第48話 太白星、花道を征く

俺は入行してからマジ泣きした事が

二度程ある。一度目は一年坊主の時に

自分の不甲斐無さで。二度目は職場の

オヤジと敬愛していた頭領が死んだ時。

そして今、三度目を体験していた。


『櫻岾支店』の男性用トイレの個室で

俺はハンカチで目頭を押さえている。

 泣くつもりなんか全くなかった。

勿論、店がなくなるのは残念だと思うし

哀惜の情はある。だけど、そんなに長く

勤務した訳でもない『櫻岾』の閉店に

これ程までに感極まるとは…。

 田坂なんぞ、法人のナントカ賞を

取ったぐらいで泣く割には、俺の事

まるで 困ったヤツ みたいな対応して

くれやがって。


「諒太ァ?気が済んだかー?」個室の

外から気の抜けた声でヤツが言う。

「…うるせえ。」感謝はしてる。

「その豪勢なツラ、さっさと洗えよ。

じき四時になるぞ?辞令が楽しみだ!

スーパースター、もういい加減こっちに

返り咲きだろ?」「…。」


田坂の言葉に俺は、考える。


突然の都落ちから今日まで、俺は此処で

全力でやってきた。今まで旧習の弊害を

被っていた顧客の運用も軌道修正したし

難攻不落の岩盤先のメイン化も果した。

歴史ある『櫻岾支店』の保存も決定して

万事丸く収まっている。予算過達、重点

目標項目全クリア、預金純増…結果も

出したのには違いない。


それなのに。


俺は個室のドアを開けると、鏡の前で

顔を洗う。「…びっくりさせんなよ!」

田坂が言うが「悪ぃ、四時には戻る。」

「おい、諒太ッ!」




トイレを出ると、そのまま通用口へ。

そして店の外へと出る。



      瞬間、白い花弁が


まるで季節を忘れた様に舞い散って

いる、いつかの『護摩御堂屋敷』で

遭遇した『護櫻』の花吹雪だ。

 一体、何が祟っていたのだろうか?

この【櫻岾】に。



『護摩御堂屋敷』『法照寺の井戸』

『開かずの間』『封印都市』に『護櫻』


結局、そんなモンじゃなかった。



本店で見た辛気臭い男は、黒いスーツに

身を包んでいた。まるで 葬式 で着る

喪服のような漆黒の。


「ウチの役員じゃねえンだろ?」


俺はそいつに言ってやった。花吹雪の

只中に立つ 漆黒の男 に。

「そんな事を言った覚えはない。」

「線路の外に…出られンのかよ?」

「契約したからな。」「契約?」

桜吹雪の中、その男を眇めて見るが、

容貌は杳として分からない。


「あの男、この地を祝福しろと言って

きた。代わりに自由を寄越すと。一族

最後の末裔だ。」「……頭領が。」

「古くは、人に崇められたものだが

閉じ込められ、この地まで逃げ果せた。

その話に懐く興味を持った様だったが

これ程に遠い血にも関わらず、大した

咒を使う。」「…アンタ、もしや。」

「それはそっくりお前に返す。お前こそ

あの男によく似ている。我が血筋では

ないにも関わらず。」


「……ッ!」一際、大きな風が吹いたと

思うと、目の前の男も花吹雪も忽然と

消えてしまった。



「諒太?」通用口から田坂が顔を出す。

「もう四時だ。最後の辞令だからな、

ちゃんとしろマジで。岸田や若い奴等に

示しが付かない。」「わかってる。」

オマエに言われんでもわかってるよ。


   そう、最初っからわかってた。



俺は促されるまま店内へと戻った。





ロビーにはもう皆んなが集まっていた。

小田桐支店長が、俺の姿を確認すると

待っていた様に口を開いた。


「では、辞令を発表します。」


心なしか支店長も緊張して見える。

「先ずは、ロビーの橋下さん銀座支店。

テラーの原さんは目黒支店。川辺さんは

豪徳寺支店。」呼ばれたそばから歓声が

上がる。「守本君は田園調布支店。」

「え、俺?」実質、出世には違いない。

だが忙しくなるぞ?それに貼られる

数字だってデカくなるんだ。

「畠山さんは、本店事務統括本部。」

「やったー!私も遂に丸の内OLだ!」

露骨に嬉しそうだな、畠山。

「岸田君は六本木支店。」「え?!」

岸田、俺の顔を見る。まぁ、其処は俺の

初任店だ。良かったな、そんな気持ちで

俺は頷き返す。


「藤崎君は、大出世ですから最後に。」

「えっ?ナニ勿体付けてんですか…。」

一瞬、怖くなる。「良かったな諒太。」

無駄にホクホクしてんのオマエだけだぞ

優斗。コイツの笑顔…嫌な予感がする。


「私は本部の役員補佐を拝命しました。

皆さんのお陰です。」ここで一同拍手。

いや、気になるから早くしてくれよ

マジで。俺も気も漫ろに手を叩くが。


「では、藤崎君。最大の功労者であり

本部からの評価も高く、今回の異動では

史上最年少の支店長に抜擢されました。

藤崎君は『猫魔岬支店』の支店長。」


  …………え?今、何て??


「…ちょっと待って下さい、支店長!」

思わず膝から頽れる、俺。

「何ですそれ、そんな店あるんですか?

聞いた事もない!都心エリアに戻って

来ると思いきや…超ウケるッ!」田坂が

笑いながら言うが、俺だってねぇわ!


しかも、俺が支店長だと?


「凄いじゃないですか!藤崎さん。いや

藤崎支店長!」岸田が泣きながら笑う。

「おめでとう御座います!」「店の前で

記念写真撮ったら『法照寺』で待ってる

皆んなにも知らせないと…!」皆口々に

言うけれど。


ツッコミ処、多過ぎだろ。


『猫魔岬支店』なんて聞いた事もない!

コレ都落ちじゃなくて 島流し だろ。

俺が一体何したってんだよ…?!




でもまあ何処に行こうが、やる事は

同じだけどな。






擱筆







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る