第42話 奥方降臨

「あら。いたいた!諒太くーん!」

その見慣れぬ中年の男女は、普通は

大体そっちにいく事務課の方じゃなく

俺ら営業課の方へと歩いて来ると、

女の方が、何と、あの!藤崎さんの

ファースト・ネームをいきなり叫んだ。


その衝撃たるや、俺だけじゃなくて

岸田なんか口をあんぐり開けて呆然と

している。ロビーの橋本さんなんか

もう立ち位置を何処にしようかと変に

うろうろしている。あの藤崎さんへの

まさかの『諒太くん』も衝撃だったが

その女の人の、美貌っていうの?年は

確かにそれなりだけど、美魔女って、

ああいう人を言うんだろうな。


「守本さん。口、開いてますよ?」

岸田に言われて漸く俺は我に返った。


「今、諒太君…て、聞こえた。」

「僕も聞こえました。」そんな話を

こっそりしている間にも藤崎さんが

ロビーに出迎え、何やら談笑を始めた。

「…誰だ、あれ。」「わかりません。

でも親戚とかかな。諒太君って呼んで

いましたよね?」「おう、俺なんか

畏れ多くて絶対に無理ゲーだわ。」

「僕だって無理ゲーですよ。それより

もう一人の男性の方。何かどっかで

見覚えあるんですよね…誰だろう?」

「あぁ…確かにな。誰だろな、って!

徳永誠一郎じゃね?あの弁護士の!」


徳永誠一郎 と言えば、国内最大手

『丸の内綜合法律事務所』の筆頭

弁護士で、ウチの銀行顧問でもある。


そりゃ見た事はあるだろうよ。だって

社内報にもよく顔出しで載ってるし、

メディアへの露出もわりとある。

でもその徳永弁護士が何で美魔女と?

もしかして、夫婦?そんな事を考えて

いたら『諒太君』から声が掛かった。


「支店長室空いてる?」「あ、はい。

でも小田桐支店長が漏れなく付いて

来ますけど。」本部から人が来てたが

帰った筈だ。でも支店長はいると思う。

「ああ、居て貰って構わねえ。その

方が都合いいしな。」藤崎さんはそう

言うと、例の二人を伴い支店長室へと

姿を消した。



「ねぇねぇ、あの女の人誰かな?!」

早速、畠山が営業課に入って来る。

「顧客名簿の整理、終わったの?」

「やだ守本さん。そんなの終わる訳

ないでしょ!何日作業だと思ってんの?

幾ら小さな店だからって、歴史長い分

永久保存文書とか山ほど!ウチの金庫

あれだけ広い理由、今わかったわ。」

「お疲れ様。」「本部から応援に来て

くれてなきゃもう絶対、無理!



確かに少し休憩も必要だよな。暫く

本部からも応援が来てるが骨の折れる

作業だろう。コイツらまだピヨピヨの

割には、ホントよくやってるよ。

 そう思いながら俺は、店の給湯室に

設置してある自販機でコーヒーと

逡巡して、コーラを2本買った。



「…あれ?畠山どうした?」一人取り

残された岸田に、取り敢えずコーラを

渡す。畠山あの調子で又仕事に戻るとは

到底、思えないんだけど。

「有難う御座います。いいんですか?」

「おう。畠山にも買ったんだけどな。」

「さっき、藤崎さんに呼ばれてお茶を

出しに行きましたよ。守本さんと丁度

入れ違いに。」「そうなんだ。」


「…さっきの護摩御堂雪江さん名義の

口座についてなんですけど、修正なんて

出来るんですか?かなり昔に亡くなって

いるんですよ?」岸田が聞いてくる。

「データ修正なんか、PCですぐだよ。

入力ミスなんてのは、わりとあるだろ。

生年月日、性別、それに漢字その他諸々

それ直せなきゃ困るだろ?お客が。」

「そうなんですか!」そんな驚く事でも

ないだろ。まぁ、運用商品の受注ミスと

比較して言ってるんだろうけど。

「勿論、本人確認とか公的事実に則って

やるよ?エビデンスが無きゃムリだ。」



「…ねぇ大変!」畠山が支店長室から

出て来るや、すぐにこっちに駆け寄って

きた。「どうだった?」「あの女の人!

護摩御堂雪江の娘だ、って…!」

畠山の口から、とんでもない情報が

飛び出した。

「…どういう事だよ?護摩御堂家って

もう誰も係累いないんじゃなかった?」

「そうですよ!今更そんな…口座の

五億円『櫻護』に遺贈するって話は!」

最近、矢鱈と岸田が『諒太君』に

似て来て何か嫌だ。

「でも母が…って言ってたんだから!」

「マジで?!」「間違いないってば!」

「だけど、藤崎さん笑ってたよな?」

「え、あ…確かに。でも…!」

「しかも、まさかの『諒太君』だぜ?

て事は、だ。知り合いなのかも。」

「だけど、もし此処で急に護摩御堂の

係累が名乗り出て、何某かの権利を

主張して来たりしたら!さすがの

藤崎さんだって…。」



そんな事を話していたら、支店長室の

扉がド派手に開いた。






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