第一章 戦友との再会
第1話 「懐かしきは小田原の海」
神奈川県小田原市。かつて、ここ小田原を中心に後北条氏が関東地方を治めていた。その時代、関東地方、ひいては東日本最大級の城下町であった小田原。目の前には相模湾。そして、箱根の山を背にして、今も昔も人や物が行き交う街だ。
海辺には幾つもの釣り場がある小田原と
その中の一つ。とある釣り場へ
つい先日まで
ハリアーの運転席には気の抜けたような顔つきの中年男性がいた。鼻歌をしながら、彼は如何にも機嫌が良さげな雰囲気で運転する。
男の名は
今は出世して、『警部』にレベルアップしている時衛門。だが、今でも雷鳴へ仕えることを続けている。
「ママ、起きてる?」と、雷鳴へ話しかけた時衛門。『東京の
「ああ、今な。天気が良くて最高だな・・・」
そんな空を眺めていると気分も
日本へやってきて六百年以上経つ雷鳴。その頃から小田原の街には縁があった。それは彼女が後北条氏・家臣団の一人だった頃の話だが。
当時から小田原の風景は変わってしまった。今や大きな城郭は無いが、市内には雷鳴の好きな競輪場がある。
それに今でも交通の要衝であることに変わりはない。新幹線、小田急線、伊豆箱根鉄道があり、小田原市はもちろんのこと、箱根や熱海、伊豆半島へと向かう人々がここを訪れる。
※※※※※
時衛門の運転するハリアーは、目的地の釣り場の駐車場へ着いた。通勤時間帯にはまだ早いので、道中はスイスイと走り、目的地へ到着できた。
そこは釣り好きには知らぬ者はいない位の有名な釣り場。平日の早朝にも関わらず、釣り場の駐車場は満車に近かった。SUV、ミニバン、コンパクトカー、軽ワゴン、軽トラ、それに二輪車まで。中古車展示場かと思うほど、多種多様な車両が停車している。それにナンバープレートも多種多様。関東地方を中心に、遠くは中部や関西方面の車両までいる。
駐車場を目にした時衛門は後部席へ語りかける。
「ママ、少し待ってね。今、車を止めるから。これならカローラにすればよかったかな?」
愚痴っぽく言う時衛門。
最後の一つとなっていた駐車スペース。そこは駐車場の端で、隣には大阪ナンバーの日産・セレナが止まっている。そのため、ハリアーを止めるのは簡単ではない様子。車を一旦停止させてバックで駐車する時衛門。
ちなみに、このハリアーは時衛門の所有物ではなく神奈川県警の所有物。時衛門は県警の覆面パトカーを拝借し雷鳴の送迎をしていた。
雷鳴は黙ってハリアーが止まるのを待った。普段、釣りに縁の無い雷鳴だが、自身が競輪好きのように、好きなことに熱中する者の朝は早いのだと理解できる。駐車場一杯の車を眺めながらそう思った。
「到着です」と、エンジンを切った時衛門。
「すまんな、ご苦労さん」
簡単な
時刻は午前5時過ぎ。相模湾を目の前にする駐車場。朝の空気には濃い潮の匂いがした。波の音と、東から姿を現す太陽。眩しい光が水面を指して、相模湾が黄金色に輝く。この光景だけは戦国時代からは変わっていない。そう思うと、何か懐かしいような気分であった雷鳴。
「では、こっちです」
時衛門はハリアーをロックすると、釣り場へと雷鳴を案内する。雷鳴は黙って彼に続く。
駐車場から海の方向に歩いて数分。すぐに防波堤へ至る。そこは相模湾へ向かいI字状に防波堤が伸びていた。ここが釣り好きに愛される釣り場。
防波堤には釣り人たちがひしめき合うように陣取り、海へと糸を垂らす。この時間から釣りをするのは遅いのだろう。防波堤には割って入る隙間が無い位に釣り人がいた。
雷鳴は白いシャツに、薄い水色の上着を羽織り、クリーム色のテーパードパンツ姿をしていた。背が高く、美人な雷鳴が着こなせば大層オシャレな格好なのだが、この場においては不釣り合いな姿だった。
どうみても釣りをする姿ではない雷鳴。加えて、時衛門もごく普通なスーツ姿で、それこそ釣りをするようには見えない。そもそも二人は釣り道具を一切持っていない。そのため、一部の釣り客は雷鳴や時衛門の姿を不思議そうに見ていた。
雷鳴は歩きながら、「景色が良い」と一言。I字状に伸びる防波堤からは相模湾、小田原の街、そして遠くには相模国の山々が見える。風光明媚だ。
I字状の防波堤を進むと、その先端には不思議な場所があった。これだけ釣り人がひしめき合う状況にもかかわらず、そこだけ周囲と途絶されたように人がいない。
いや、正確に言えば『一人』と『一匹』だけがいた。防波堤の終わり。I字状防波堤の先端に一人の釣り人。そして、一匹のキジトラの猫がいる。
フィッシング・チェアを使う釣り人もいる中で、雷鳴と時衛門が会いにいく釣り人は立ったままで海へ糸を垂らす。それは雷鳴と時衛門に背を向けるような形である。
雷鳴に比べると小柄だが、しゃんと伸びた背からは少しの油断も感じさせない。まるで背中に眼があるようにも思える。それは一般人には感じ得ない
そして、釣り人には身体的な特徴があった。天を向くように
釣り人の背後にはキジトラの猫が一匹。行儀良く座り、雷鳴と時衛門へ視線を向けている。まるで釣り人の背後を守護するようであり、二人を待ち構えているようでもあった。
釣り人と猫の姿を目視した雷鳴と時衛門。二人は一旦足を止める。
「僕が先に行きます」と、一言述べて足を進める時衛門。
「わかった」
この場は一旦彼に任せることにした雷鳴。彼女はその場で足を止めて待つ。
キジトラ猫へ向かって真っ直ぐに歩く時衛門。キジトラは近づく彼をジッと見据える。
「止まれ、時衛門」
その言葉を聞いて足を止めた時衛門。それは彼の目の前にいる猫が発した言葉だった。
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