第45話 魔物の語る事

中世の初期にグレートブリテン島に

侵入したアングロ・サクソンの人々が

同島南部から中部にかけて確立した


7つの王国、 ἑπτἀρχή ヘプターキ



元々は、古代ケルトの多神教信仰の

土地だった。だが、帝政ローマの

属州として組み込まれた事により

ローマ人の入植と共にキリスト教が

広まっていった。


帝政ローマの宗教は、無辜の民草に

『祈り』を与えた。


本来、神は森羅万象に在り亦その

意思は 自然 同様に、決して人の

解の範疇に収まり切る事はない。


『祈り』とはいかに不毛である事か。


ブリタニアの分轄統治は即ち、戰を

意味した。掠奪と殺戮とが大地を

蹂躙した後の、七王国ヘプターキである。




怨嗟の声が渦巻く絶望の焔の中を掻い

潜り、苦蓬と蕁麻とに何度も行く手を

阻まれながら逃げ惑い、漸く辿り着いた

深い森の中で彼らが見たものは、


 忘れ去られた様にひっそりと佇む

       苔むした要塞。


アイルランドのケルト文化でもなく、

北海沿岸のバイキングの様式とも違う。

強いて言うならば、古代バビロニアに

見られる様な、石を何段にも積み重ね

上げたもの。但し、明らかに外敵から

身を守る為のものではなく、内側から

外へと 何か が流れ出るのを塞ぐよう

その石垣は、抜かり無く強固に何重にも

組まれていた。


戦火を逃れた者たちは石の要塞を前に

束の間の安息を漏らしたが、それは

まさに赫々と燃え盛る篝火の中へと

誘われる羽虫の如く。


彼らは大いに畏れ慄く事となる。


然しそれを伝える者は誰一人として

生きて戻る事はなく、由々しき事態を

知った 末裔 達が、その対策へと

派遣されたのは、既に幾許かの時が

過ぎ去った後だった。




蒼い波濤の海峡を渡り、Eurasiaの

広大な黄色い砂漠を征く。


時という概念も又、人の作りし物。

只の感傷的なメタファーでしかない。


砂漠に続く砂漠。凍て付く氷河に

雪を冠した高峰…雄大な草原の遥か

天上には満点の星々が輝く。草を食む

毛の長い獣。流線形の石で出来た砦、

大河を遡る白魚の群れ。

百々の詰りに見たのは又もや、海。


薄紅色に煙る山々と深山幽谷。深緑に

尖った槍の如き木々の森を静かに濡らす

銀色の雨。一定周期で様相を異にする

岾の佇まい。


まるで見た事のない景色だった。




人の理など、どれほど小さな事か。

下手に感情があるだけ、中途半端に

思考する知があるだけ始末に負えぬ。


あの日、戦火より逃れて来た無辜の

民草は一体、自分が 何 に祈ったか

理解すらしていなかった。






「…そら又、なかなかに面ろそうな

旅やなぁ。羨ましいです。」「…。」


その男が、最後の 末裔 である事は

分かっていた。それにしてもやけに

肝の据わった若造だ。

 しかも、この異常な空間に於いて、

些かの動揺もない。何故に平然と

喪服のモノに囲まれて、嬉しそうに

飲み食いしている?

死者の宴に 生者 が混じるのは、

禁忌ではなかったのか?


「…お前、恐ろしくはないのか?」

「何が?」「…葬式が。」いや、死と

言えば良かったか。

「いやいや、仕事帰りに鯨幕見たから、

どないしたんやろ?て、覗き込んだンが

アレやったよな。香典とか持って

来んかったの、マジでヤバいよなぁ。」

「…香典。」「皆さんすごい親切にして

くれるんで、つい。」「親切だと?」

「はい。後日また改めて支店長と一緒に

お線香上げさせて貰いに来ますんで。」

彼はそう言って笑った。


何故か酷く落ち着かない気持ちになる。

だか、その反面 得心 があった。


この男を生かしたのは、あの娘との

契約だった。なる程、あの女は決して

『祈り』など捧げはしなかった。これは

正当な『契約』に基づく等価交換だ。



「…で、日本はどうですか?」青年は

端正な笑顔を向ける。少年と言っても

憚らない年頃だろうに。

「まあ日本、言うても結構あちこちで

違いますからね。景色とか文化とか?

俺なんぞは西の育ちやから、こっちに

来てびっくりする事も多かったです。」

「…そうか。」「でも、ここ割かし住み

安いン違うかな?色んな神様あちこちに

座してて、しかもお寺もあって仏さんも

おる。冠婚葬祭なんぞ、その典型や。」

「一体、何を…言っている?」





「貴方、◾️◾️でしょ。」



瞬間、咒が。




「俺、そう言うの、よう分かるんです

昔っから。だから貴方の事も良ぅく

分かっとりますよ?」あの女の息子は

ニンマリと笑うと更に驚くべき事を

言った。




「俺と、契約してくれんかな?」













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