第37話 櫻岾に炯星二つ

「諒太ァ!お前、何やってんだッ!」

いまの今まで岸田と一緒にまったり

『化け櫻』を眺めていた田坂が突如

こっちに思いっきり詰め寄って、

そして、あろう事か俺のネクタイを

掴んで来た。


何やってんだ…って、仕事だよ。

そもそも、何でオマエこんな所に?

しかも岸田まで一緒になって。


「心配させんじゃねえぞ?コラァ!!」

ヤベェ。こいつガチ怒だ、てか苦しい。

「…わかったから、優斗やめろって!

マジで苦しいから。いいのかよ?俺が

死んじゃっても!」「うるせぇわ!!」

ちょっと落ち込んだだけじゃねぇか。

それも、てめぇが齎した訃報みたいな

情報のせいで。


「あの…二人とも、一応ここ、店の

入口なんで。申し訳ないんですが。」

怯えながら岸田が声をかけてきたけど、

ホントこういうとこが、天才的なんだよ

目論見書より空気を読んでく一年坊主。

大事な ポイント だけ。そこ抑えれば

まあ間違いねぇ。逆に簡潔で佳し。


「あ…あぁ。済まない。」田坂、漸く

我に返る。「ていうか、何でお前こんな

所にいるんだよ?こんな事してる暇ねぇ

だろうが。」「お前にッ!言われる

事じゃねえだろがッ!!」「わかった!

マジごめんて!」俺、喋らない方が身の

為かも。確かに、田坂にしてみれば、

良かれと思って話したネタが、とんだ

逆効果になった訳だ。まぁ、確かに俺も

少し大人げなかったかも知れねぇ。


「あの、もし良ければ一旦、店の方に。

それかちょっと出ませんか?昼だし。」

「ナイスだ岸田!『妖怪屋敷』確か、

昼三時間だけやってんだろ。そこ行こ!

俺の奢りで!」俺はまだ何か言い足りな

そうな田坂と、半ば怯えた顔の岸田を

伴い、例の居酒屋に移動する事にした。




居酒屋『妖怪屋敷』は【櫻岾】駅前に

ある、本当は『櫻屋』って名前の古い

定食屋だ。夜は居酒屋として営業してる

が、俺の歓迎会で初めて連れて来られて

以来、常連になっていた。

何せ如何にも妖怪屋敷じみた店なのだが

それも狙った訳ではなくて 常態 と

言うところが凄まじい。しかも入口には

お約束の枝垂柳まである。


「…これ、コンセプト居酒屋?」

田坂が、入口に立つなりそう尋ねた。

「いんや。常態がコレ。スゲェだろ?」

「…はぁ。」どうやら見た目で完全に

意気を折られた様子で、俺は密かに

安堵の溜息をついた。


「昼は定食屋なんですが、夜は居酒屋に

なるので、よく支店でも利用してます。

こんな見た目ですけど、料理はわりと

美味しいんです。」岸田が解説を打つ。

「そうなんだ…凄いな。確かに諒太が

惚れ込むだけあるよ。如何にも、だ。」

田坂はそう言うと、漸く笑みを見せた。


屏風で仕切られた個室は実質、貸切だ。

それはそれで都合が良い事この上ない。


「で?何か俺に先ず言う事あるよな?」

席に着くなり田坂が言った。

「いや、それはオマエが!」「……。」

「…いえ、スミマセンでした。ご心配

おかけして。」睨むなよマジで。


俺に対して田坂と何故かそっち側に座る

岸田の構図は何となく気まずい。

「…あの。こんな事、僕が言うのもアレ

なんですが。櫻岾支店の店舗削減計画の

話ですよね?お二人がモメてる原因。」

岸田が口を挿む。

「それ、諒太から聞いたのか?」

「いえ、ここの地主さんからの手紙で

知りました。」「地主…って。」

「ええ『護摩御堂家』最後の当主だった

護摩御堂雪江さんて人から、僕が直接

手紙を預かったんです。

 もう、亡くなっている方ですが。」

「……え。」そういや田坂は怖い話が

存外、苦手だったっけ。俺はそれを

思い出して、密かに北叟笑む。


「亡くなってる、って今言ったよな?」

田坂、バカじゃねえの?それ、改めて

聞きたいのかよ。「仰る通りです。」

「…え…じゃあ。でも、それって。」

「だからよ、幽霊から手紙貰ったんだ

コイツ。あの店、閉まるのが恨めしくて

態々出て来た訳だ。しかも、優斗てめぇ

俺にまだ言ってねえ事あるよな?」

 やっと同じ土俵入りだ。しかもこっち

優位に展開させて貰う。


「言ってない事?」「そう、ここに

マンション建設計画あるだろ?それ

お前の客じゃねぇか。」「あれは上が

酒の席で変な口約束してただけで。」

「そういうトコ嫌だよなぁ銀行って。

だが、マジでヒト死に出るぞ?」

「…どういう事だよ。」田坂、完全に

怯える。「祟るらしいぜ。しかも、

手紙寄越してきた最後の当主

護摩御堂雪江って、



 頭領の実のお袋さん なんだ。」







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