かせて欲しい。


「タイムリープする魔法を使える人がいるの。んっ?待って。あの人は正確には忍者かな?」

 そう言って首を傾げた八千代。

「だから、雷鳴さんに会って具体的な方法を聞いて」

 八千代の言葉に対し、すぐに答えない成行。どうも怪しい。そんな思いが成行の回答を渋らせる。しかも、この提案は雷鳴からなのか?成行は気になった点を質問する。

「待って、いいんちょ。確認がしたい。この話は執行部の任務?」

「違うわ」と、即答する八千代。

「何か不都合がある?」と、逆に成行に問いかけてきた。

「じゃあ、これは雷鳴さんの個人的な依頼?」

「そうねぇ?」

 八千代は考え込む仕草をして、「そういうことかしら?」と風に答えた。


「考える時間がほしい」

 八千代へ自分の意思を伝える成行。今の率直な答えだった。

 過去の世界へ向かい、本の魔法使いの正体をさぐる。興味をのは事実だが、やはり何とも怪しい。魔法使いの勘か、将又はたまた、動物的な勘か。何か隠し事をされている気がしてならない。それを払拭できない以上、ここでの回答は避けるべきだろう。


 すると、八千代は「わかった」と一言だけ。

「私の役目は成行君への伝言だから」

 そう言って背伸びをした八千代。気ままで、しなやかに体を伸ばす所作しょさはやはり猫を思わせる。


 その時だ。


「成行君!」


 どこからともなく、成行を呼ぶ声がした。それは言うまでもなく、成行の魔法の師匠・静所おとなし見事みごとの声だった。

 無論、その声は八千代にも届いている。不意に彼女は成行に近づいて、耳元で囁く。

「見事には内緒にしてね」

 そう言ってウィンクする八千代。その笑顔がとても可愛らしく、ドキッとした成行。


 そうこうしているに、二人の前に見事が着く。体育の授業後、着替え終えていた見事は制服姿に戻っていた。彼女は急いで来たのか、少し息を切らしていた。

 だが、どうやってここを見つけたのだろう?成行が八千代とここへ来たとき、見事は既に校舎へと戻っていたはず。グラウンドに見事の姿はなかった。


「あっ!見つかっちゃった!」

 舌をペロッと出す八千代。そう答える彼女の態度が白々しい。それを見抜いてか、見事も警戒する。

「八千代!成行君に何をしたの!?」

 若干、興奮した様子の見事。これは何か勘違いをなさっている。即座にそう感じた成行は見事に話しかける。

「見事さん、別に何もなかった―」

 しかし、見事は成行の釈明をさえぎる。

「成行君!八千代と何処かに行ったって聞いたから慌ててきたのよ?」

「見事さん、落ち着いて!」と、宥める成行。

「体育の授業の後、八千代と成行君が二人きりで何処かに行ったって男子たちが噂していたわ!それを見過ごす私じゃないわよ!成行君、まさか八千代に破廉恥なことをしようとしていたんじゃないの?」

 赤い顔で、どこか恥ずかしげな様子で話す見事。何か完全に誤解している。釈明したいが、下手なことを言うと見事がヒートアップしそうだ。


 すると、そんな見事の反応を目にした八千代は再度ウィンクする。『何とかしてね』と言わんばかりに笑顔で合図してきたのだ。

 一瞬、迷った成行だが、ありのままの事実を伝える。

「実はいいんちょから体育の授業の片付けを頼まれて」

「片付け?」

 興奮した様子の見事が一瞬で穏やかになる。

「岩濱君の言う通り。ちゃんと男子から話を聞いた?」

 やれやれと言わんばかりの呆れ顔をする八千代。

 すると、それを聞いた見事は安堵したかのように溜息をした。

「そうだったのね。成行君のことだから、八千代に破廉恥なことをするんじゃないかって心配したの」

「何て失礼な!」

 流石の成行も心の叫びが声になる。


「じゃあ、シャワー浴びたいから。じゃあね」

 愛想良く微笑むと、八千代はさっさとその場を後にする。

「ちょっと、八千代!待って!」

 見事が引き留めるのを気にせずに、八千代は行ってしまった。そして、成行と見事だけが校舎の片隅に残される。


「じゃあ、僕もシャワーを浴びに行こうかな?」

 成行は冗談のつもりで呟く。

「おい!」と、ドスの効いた声で見事は成行を睨んだ。

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