第5話 「コーヒーと風魔忍者」

 雷鳴は五人分のコーヒー、落としたファッション雑誌、今週のジャンプを購入し、セブンイレブンを出た。コーヒーは雷鳴、小太郎、忍者小娘。そして、キャデラックに乗っている忍者二人分。合計で五人分。

「くない、コーヒーを運んでやれ」

「はい!」

 元気良く返事をした忍者少女。小太郎の指示には素直に従う。彼女は一瞬ムッと雷鳴を睨むと、コーヒーカップを受け取る。そして、ショートポニーテールを揺らしながらキャデラックの仲間忍者の元へ向かった。


「こっちで話そう」

 雷鳴の提案で二人はコーヒーカップを手に駐車場の片隅へ移動する。そして、二人は周囲から距離を置くように会話を始める。

「あの『くない』という小娘が釣り場にいたキジトラだな?」

 コーヒーを一口飲む雷鳴。彼女は『くない』と呼ばれた少女の正体を見破っていた。あの少女こそが釣り場にいたキジトラ猫の正体。忍術魔法で猫に化けていたことを見破っていた。

 と同時に、自分相手でも逃げなかった心意気ガッツに少し感心し、少し呆れていた。腕は悪くないが、判断がいささか無謀だ。先程の小太郎の合図に従い、退却すべきだった。


「気づかれたか・・・」と、すっとぼけた調子で答える小太郎。奢って貰ったコーヒーを口にして彼女は話す。

「あの子はな、『風間かざまくない』という名でな―」

「『くない』って、どんな字を書くんだ?」

「漢字で書くと『らく』って書くんだ」

「ん?『苦無くない』ではないんだな?忍者だから、てっきりそう書くかと思った」

 雷鳴が言ったのは、忍者の武器『苦無くない』である。ナイフにも手裏剣しゅりけんにも使えるような武器で、それこそ現代風にアレンジすれば海兵隊や空挺部隊の装備品にも使えそうな代物だ。


「あの子は今年から高校生。お前の娘の一人、静所おとなし見事みことと同い歳さ」

風間かざまというなら、忍者筆頭のか?」

 雷鳴は『風間かざま』のせいに反応する。

 今日こんにち、忍者で『風間かざま』といえば、風魔忍者軍団の筆頭しか考えられない。

 小太郎は後北条氏滅亡後は徳川家康に従い、各地を転戦。元和偃武げんなえんぶ以降、風魔忍者ふうまにんじゃ軍団長ぐんだんちょうを退いた。それ以降、風魔忍者軍団のおさ風間家かざまけとなっている。


風間家かざまけ・現当主の娘でな。私が小さい頃から忍術、魔法全般の教えている。隠居の身とはいえ、今でも忍術顧問、魔法顧問、軍事顧問をさせられるんだよ」

 もう一口コーヒーを飲む小太郎。今度は先程よりもゆっくりとコーヒーを味わっている。

「そりゃ大変だ。バイト代も、忍者年金も弾んでもらわないと」

 また冗談めかしたことを言う雷鳴。

「なに、忍者年金で足りない分は、小田原、平塚、伊東のレースで補っているから大丈夫だ」

 小太郎も冗談めかしたことを言った。彼女もまた雷鳴と同じく競輪好きで、地元神奈川県の小田原、平塚、川崎。さらにお隣・静岡県の伊東の競輪場にまで姿を現す。

 ちなみに小太郎の言った『忍者年金』とは、忍者が給付を受けられる魔法使い独特の制度。しかし、小太郎の給付額は多くない。エルフのため、他の忍者人間に比べると受給期間が長すぎのだ。

 それに忍者年金の創始者は小太郎本人。言い出しっぺが沢山貰うのも良くないと、本人は考えているらしい。


 暢気に冗談を言い合った二人。しかし、ここで雷鳴が話題を変える。

「さて、本題に入ろう」

 雷鳴の表情が変わった。真剣な眼差しで、ふざけた様子は皆無だ。その瞬間、二人のいる周囲にだけ空間魔法が展開される。雷鳴の魔法だ。事実上の人払いである。小太郎護衛の風魔忍者もこれでは会話を聞き出せない。

「で、相談の内容は?」

 小太郎も雷鳴の空間魔法を確認し、真剣な表情を見せた。

「なあ、10年前のことを覚えているか?10年前の今頃の話だ」

 雷鳴の問いかけに小太郎の表情が険しくなる。彼女はすぐには答えず、少し間をおいて話す。

「覚えてるよ・・・。忘れるものか。これまでの人生で数少ないだったからな」

 小太郎は渋い表情をした。それはコーヒーのせいではなく、雷鳴の話した10年前のことが関係している。


「実はな、そのときの謎を解明できるかもしれないんだ」

 スッと小太郎の耳元で囁いた雷鳴。

 小太郎の耳がピクッと反応する。雷鳴の言葉に興味を示した証拠だ。

「ほう・・・。で、どうする気だ?」

 グビッとコーヒーを口にする小太郎。

「お前も聞いているだろう?私のもとにいる新人ルーキー魔法使いの話」

岩濱いわはま成行なりゆきだな?アイツの親父は見たことがある。南競なんけいの記者だろ?」

「ほう。さすがは風魔忍者。情報通だな?」

 詳しく解説せずとも事情を把握しているようだ。やはり忍者の情報収集能力は侮れない。小太郎の言動からそう判断する雷鳴。

「それで、そのルーキーが何の関係があるんだ?」

 小太郎は急かすように尋ねる。

「その少年ルーキーが10年前のことに関係しているかもしれないんだ」

 雷鳴の言葉に無言になる小太郎。何かを思い出そうと考え込んでいる。

「実はな―」

 雷鳴は小太郎に自らのを話した。



 ※※※※※



 時間にしておよそ15分。雷鳴と小太郎は、セブンイレブンの駐車場で話し合いをした。それを終えると、二人揃ってキャデラックへ向かってくる。それに気づいて身構えるくない

