第4話 「忍者であって、ハンターではない」

 竹輪天そばを食べ終えた三人。店の流儀にのっとり、さっさと店内を後にする。小太郎が「ごちそうさん!」と言うと、店員たちは一斉に「またどうぞ!」と返した。それを聞いて気分良く店を出た小太郎と雷鳴たち。


 蕎麦を食べ終える頃には、もう世間は動き出している。一面の青空が小田原上空に広がる。その下には通勤の車。路線バス。街行く人々。今日も仕事、学校が始まる。

 駐車場のハリアーまで戻ると、小太郎がスマホを確認する。彼女は道を挟んだ反対側のコンビニへ目を向けた。そこには駐車場の広いセブンイレブンがあり、黒いキャデラックのエスカレードが止まっている。


「時衛門、釣り道具はこっちで持ち帰る。迎えが来てるからな」

 キャデラックを指さす小太郎。

「ここまでスマンかったな」と、時衛門をねぎらう小太郎。

「いえ、美味い蕎麦をごちそうさまでした」

 時衛門は姿勢正しく小太郎へ頭を下げた。


 一方、キャデラックへ視線を向ける雷鳴。フロントガラスは一面スモークガラス。普通の人間には見えないが、彼女には運転席と助手席に座る者が見えている。すると、向こうもこちらへ視線を向けている。

 ちゃんと警戒されているな。忍者はそうでなくては。雷鳴は風魔忍者の能力に感心した。

「雷鳴、セブンイレブンへ行こう」という小太郎。ハリアーから釣り道具を回収し、近くの横断歩道を指さす。移動する準備は万端だ。

「じゃあ、次はこっちが奢るぞ。食後のコーヒーにしよう」

 雷鳴はセブンイレブンを見ながら言う。

「なら、部下の分も買ってくれ。私の分だけでは、竹輪天そばの代金には足らん」

 小太郎はカラカラ笑った。


「じゃあ、お二方ふたかた。ごきげんよう―」

 ハリアーの運転席に座った時衛門は、小太郎と雷鳴へ声をかける。これから彼が向かう先は横浜。仕事をする前に覆面パトカーを県警本部へ返しに行くという。

「またな、時衛門」

「気をつけてな」

 簡単に手を振る小太郎と雷鳴。

「へーい」と手を振り返す時衛門。車の列が途切れたタイミングを見計らい、彼が運転するハリアーは出勤時間帯の幹線道へ消えていった。


「さあ、コーヒーをいただこうか」

 ハリアーを見送り、小太郎が横断歩道に向かって歩き始めた。それに続く雷鳴。

「車内には部下が何人いる?言っておくが、キャデラックの外にいる10名の護衛には買ってやらんぞ。10人分奢ったら、竹輪天そばをもう一回ご馳走にならないと―」

 雷鳴は小太郎へ釘を刺す。それを聞いてフッと笑った小太郎。

「流石だな、雷鳴。腕はちっとも鈍っていない」

 二人の周囲には10名の風魔忍者が潜んでいた。無論、目的は小太郎の護衛のため。しかし、雷鳴はきっちりと10名全員に気づいていた。


 赤信号の横断歩道前へ着くと、小太郎は一瞬どこかへ視線を向けた。

 得意げに笑みを浮かべた雷鳴。彼女は小太郎が周囲の忍者へ合図を送ったのを見逃さなかった。まるで蝋燭の炎を吹き消すように、風魔忍者たちの気配がスッと消えた。

「言うほど早かないわ。それに今のは絶対言いたかっただけだろう?ほら、さっさとセブンへ行くぞ」

 呆れた様子で話した小太郎。雷鳴が冗談を言うに、『信号が青に変わりました』とアナウンスが聞こえ始める。

「セブンに行ったら、コーヒーと今週のジャンプも買うんだ」と、楽しいそうに話す雷鳴。彼女は小太郎に先んじて歩き始めた。

 こうして二人は横断歩道を渡り、セブンイレブンへと移動した。



 ※※※※※



 小太郎よりも先にセブンイレブンへ入店する雷鳴。すると、彼女はレジではなく、雑誌売場へ向かう。

「ん?どこへ行く?」と、尋ねる小太郎。

 コーヒーを買うならレジで注文をしなくてはならない。しかし、雷鳴はそれをしない。お構いなしに雑誌売場へ向かう雷鳴。本当にジャンプが目的の様子だ。


 雑誌売場には今週のジャンプがまだ残っている。そして、そこで立ち読みをするセーラー服の少女がいた。地元の高校生だろうか、紺色のセーラー服姿で黒髪のショートポニーテール。猫のように瞳が大きくて、顔立ちがくっきりとしている。少し子どもっぽい印象だが、芯の通った雰囲気も同時に感じさせる。恐らく、登校中にファッション雑誌を立ち読みしているのだろう。


 雑誌売場へ着くと、今週のジャンプへ近づく雷鳴。その隣には立ち読みする少女。と、不意に立ち読みする少女を見た雷鳴。

「オッス!オラ、雷鳴!」

「ニャっ!!」

 次の瞬間、雷鳴は雑誌を読む少女のポニーテールを引っ張った。まさかの行為に驚いて雑誌を落としそうになる少女。

 雑誌が床へ落ちる前に、それを透かさず受け取った雷鳴。ニコッと微笑むと、彼女へこう語りかける。

「よう、子猫ちゃん。また会ったな?」

 雷鳴の軽口にくだんの女子高生はキッと睨み返してくる。


「これ!」

 雷鳴にチョップを食らわせる小太郎。

「あたっ!」

 その瞬間、雷鳴は雑誌を床に落とす。無残にも床へ叩きつけられた雑誌が哀れだ。

「くうっ・・・。

もう、それはいいから!」と、雷鳴のボケを遮る小太郎。

「何だよ!最後まで言わせろよな。このセリフ凄く気に入っているんだぞ。個人的には日常的に使いたい漫画のセリフ100選の一つなんだ!」

 チョップされた自分の頭を撫でながら、雷鳴は小太郎へ文句を言う。一方で小太郎はやれやれと言わんばかりの表情。


 すると、ポニーテールの少女は小太郎の背後へ隠れる。そして、そこから雷鳴を睨む。警戒心をむき出して彼女はこう言い放つ。

「おかしら雷鳴コイツ、まともじゃないニャ!クラスの男子だって、こんなことしないニャ!」

 怒った猫のような反応の少女。すると、雷鳴は不敵な笑みを見せて話す。

「修行が足らんな、忍者小娘。おかしらの指示に背いて雑誌売場に残ったな?小太郎の指示に気づかぬ程の低レベルではあるまい―」

 すると、その少女は悔しそうな目でそっぽを向いた。雷鳴の指摘が的確だったのだ。言い返す言葉が無い少女。


、雷鳴相手に無茶をするな。お前のレベルではゴジラと喧嘩するようなものだぞ」

 背後に隠れた少女へ語りかける小太郎。すると、『くない』と呼ばれた少女はシュッとした表情をみせる。

「くない?それがお前の名前か?」

 雷鳴は小太郎の背後の少女へ問いかける。

「そうだニャ・・・!」

 フーッと雷鳴を威嚇する少女。これで猫耳を装備していれば、完全に猫だろう。それほど、猫っぽい雰囲気を醸し出す。


「一旦、外で話そう。早くコーヒーを買ってくれ」

 小太郎は雷鳴へ言う。

「そうするか。他の客にも迷惑だしな―」

 レジへ向かう雷鳴。コーヒーを注文するついでに、落としたファッション雑誌と今週のジャンプを一冊購入した。






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