第40話 幽霊口座
その日は、遂に来た。
【櫻岾支店】が閉店する、その正式な
通達が、遂に支店長から齎されたのだ。
期限は三ヶ月後。
その間、日常業務とは又別に閉店の為の
仕事が山ほど発生する。
閉店の挨拶状の作成と送付、それから
ポスターの掲示。什器の返却に移管の
手続き…。
僕らが今まで運用相談をして来た
顧客は、母店の担当者へと引き継ぐ事に
なる。店舗内にあるATMは、【櫻岾】の
駅前に無人のATMとして移設される事が
決まった。
そして僕らは、それぞれ全く別の支店に
異動になる。
皆、心の何処かで店舗がなくなる事を
予測していたのだろう。ショックを
受けはしたものの、この店の長い歴史に
見合う 最高の幕引き をする方向へと
気持は自然とシフトして行った。
その一方で、店の売却問題については
今だに膠着状態が続いている。
筧会長は買収の意向を示してはいる
ものの、巨大不動産会社の国内TOBが
世間から注目される今、目立つ動きは
極力控えたいに違いない。
藤崎さんと田坂さんは立場上、対立
するのかと思いきや、一致団結で店の
買収阻止に向け、何やら水面下で画策
奔走している様だった。
何せ、この店には護摩御堂一族の
呪いの源流『開かずの間』がある。
それは今も あの世 と この世 の
境界を曖昧にしながら存在し、いつ何時
こっちに干渉して来るか分からない。
ましてや潰して更地にするともなれば
一体どんな恐ろしい事が起きる事か。
想像もつかない。
「…あの、護摩御堂雪江さん名義の
口座ってどうなるんだろう。」閉店の
『挨拶状』を折りながら、僕はふと
そんな疑問を口にしていた。
突然、口座が作られたばかりでなく
五億円もの残高があるのだから、嫌でも
注目を浴びるに違いない。この店にある
限りは それはそれ の諒解があった
ものの、母店管理にもなればそうは
行かない。
「ホントそれ。ヘタすりゃ架空口座で
挙げられるよ。それに…。」
「昭和五十五年二月十七日、だ。」
藤崎さんが突然、話に入って来た。
丁度、外から戻ってきた彼は鞄から
クリアファイルを取り出す。
「昭和五十五年二月…って確か。」
護摩御堂雪江さんが亡くなったのって
確かそんな数字だった様な。
「雪江サンが亡くなったのは十八日だ。
その前に資産についての覚書と自筆の
遺書を残したんだ。」そう言いながら
書類のコピーを僕らに見せた。
「えっこれ、まさか自筆証書ですか?」
守本さんが驚きの声を上げるが、無理も
ない。もう三十年も前に亡くなった
女性の 見覚えのある綺麗な文字 が
淡々と綴られてそこにある。
「殆どが不動産やらの資産についての
覚書だが、例の五億を貸金庫もとい
『開かずの間』に預けた日付が記されて
あるだろ?」「…本当だ。」確かに
『昭和五十五年二月十七日 櫻岾支店
預入』とある。
「って事は!亡くなる前日に…ここに
運び込んだ?」守本さんが素っ頓狂な
声を上げるが。
「いや、元々あの部屋に置いてあった
モノを、書面で明らかにしたんだろ。
お陰で『死に金』が見事に復活だ。」
そう言うと、藤崎さんは端正な顔に
笑みを浮かべた。
「でも…それって。」「おうよ。
だから 修正 する必要が出てくる。
口座の作成は、正しくは昭和五十五年
二月十七日だ。」「……。」
…って事は、どういう事だ?
「必要書類も預かって来た。つまりは
口座を作ったが翌日には死んじまった。
と、なるとどうなる?」突然、彼は
僕に振って来た。
「どうなる…って、口座凍結します。」
遺産分割協議書とか謄本とか揃って
初めて手続きになるけど、護摩御堂
雪江に相続人はいない。あ、でも
亡くなった時にはいたのか。それが
藤崎さんの初任店長っていう。
「口座の名義人が死んだ、って知れば
凍結する。で、正当な相続人が必要
書類を携えて手続きに来りゃ解約だ。」
「だけど、その相続する人も!」
「通常は、雪江サンの息子が相続人に
該当するが、もういない。此処で
フツーは途絶えるが『櫻護』は頭領が
作った『仕組み』だ。護摩御堂一族の
遺産は全て『櫻護』へ渡るように
生前、一筆書いていた。」
「そんな事って…。」守本さんが又、
驚きの声を上げるが。「あそこには
林、本田司法書士の他にも錚々たる
メンツが理事として名を連ねてる。
それに…。」
藤崎さんが店の入口に視線を遣る。
そこには、これ又きっとウチの客では
なさそうな出立ちの男女が。何やら
物珍しそうに店内を見回しているのが
目に入った。
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