第41話 呪怨地所

藤崎から連絡が入ったのは、比較的

早かった。検討の重さに於いて、もっと

時間が掛かると思っていたのに。

 あいつは落ち着きがない分、流石に

フットワークは軽い。そして確実に

決めてくる。



一方、俺は相変わらず部長について

本店と筧地所とを廻る日々だ。

 こうしてみると、随分と不自由な

身分だと熟々思う。着実にキャリアを

積み上げて行くって事は、存外自分を

縛って行くのかも知れない。


俺はいつも あいつ を見ていた。

見ていてやらないと途轍もない馬鹿を

仕出かす男だ。けれどもそれだけじゃ

ないのは、自分が一番よく知っている。


 住処を変えたのは俺自身の選択だ。


あいつと常に並んでいたかったから。

全く同じ立ち位置、同じ距離感で。

 その中心には、今もずっと敬愛する

俺らが頭領


       小淵沢芳邦がいた。





「予定通り三ヶ月後に『櫻岾支店』の

閉店は実行されます。既にもう告知も

打ってあります。」蒔田部長がいかにも

お為ごかした事を言う。

 概して下らない、打ち合わせの後の

懇親会という名の接待。今日は

珍しく中華料理専門店の貸し切りだ。


「万一の、ご相続時の評価減は期待

出来ますし。そもそも、減価償却して

行きますからね。」部長は更に言うが

それ、土地屋に説法だろうが。

「…で?借入もした方がいいと?」

「あ、いや一般的には、ですがね。」

ホラみろ。融資したいのなら始めから

そう言えばいいのに。ま、ここは

俺にとってはどうでもいい。


「土地の曰くとかは…筧会長、あまり

気にはされない方なんですね?」

俺はわざとそう言ってやった。

「田坂?」蒔田部長が牽制して来るが。

「ああ、知っとるよ。『櫻岾支店』は

元々の護摩御堂家の邸跡に建っている。

あの町は、事業家の神様と詠われた

護摩御堂桐枝女史によって構築された

謂わば お手本 のような土地だ。

お宅が店を閉めるから買わないかと

言って来た時には驚いたな。」

 第一線から退いているが、筧会長の

発言はまだ充分、筧地所の方向性を

決めるのには有効だ。ここで売主と

買主という関係性を結ぶのは、ウチに

とってはメリットがある。


「でも、あそこに十億はさすがに。」

ぶっちゃけ言って馬鹿だろう、バカ。

「田坂君、君は『封印都市』って

知っているかね?」「…封印都市?」

「そうだ。なかなかホンモノには

お目にかかれない。」


この爺ぃ、わかってて買おうとして

いるのか?…正気かよ。まさか、最悪

諒太の同類か?


「お恥ずかしながら不勉強でして。」

「封印都市というのは古くは欧州や

中国などで見られる、咒を以て街の

繁栄を図るものだよ。似た様な所だと

日本では皇居。あれは江戸城を中心に

風水を用いて設計されたが。」

「そうでしたか。でも、封印って事は

何かを閉じ込めている訳でしょう?」

「それは往々にして余人には秘匿

されているね。知れば災いとなる。」

筧会長はそう言うと、紹興酒を呷る。


「私が店の者から聞いた話によると。

あの店には護摩御堂家の女達が魔物を

封じ込める為に自ら命を削った祈祷所が

『開かずの間』として残っている。

そこには彼女達の怨念が今も滞っていて

魔物よりも厄介だとか。」

「おい、田坂。」蒔田部長が慌てて

口を挿むが気にしない。こんな茶番は

正直、俺もそろそろ飽きてきた。


「ここは私から申し上げます、部長。

店の金庫室の中にある旧護摩御堂家の

祈祷所は潰せば祟ります。」「田坂!」

「蒔田君ちょっと黙ってくれないか。」

「…は?あ、いえ。すみません。」

「で、田坂君。それは更地にしては

いかんという事なのかね?」

「空襲でも焼け残ったそうです。あの

部屋 だけ まるで意図された様に。」

話していて鳥肌が立つ。でも何だこの

感覚は。恐怖なのか快感なのか。


「…それは、守られているのか?

それとも。」「一族の者だけでしょう

守られるのは。須くそんなもんです。

下手に着工して何か良くない事が

起こっては大変ですからね。調査には

念を入れました。こちら側としても

責任がありますから。ねえ部長?」

蒔田部長が真っ赤になって天を仰ぐ。


「…君は十億が惜しくはないのか?」

筧会長が、じっと俺の目見る。

「個人的に貰えるなら嬉しいですが。」

「ははは、いい度胸だな。いや蒔田君、

こういう部下を持つと、後々本当に

助けられるぞ?」「……はぁ。」

部長の魂、抜ける。



でもまあ、金でカタが着くなら単純だ。

十億はあいつが何とかするだろう。











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