第二章 嵐の前触れ
第1話 「成行への伝達」
月曜日。午前中ラストの授業として体育が組み込まれている。週明け早々に体育の授業。そのせいか月曜日の昼前は腹が減りやすい気がする。
他の生徒が疾走する姿を見ながらそんなことを考えていたのが1年C組の
今日の体育は短距離走だった。授業が終わり、クラスメイトたちがグランドから引き上げていく。この後は着替えて、そのまま昼休みとなる。着替えの時間が配慮されているので、通常の授業よりも少し早く終わる。
引き上げる生徒たちから『疲れた』とぼやく声も聞こえるが、実際は昼食や昼休みを楽しみにしている。
クラスの男子共に着替えに向かう成行。この後、学食で何を食べようかとみんなで相談しながら歩いていた。そのときだ。
「岩濱君―」
不意に男子の一団へ声がかかる。誰かが成行を呼んだ。みなが足を止め、他の男子の視線が彼に集中した。
「誰?」と、成行は声がした方へ視線を向ける。
「こっち!」
そこには成行に向かって手を振る女子が一人いた。黒髪のショートヘアで少し長身。スラッとした体形と端麗な容姿は気高い猫のようでもある。
「いいんちょ?」と、呟く成行。彼を呼ぶのは1年C組のクラス委員長・
他の男子が色めき立つ。八千代のような美少女クラス委員長に呼び止められるのは、男子たちにとって
「片付け手伝って!」と、叫ぶ八千代。
その瞬間、周りの男子たちから笑い声が湧く。成行が呼び止められた理由は体育の
「何で俺だけ・・・?」と、少しがっかりする成行。
聞けば今日の学食のメニューは最上級に美味いと噂の海鮮焼きそば。それだけに競争率が高く、少しでも遅れたらば味わうことはできない。今から片付けを手伝えば、海鮮焼きそばが絶望的な状況だ。
「がんばれよ、ユッキー!」
「じゃあ、先に行くわ!」
「安心しろ!ユッキーの代わりに海鮮焼きそばは、みんなでしっかり味わうぜ!」
文字通り『他人事』のように言う男子たちがいる。気楽で良いよな、お前たちは。成行がそんな風に思う一方で、その他の男子たちは――。
「ユッキー、良いなあ。いいんちょからご指名かよ・・・」
「お前だけが呼ばれるのか。他にも頼れる男子はいるのに・・・」
「海鮮焼きそばよりも、いいんちょのお手伝いをしたい!」
と、成行を羨ましがる男子がいたのも事実。反応は人それぞれだ。
「岩濱君!早く!」
これでもかと両手を振り回し、先程よりも大きな声で催促する八千代。
「わかった!今、行くから!」
成行は八千代へ手を振った。
「じゃあな!」
「がんばれ!」
他の男子たちは成行へ声援を送りつつ、グラウンドを離れていく。一方、片付けに向かう成行。海鮮焼きそばへの想いを引きずりつつも、八千代からのお願いを断るワケにはいかない。
グラウンドで成行を待っていた八千代。他の女子生徒の姿は無い。男子同様、他の女子生徒もグラウンドから撤収していた。クラスメイトで成行の魔法の師匠たる
八千代の元へ着いた成行。早めに終わらせたいという考えもあったせいか、少し駆け足になっていた。
「ありがと、岩濱君」と、言って微笑んだ八千代。そんな風にお礼を言われると思わず嬉しくなってしまうが、見事の雷を想像すると怖い。
八千代は成行と同じく魔法使いであり、東日本魔法使い協会・執行部の一員。そんな彼女が単に片付けのために呼んだのだろうか?顔では笑っていても、心の中では怪訝そうな表情をする成行。
そもそも、短距離走の授業では生徒が走るだけなので、特別な設備を用いるわけではない。記録用紙やストップウォッチは体育の教員が既に回収。その先生も昼休みへ向かっているので、ここにはもういない。
これは何か別件ではないのか?そう思った成行は単刀直入に聞く。
「で、何を片付けるの?」
すると、駒のようにクルッと一回転して、決めポーズをしてみせた八千代。それはまるでオリンピック代表選手のようなしなやかさと可憐さがあり、一瞬見とれた。
「うーん。片付けはないのよ。ご覧の通り―」
そう言ってしずかに成行を見つめた八千代。彼女は続ける。
「実はね、雷鳴さんから相談事があって」
「雷鳴さんから?」
八千代の言葉に成行の表情が変わった。先程とは異なり、心の奥にしまっていた疑念が表情なって現れる。
どうして雷鳴の相談が八千代から来るのだ?まず、それが気になった成行。雷鳴の相談事は八千代ではなく、見事を経由してきそうなものを。
となると、執行部絡みの話なのか?
だとしても急な話だ。昨日の今日で、いきなり執行部からの任務が与えられるのか?
それに今朝、見事と約束していた。無理はしない。何かあれば相談をすると。心配した見事が自宅まで迎えにきた事実は重い。その約束をいきなり破るような真似は絶対にしたくない。成行はそう思った。
考えている成行を見た八千代はフッと溜息を吐いて話す。
「心配事が表情に出てるわよ?」
「・・・」
成行は無言のまま。八千代からの問いかけへ、『その通りだ』という無言の回答をする。
「一緒に来て。詳しく話すから」と、手招きする八千代。
「どうしようかな?海鮮焼きそば食べたいし―」
海鮮焼きそばを盾に八千代の誘いを拒もうとする成行。彼は主人の言いつけを拒む柴犬のようにそっぽを向く。そんな反応を目にした八千代が言う。
「本の魔法使いの話よ?」
その言葉を聞いた瞬間、そっぽを向いた成行の視線が八千代へ向いた。
表情を変えず、しずかに成行を見つめていた八千代。その
「10年前の話。ある意味、
「ある・・・!」
悔しいが、成行はそれを素直に認めざるを得なかった。
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