「待たせたな、くない

 小太郎は楽に手を振る。すると、飼い猫のように近づいてくる楽。

「お頭!」と、小太郎に近づき嬉しそうに微笑む楽。

「楽、早く学校に行けよ。遅刻するぞ」

 この時間は既に高校で授業が始まる時間だ。すると、楽はこう答える。

「大丈夫だニャ!私、優秀な忍者だから、1限目くらいサボっても平気だニャ!」

 言葉通り、楽はサボりなど気にしていないという素振り。しかし、小太郎は良い顔をしない。

「感心しないな。優秀なことは、何時いつからサボる言い訳になった?」

 すると、「ニャァ・・・」とションボリした楽。

「成績が良くなくても、乱太郎、きり丸、しんべヱは授業をサボらんぞ。それに、忍者にとって驕りは最大の敵だ」

 楽へ真剣な表情で話し続ける小太郎。


 小太郎が良き師であることを理解した雷鳴。小太郎は弟子の忍者少女のことをしっかり考えている。そう思いながら師弟のやり取りを見る。

 小太郎が弟子へ語るのは、忍者としての当たり前の心構え。それが疎かになれば、間違いなく忍者には命取りなのだ。それを嫌というほど理解している小太郎。彼女の言葉には重みがある。それはかつて風魔忍者軍団を率いたエルフ忍者の心意気と責務から来るのだろう。傍らで話を聞く雷鳴にも、その想いが伝わってくる。


くないよ」

 雷鳴は楽に声をかける。

 透かさず雷鳴を振り向く楽。彼女の表情には未だに雷鳴への警戒心があった。

「お前にも手伝いを頼むかもしれない」

 ニコッとした雷鳴だが、その笑顔には何かが隠れている。それを感じ取った楽が不安げな表情になる。

「なあ、くない。歌は得意だよな?」と、小太郎は楽へ問いかける。

「えっ?まあ、下手じゃないと思いますニャ・・・」と、答えるくない。質問の意図をイマイチ理解できていないようで、猫のように首を傾げる。


「小太郎。一応、げん当主とうしゅ殿どのにも、この件を話して欲しい。私がじかに言うよりも、お前さんが話す方が良いだろうし―」

 先程の話し合いに関して、小太郎へ依頼する雷鳴。『東京の魔女ママ』という立場の雷鳴からすれば、風間家かざまけへの命令もできる。だが、そこは小田原派や風魔忍者ふうまにんじゃ軍団ぐんだん内の事情、秩序を重んじるべきだと考えたのだ。

「わかった。私から話しておくよ。くないの力も借りる必要があるからな」

 ニコッと微笑んで楽を見た小太郎。一方、相変わらず、事情がつかめずキョトンとする楽。


「それとお前―」

 雷鳴はくないへ話しかける。

「普段の会話では、絶対『ニャ!』なんて語尾は付けないだろう?特に学校とか?」

 雷鳴の問いかけに、決まりが悪いのか楽は俯き加減に答える。

」と、ごく普通に喋った楽。頬を赤くして恥ずかしそうに震える。そして、それ以上は雷鳴へ何も言わなかった。


「もう勘弁してやれよ。弟子に意地悪しないでくれ」

 雷鳴の問い対して、小太郎は楽へのフォローをする。

「可愛いと思って言ってたんだよニャ?」

 小太郎は両手を駆使して、猫の仕草を真似する。

 それを見た楽の顔がより赤くなった。その瞬間、彼女が堪えていたものが爆発したのだろう。

「もう、お頭の馬鹿!意地悪エルフ忍者魔法使い!私、学校に行きます!」

 涙目になりながら、楽はその場を逃げるように去った。さすが忍者少女だけあって走るのは速い。瞬く間に姿が見えなくなった。


くないのことは、お前がなんとかしろよ?」

 ジトッとした目で、雷鳴は冷めかかったコーヒーをグビッと飲む。

「お前が引き金だろう?こっちはだよ」

 小太郎はあきれ顔で残ったコーヒーを飲み干す。

「何か甘い物でも食わせてやればなんとかなるだろう?」

 口から出任せに近いアドバイスをする雷鳴。

「オイオイ、今時いまどきの若いのは食い物なんかには釣られないぜ?」と、小太郎。そうは言いつつも、弟子の機嫌を直す方法を考えている様子だった。

「まあ、なんとかするよ―」

 小太郎は青い空を眺める。そして、雷鳴に向かって言う。

「お前のアイディアで10年前の一件いっけんが解明できれば―」

 小太郎の目は真剣であり、何かを決意したかのようにも見えた。

 雷鳴はしずかに頷くと、小太郎に言う。

「では、OKということでいいな?こちらも準備に取りかかる」

「わかった。では、また連絡を―」

 小太郎はキャデラックへ向かって歩き出す。


「コーヒー、ごちそうさん」

 小太郎は後ろを振り返ることなく、雷鳴へ適当に手を振った。小太郎が近づくと、キャデラックのエンジンがかかる。

 雷鳴も小太郎へ手を振る。そのときには余計な一言は無い。


 小太郎が乗り込むと、キャデラックは早々にセブンイレブンの駐車場を離れた。彼女の乗った車を見送って、雷鳴はからになったコーヒーカップを握りつぶす。それを店のゴミ箱へ入れると、グッと背伸びをした。

「食後の散歩に行くかな―」

 雷鳴は一人、歩き始める。向かったのはモーニング競輪が開催される小田原競輪場。小田原ここまで来たのだ。競輪を観に行かない道理はない。













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